第3話 先生との別れと漏れそうな小守さん

 頭の中が真っ白だ。

 脳が破壊されたと言ってもいい。

 もう何も考えられない。俺は……もうダメだ。

 なぜ、どうしてこうなった。


 家へ帰り、俺はアンデッドのような気分で一日を過ごした。


 次の日。


 家を出て学校へ向かう最中、岩井先生と偶然出会ってしまった。


「あら、霧島くん」

「……せ、先生」

「昨日は一度も来なかったけど、どうしたの?」

「そ、それは……」


 あんな現場を見てしまっただなんて言えるはずがない。……いや、けれどここは追及すべきだよな。

 だって、俺と先生は付き合っていたはずなのだから。



「元気ないね」

「当然ですよ。先生……」

「え」


「岩井先生……俺は見ちゃったんです」

「な、なにを……」


 ギリギリまで言うか言わないか悩んだ。でも言う。俺は先生との関係を終わらせる。でないと、身が持たない。俺の脳も心も破壊されたままだ。


「昨日……知らない男と寝ているところを」

「……うそ」

「うそじゃないです。あれは誰なんですか……!」


「そ、それは……」


 先生は震えて顔を青くする。

 泣きそうになっていたが、泣きたいのはこっちだ。


「先生、俺と付き合っていたんじゃないんですか」

「う、うん。そうだよ。私は霧島くんのこと……好きだよ」


「うそだ!」



 俺は叫んだ。

 先生の言い訳にウンザリしたからだ。

 もういい。

 これ以上はなにも聞きたくない。


 そんな中、人の気配が近づいていた。誰かが先生の前に立ち、俺を睨む。こ、こいつは……昨日の男!


「どうしたんですか、先生」

「西野くん……。これは、その……」

「あ~、この男が先生の言っていた好きな人ですか。なるほど~」


 俺の前に立ちニヤリと笑う男……いや、西野。多分、先輩だ。


「あ、あんた……分かっていて俺から先生を奪ったのか!」

「霧島だっけ? お前みたいな陰キャに岩井先生はもったいねぇ。だから寝取ってやったのさ。気持ち良かったぜ、先生の体はよ!」


 こ、こいつ!!


 いや……もういいんだ。


 俺と先生の関係は終わった。


 怒りで震える拳を抑え、俺は冷静になった。


 こんなところで暴力を振るっても、西野が得をするだけだ。意味がない。



「そうか。そりゃ良かったな」

「あぁ? 開き直るのか! だせぇな!」

「そう思ってくれて構わない。じゃあな」



 くそ、くそ、くそおおおおおおおおおおおおおお……!!



 俺は逃げるように去った。

 なんでこんな目に遭わなきゃならない。


 ちくしょう……!

 ちくしょう……!



 涙ながらに俺は学校へ向かい、けれど足が止まった。このまま学校へ行っても楽しくなんてない。

 もうサボった方がマシまである。

 家に帰るか……。


 踵を返し、俺は帰宅を考えた――のだが。



「………………ぅ」



 お腹を抑え、辛そうに歩いている小守さんの姿があった。

 彼女は俺の存在に気づいて立ち止まった。



「お、おはよう……小守さん。偶然だね」

「……ぁ、うん。お……おはよ」



 かなり辛そうだ。

 ――って、まさか!


 また我慢しているのか……。



「大丈夫? 冷や汗凄いよ」

「……じ、実は……トイレに行きそびれちゃって」

「え」

「お父さんがトイレ長いの……」

「そ、そう……」

「でね。ちょっとヤバいかも」

「無理せずコンビニでも利用すればいいのに」

「この辺りないんだもん……!」


 なぜか涙目で訴えかけてくる小守さん。なんか俺が悪いことしたみたいになって気まずい。なんだよこれ……!?

 さっきまで悩んでいたのが馬鹿らしく思えてきた。


「じゃ、じゃあ……学校まで一緒に」

「ありがとう、霧島くん。肩を貸してくれると助かる」

「ま、任せて」


 それくらいならいいけど、本当に大丈夫なのだろうか。

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