自殺生殖

自殺生殖

 葬式は二日に渡った。この葬式、ただ一人を弔うものではない。この一週間で死んだ男性約三千人弱に対し、みな一様に悲しむのである。同時に、これは自らに課された苦痛に対する悲しみでもある。みな、男性たちの死を悲しみつつも、また、それとは異なる部類の後悔をし、責任感に追われるのである。というのは、単にこの悲しみ……苦痛は、被害者意識からのみ来るというわけではないのだ。

 言ってしまおう。この葬式の理由、即ち男性たちの死因、それはつまり……生殖行為なのである。男性約三千人はこの葬式の参列者……彼らのほかならぬ配偶者との性行為によって、命を落としたのだ。おおよそ齢二十歳にしての出来事である。女性たちは、ある意味での悲しみを、ここに感じるのであった。

 しかし、あるいは、悲しみはこれだけに限られたものではないのかもしれない。というと、それはつまり自らの身ごもった子に対しての悲しみである。自分の愛する者との子が、もしかすると、その、ある種の悲しみを残した彼と同じように早世してしまうのかも知れない……そういう未来への罪悪感なのである。



 出産は大変な行事である。何しろ、同じ時に何千人もの女性が子を産むからである。加えて、そもそもの、出産の過酷さというのもある。考えても見てほしい。男女で二人より子が産み落とされ、しかもその機会が一度しかないのだから……男性は生殖一つで死んでしまうのだ……それは当然、女性は出産において、多くの子を産まなければならないだろう。少なくて二人、多くて四人が一つの胎から落とされる。女性の死亡率だって低くない。出産前は腹が重くて、ぐったりとしていることしかできない日が長く続くし、そのために排泄もまともにできない。多くの子は糞にまみれた床に産まれるのである。そのようで、とても苦労するために、母親たちは娘の産気づくや、一斉にその住宅やなんかに押し寄せて来るので、集落では、大変な地ならしの中に子を産むということが少なくないとも聞く。

 ここでは、そうした経緯から生まれた二人の子について、およそ、成人間近の頃の様子をお送りする。というのは、性交渉間近の恋人同士の様子であり、あるいは、愛する者を殺し、対して、殺されという無情の風景でもある。どうか、この「自殺生殖」なること、ただこの事実だけを受け止めて頂ければ幸いである。

 


 龍は、この二日間ずっと公に口を聞けずにいた。原因は、自らの死への恐怖についてもそうだが、同時に、公へ罪悪感を抱かせまいとする気が大変に存在していたからでもあった。勿論、普段通りでいることが一番の方策だとは知りつつも、そんな度量は龍にはなく、またやはり公もそのことにおおむね納得していたのだった。しかし、その日がもうすぐにまで迫っているとなると、気持ちも大きく変わってくる。龍に言わせると、いや、このまま会話もなく別れるとはどうも、腑に落ちない、ということなのだった。かくして、公と会話をしようとその朝思い立って、昼が来て、夕が来て、晩が来た時にようやく重い腰を上げた龍は、しかし妙な武者震いに苦しんでいた。見かねた公が、

「どうしたの」

 と言うに、ようやく腹が据わったのか、公に向いて答えた。

「いや、どうしたということもないんだけど」

 公はこういう龍の特性をよく理解していた。こいつは、いつもここぞという時に数歩足りぬやつなのだ。

「はっきり言わなきゃ」

 しかし龍は何も言わず、ぐずぐずとしているのだった。公もこれにはため息で、

「こんなんじゃあ、死にきれないわ」

 と、龍をこの夜の寒い時に、外に連れ出した。戸を開けて見た夜の集落は月に薄く照らされていた。

「どこに行くつもりだ」

 と龍が聞いても、公は取り合わず、腕を引くばかりである。しかし龍も、長年の付き合いであるからして、大体公の行こうとしているところが分かってきた。それは、集落では、とびきり高い場所である、東の丘だった。そこは普段子供たちのたまり場で、駆け合いや組み合い、大騒ぎが常の場所だった。

「丘に行くのか」

 頷くか、少し頭を落とした公はそのままに、丘への並木道をばあっと進んでいく。頭上を蝙蝠やらなんやらが時々過ぎる影が龍を怖がらせても、公は振れる手を少し強く引き戻すばかりで、気持ちは何も変わらぬようだった。

 着くと、手を離した公は、龍に平手打ちをした。

「ほら」

 それは、龍と公との合図だった。そうなると、龍も急に強気になる。

「中央だ。そこでやろう」

 丘の真ん中には、自然ながら、凄く平坦な場所があった。そこは子供たちの組み合いの会場になっていて、場所が場所なこともあり、その盛り上がりは凄まじかった。

「しかし、まだ平手打ちとは」

「そろそろ黒星つけさせてよ」

 公が構え、龍が構える。子供の頃、こうした試合はよくあった。試合というのは、何も龍と公だけに限った話ではなかったが、その中でもひときわ盛り上がるのはこの対戦だった。公はいわば、この組み合いにおいて負けなしで、対する龍は負け続きだったから、公の見事な技と龍の無様な逃げは、互いに作用しあって滑稽に映り、見世物として凄く面白いものに昇華していた。時には、母親の方々なんかも見物に来たりしたものである。

 合図は決まって公の平手打ちだった。そうでもしなければ、龍は動き出さないのである。そして組み合いつかみ合い、公が逃げた龍を追って投げ飛ばす。

「ほら」

 かくしてつかみ合った両者はその頃とは違った。恰好からして全く異なる。龍は公の動きにくい服装や細った肉付きの腕を小さな月光から改めて見て、今度はあの時と違った怖さを感じていた。というのは、自分たちがもうここまで成長してしまったという時間への漠然とした恐怖だった。公の場合はまた、少し違っていた。龍がここまで育って、自分がまるで勝てないほどになった肉体を、本能的に魅力的に思うとともに、その本能がこれから龍という一人の人間を死に至らしめるということへの恐怖があった。この膨大な肉体、これを、偏に単なる生殖の犠牲にしては、やりきれない気持ちがあふれて来るのだった。つかみ合うが、やはりそれ以上はできなかった。

 つかみ合いは、やがて抱き合いになった。龍と公と、ともにこんな経験は今までに一度もなかった。そこには何か安心感と、寂寥感が混在していた。

 十二時になり、日が一つ進んだ。そして、その時抱き合っていた二人が真上の月に照らされていると、丘の下ではそれぞれの家に明かりがともり、ことが始まっているのが分かった。同じ日に生まれた兄弟たちやら、組み合いに興じた男子たちやら、あるいはそれを見てワアワア野次を飛ばしていた男子たちやら……彼らが、今にも死に絶える。並木道を蝙蝠が通り抜ける影にも、もはや誰も目を向けない。光の塊から半分、重さが抜けていく。龍も公も、理解していた。避けられぬことだとは知っていた。しかしそれでも、組み合いにも情事にも当たらない、中途半端な態度……とはつまり抱き合う格好である……をとっていることしか、瞬間毎の彼らにはできなかったのだった。

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自殺生殖 @elfdiskida

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