Part,3 Hope and hatred



 光斬は今、家に帰っている最中である。補足を入れるとするならば、彼の体にしがみついて離れなく、いくら離そうとしても離れない女を連れている状況である。



 「家、着いたんだけど……」



 光斬の家であるアパートの目の前についても尚、彼にしがみついている女、ネセント・セラスは彼に向かって懇願するように言う。



 「泊めてください!! どうかッ……!!」


 「わかったからまず離れろよ」



 彼女はようやく光斬から離れ、彼は体から力を抜いた。その時に思いっきり息を吐いた。決してため息などではなく、脱力した時によく起こすアレである。

 彼は階段を登り、自分の部屋である206号室のドアの目の前へ立っていた。そしてその横には、当たり前のようについてくるネセント。彼はドアについている鍵穴に鍵を通し、ゆっくりと解錠する。そして鍵を抜き、ドアノブに手をかける。



 「家が無いっていう認識で合ってるんだよな?」


 「そうだよ」


 「そんなに自信満々に言わないでくれ」



 光斬は彼女のことを家に泊める気でいた。ネセントにとってそれは願ってもない話だが、不思議な点もあった。それは、「どこの誰かもわからない人を家に泊める?」という点である。彼女はどこの誰なのか全く説明していない。だから、彼女は彼のことをお人好しなんだと思った。どの口が言ってるんだ。

 光斬はドアを開け、家に入る。ネセントもそれに便乗して彼の家に入る。彼は玄関で靴を脱ぎ、そのまま家の中へ入っていく。



 「家が見つかるまで、この家を使ってくれ」



 光斬は彼女に向かってそう言い、靴を脱がせて家の中へと入れた。内装はThe・一人部屋と言うようなワンルーム部屋だった。家に入ると正面に廊下があり、その両隣をトイレや風呂、洗面所が挟んでいるような形であり、廊下の先には大きな1つの部屋がある。その部屋の前にはドアがあり、1人ながらも配慮はされている。そして、大きな1つの部屋のドアがある壁とは逆の壁にはバルコニーがあり、そこで洗濯物を干すといった感じになっている。家具はベッドを椅子代わりとしているだけで、それ以外はかなり揃っていた。備え付けの洗濯機とエアコン、普通に買ったテレビや食器、机、電子レンジやその他諸々など、一人暮らしにしてはかなり充実していた。

 光斬はベッドに座り、ネセントに対して色々聞きたいことがあったため彼女を横に座らせ、話しだした。



 「聞きたいことが色々あるんだが、ひとつひとつ丁寧に質問していってもいいか?」


 「いいよ」


 「じゃあ。まず1つ目なんだが、お前は何者だ?」



 光斬がそう言うと、彼女は黙り込んだ。部屋はどっしりとした空気に包まれ、口を開けさせまいと静寂がその場を支配していた。気まづかった。

 ネセントは重たい口を開け、話す。だが、それは光斬が聞いた質問に対する答えではなく、答えるために行う前提条件的な質問だった。



 「まず、君はさっきのやつらの存在を知ってる?」


 「ああ。フェミーバーだろ? 有名な話じゃねぇか」



 光斬は当たり前かのように返答する。それを聞いたネセントは、立て続けに質問する。



 「君は、大切な人をフェミーバーに傷つけられたり、殺されたりされたことはある?」


 「ああ。忘れもしない。5年前に起こった「慶安市街決戦」で親を殺された」


 「そう……」



 ネセントは俯きながら光斬に同情するように発する。光斬はそんな彼女を見て、心配そうに声をかける。



 「大丈夫か……?」



 すると、ネセントは突如としてポロポロと涙を流し始めた。光斬は大丈夫かと彼女を宥めたが、彼女は彼の胸に顔を埋め、泣きながら「ごめん」と言い続けた。

 ごめんと初めて言ってから5分後、ネセントは顔を胸から離した。そして、涙目になりながら光斬の目を見て話した。



 「落ち着いて聞いてほしい」


 「お、おう……」



 光斬は息を飲み、ネセントは大きく深呼吸をする。光斬は彼女の目を見て、しっかりと聞く体勢に入った。ネセントも同じように彼の目を見て、しっかりと話す体制に入る。



 「……私は君の言う「フェミーバー」で、フェミーバーの王の娘なの」


 「……は?」



 光斬は、彼女が何を言っているのかわからなかった。だから、一旦頭の中で整理することにした。彼女がフェミーバーで、その王の娘だと言うことは、彼女が言う感じから察すると本当のこと。なら、何故フェミーバーと戦っていたのか。そこがわからない。しかし、合点が行くところもある。フェミーバーのルナティック・マーダーが言っていた「指名手配の月姫」とは、「フェミーバーの本拠地が月であり、月に住んでいた姫だから月姫」ということだろう。

 光斬は頭の中で整理をした後、過去の記憶が鮮明に浮かび上がってきた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 5年前、慶安にて。大規模なフェミーバーの侵攻が起こった。慶安に常駐していた神の代行者は東京本部に増援を頼み、戦闘体制に入った。

 そんな慶安に住んでいた俺達六波羅家は、フェミーバーが侵攻を始めた地点に近い場所に住んでいた。フェミーバーは街の中を隊列を組んで進み、人間を発見すると魔法やら武器で殺していた。人間の悲鳴はフェミーバーからすると無様の一言で片付けられるものであり、殺しを楽しんでいた。それを聞いていた俺は、親と共に路地裏を練り歩いて慶安の南東、そこから先にある神の代行者の拠点へと向かっていた。



 「くそっ……、この大通りを通るしかないのか……」



 父がそう、嘆くように言葉を零す。そう言いながらも父はタイミングを見て、うまく俺と母を連れて次の路地裏に入ることができた。



 「南東だよね?」



 囁くように俺は父に聞く。すると、父はうなづいた後に囁くように答える。



 「ああ。南東の海岸付近には神の代行者の拠点がある」



 俺はその時、何故か分からないが母の方を向いて表情を確認した。母の顔は青ざめており、父はそれを見て何かを察したようだった。すると、父は俺の背中に手を置いて言った。



 「ひたすら南東に逃げろ。南東はあっちだ」



 背中に手を置いていない方の手で南東を指さし、背中を押した。その時、俺は何かを感じた。父と母は何かを感じて俺だけを逃がした。それには何かしら理由があるのだと。

 逃げ始めた時、父と母は誰かと話しているようだった。その時の父と母の声はとても怯えており、もう1つの声は狂気的な声でありながら、声に感情が籠っていなかった。だが、俺はひとつだけ思った。これはフェミーバーの声なのだと。確証はないが、この状況下で人を容易に殺すことができるのはフェミーバーのみ。だから俺はフェミーバーなのだと、考えずとも理解した。

 俺はひたすら南東へ逃げ続けた。そこには少ないが人がいた。その人達は全員制服を着ており、その制服は神の代行者の制服だった。



 「神の代行者……!?」



 その後、慶安で起こったフェミーバーの侵攻、「慶安市外決戦」は神の代行者側の大敗で終わり、フェミーバーの侵攻は留まることを知らず、ユーラシア大陸を失った。それと同時期に俺は日本の博多へと難民として送られた。その時、俺はまだ僅か10歳だった。だが俺は、一人暮らしを強いられた。最低限の金と家が神の代行者から与えられ、博多の学校に入れてもらうことになった。その間、俺の中にあるフェミーバーに対する憎悪は募り続けた。



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 光斬の中にある、5年の間に渡って募り続けた憎悪が一気に表に現れた。目の前にいるのはフェミーバー。しかもその王の娘。殺すタイミングは今しかないと感じた彼は、素早く両手を出して首を絞めた。だが、首を絞められているネセントは苦しそうな顔をせず、罪を認めたような潔い顔をしていた。



 (そんな顔、しないでくれ……)



 光斬は自然と首を絞める力を緩め、腕から力を抜いて下を向く。



 「私は君にいつ殺されてもおかしくない。だって、私の同胞は君に憎悪を抱かせる行為をしたんだから。その罪は私にもある。だから、君は私を殺してもいい。私はそれを恨んだりはしない」



 綺麗事だ。そんなことはわかっている。だが、それは紛れもなくネセントの本心。だが、光斬はそれを受け入れたくなかった。憎悪を向ける相手に同情され、自由にしろと言われる。そんな状況の中で、光斬は良心が働いて殺せなかった。



 「私は侵略行為を続けるフェミーバーを滅ぼそうと、フェミーバーを裏切って地球に降りてきた。けど、君からすると私も侵略行為をしたフェミーバーの同族。殺しても構わないけど、その意思は君の中で生き続けるよ」



 ネセントは力の抜けた光斬の手を取り、しっかりと力強く握る。そして彼女は希望の眼差しを向けて、どうしようもないただ無気力な目をしている光斬に話しかける。



 「ひとつだけ言えることは、私は君を絶対に殺さない」



 力の抜けた光斬の体を抱きしめ、彼女は言う。その言葉が、光斬を奮い立たせた。



 「君の恨みを、私も共に背負うよ」


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