Part,2 Princess of the moon



 「おい、まだ終わってねぇぞ」



 斬られたはずの男の声が聞こえた。光斬は咄嗟に声のする上を見る。そこには翼を生やした、斬られた男と全く同じ姿をした男が現れる。前を見ると、灰となっていっているはずの真っ二つにされていた死体が液状化し、上にいる男に吸収される。



 「第7ラッパか……」



 その男を見ながらそう言うネセント。彼女は立ち上がると、持っている刀に魔力を込める。さっき話した時の空気とは打って変わり、緊迫した空気を一瞬にして構築し、静かに男を見る。

 光斬は何故、彼女が「第7ラッパ」と言うのか意味がわからなかった。だが、空を飛ぶ男が人間ではなく、フェミーバーであることは察していた。体を両断されても何事もなかったかのように再生し、体から魔力を放出する。



 「そういやお前、月姫げっきか」



 男はネセントに向けて語りかける。彼女は何か知っているようだが、それを有耶無耶にするように語りかける。



 「そういうそっちは第7ラッパ序列第7席だね」


 「びったびたに合ってるじゃねぇか、ネセント・セラス」



 男は彼女から50mほど離れて、彼女の正面に着地した。背中から生えていた翼を消し、翼を魔力として元に戻す。傍から見ていた光斬は、その男の姿を見てこう思っていた。「毛むくじゃらノッポ野郎」と。

 その毛むくじゃらノッポ野郎に向けて、彼女は全てを見通すかのように話を続ける。その碧眼は凛としていて、見惚れるほどに美しかった。



 「ルナティック・マーダー、戦いを続けようか」



 毛むくじゃらノッポ野郎の名は、ルナティック・マーダー。名前を言われたルナティックは、ネセントを月姫ということに確信を持った。確信を持った上で、ルナティックは彼女に向けて怒号のように声を発する。



 「やっぱそうじゃねぇかよ!! 指名手配の月姫さんよぉ!!」


 「うるさいなぁ……」



 少し嫌そうな顔をしながら、彼の黒い瞳を見て言う。そして、その言葉が、戦闘開始の合図でもあった。彼女は瞬く間にルナティックの足元に移動し、両腕を吹き飛ばす。だが、その瞬間に彼は魔法を発動する。



 『常闇の金縛りエレクトニカル・ロック



 『常闇の金縛りエレクトニカル・ロック』は、闇属性拘束系通常火力レベル2魔法である。周囲の陰から紫の鎖を生成し、対象物を拘束する魔法で、込めた魔力量に比例して強度が増す。

 ネセントの周囲にあるありとあらゆる陰から紫の鎖が現れ、ネセントの両腕を縛って拘束する。だが、彼女は冷静さを欠くことなく魔法を発動する。



 『光輝燦爛と、舞え。プレアデス・ムーブメント



 『光輝燦爛と、舞え。プレアデス・ムーブメント』は、ネセント・セラスが持つ固有魔法であり、対象物に魔力を分け与えたり、対象物から魔力を奪ったりすることができる。また、奪った魔力を貯める架空の魔法物質「メゼル」を生成し、魔力をストックすることができる。メゼルは物体であるため、攻撃することができる。

 魔力をメゼルに込め、『常闇の金縛りエレクトニカル・ロック』の鎖を破壊する。そして魔力を奪いながら、ルナティックの胸を蹴って地面に叩きつける。



 「じゃ、死んでくれる?」



 地面に仰向けの状態で倒れているルナティックの喉に、刀の先を当てる。それでもまだ、ルナティックは諦めることなく魔法を発動した。



 『闇の光線デッドビーム



 『闇の光線デッドビーム』は、闇属性光線系通常火力レベル2魔法である。紫の光線を放つ魔法。射程は15m。

 『闇の光線デッドビーム』は、自身の顔の前からネセントの顔にめがけて発射したため、彼女は避けるために後ろに下がりながら体を前に倒してしゃがんだ。



 (ルナティックは第7ラッパ序列第7位だけど、そこまで強くはない……。一気にカタをつけよう)



 彼女は1度瞬きをすると、居合の体勢に入る。刀を鞘にしまい、魔力を放出する。目がルナティックの目と合った時、彼女は魔法を発動する。



 『誰にも見えない、刹那の閃光。ディサプリング・モーメント



 『誰にも見えない、刹那の閃光。ディサプリング・モーメント』は、光属性攻撃系共通火力レベル0魔法である。直線方向に、自走速度に魔力消費分をかけた速度で動くことができる魔法である。消費魔力が大きければ大きいほど速度が増すのだが、そもそも発動に必要な魔力が大きいため、生半可な魔力量では使用することが困難となる。

 彼女は魔法発動と共に抜刀し、ルナティックの胴体を横に斬る。ルナティックは仰向けのまま斬られたため、何が起こったのか全く分からずに体が消滅していく。



 (これが月姫の力……、指名手配にされる理由がわかる……)



 顔が灰となっていき、眼球が残って転がる。その眼球が映した彼女の姿は、自分が襲った男を心配する至って普通の女の子だった。

 一方、ネセントは光斬の元に近づき、しゃがんで光斬と目線を合わせると、何の異常も無いか確認する。



 「具合悪くなったりしてません?」


 「しししししてないです」



 光斬は即答する。緊張しているのか、慌ただしく答えるのだが、彼女はそれを微笑みながら頭を撫でてくれる。はっきり言って、これほど優しくされるのが謎に思うほどだ。



 「怖くなかったですか?」


 「ここここ怖くなかったですはい」


 「ならよかった……」



 ホッとしたのか、彼女は胸を撫で下ろす。

 彼女は立ち上がって光斬に手を差し伸べる。彼はその手がとても神々しく見えたのか、立ち上がれますよと言わんばかりに手を押し戻そうとした。



 「いやいやいやいや、自分で立てるって」


 「そんなこと言わずに、ほら」



 押し戻そうとした手を彼女は握り、光斬を無理矢理引き上げた。そして、彼女は光斬に1つ質問をする。



 「失礼だとは思うんですけど……。しばらく家、泊めてくれません?」



 ルナティックによって遮られた質問だった。どうやら本当に泊まる場所がないのだろうと考えた彼は、悩みに悩み抜いた末に返答した。



 「……いいよ。その代わり、ベッドは1つしかないぞ」


 「添い寝しましょう」


 「なんで?」


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