#014-2


    

”クレイグ・バラクロフ


結局電話をくれなかったこと、オレは少し恨んでいます。

忙しいなら無理にとは言わないけど、せめて一言お前の言葉で聞きたかった。

お前がいなくなって1ヶ月半が経つから、オレの方は少し慣れたよ。

毎日のように飯を作ってくれたり一緒にジムに行ったりする奴がいなくなったのは、正直言うとかなり寂しいです。


ジムの受付の人にも一緒に来ていた友人はどうしたって聞かれたよ。

コンラッドにも、オレ以外のみんなは見送りに行ったことを聞いた。

みんなよりも仲がいいと思っていたのはオレの自惚れだったんだな”


そこまで書いてピアーズは前髪をくしゃりと掴んだ。こんな風に恨みつらみを書いたところで、クレイグがここに戻ってくることはないとわかっているのに、何の相談もなしにドイツへ渡ったクレイグが、どうしても許せなかった。



―――高校時代の担任が結婚するというので先週の4月15日、高校に戻った時。


コンラッドたちとともに屋上へ久しぶりに登った時は、さすがに涙が出そうになった。クレイグと初めて会話を交わした場所だったから。


コンラッドは何かを察したのかエルバートとユージンを連れて屋上を降りてくれた。

桜の花とその香りが、ピアーズを過去へと誘う。その瞬間、とてつもなくクレイグへの思いを自覚した。溢れ出して止められない。


どうしたって諦められない、もう一生会えないかもしれない。クレイグは向こうで素敵な女性と出会い、いやもしくは大学を卒業しシェリルを娶るかもしれない。

ピアーズが思っていても、クレイグに会う気がなければもう会えない。


いつでも連絡を取れるはずだった携帯の番号も結局頼りにならなかったし、ピアーズ宛に3月30日の消印で届いていた手紙に記されていたのは、クレイグの自宅近くの郵便局の名前。自宅の住所ではなかった。


ドイツへは行ったことがないし、どうしたって運命を信じられないピアーズにとって、もう一度クレイグに会うのは、星を掴むほどに難しいことだとさえ感じていた。



花びらが舞い上がる。青い空に薄紅色の桜の花びらは軽快で、何にも縛られていない。

    

なのに自分は、こうしてクレイグへの思いに縛られながら、それでも飛び立ちクレイグに会いに行くこともできず、ただこうして地面にうずくまっているのだ。

惨めな思いと、それでもクレイグを思うのをやめられない心の叫びが、ピアーズをより苦しめる。


今までずっと報われない恋だとわかっていると思っていた。それなのにどうしてかクレイグが優しくするから、時には自惚れてみたり、その優しさに甘えたりしてきた。それは今思うと、幸せな恋だったのだろう。そばにいてくれること、背を向けずに手を伸ばしてくれること、微笑みかけてくれること、心配して夜に駆けつけてくれること、それはすべてとてもかけがえないものだった。なぜ今までそれに気づかずにいたのだろう。

本当に報われないのは、背を向けられてしまった自分だ。もう会うことのできないという事実だ。


「ピアーズ。大丈夫か」


気がつかないうちに、遠慮がちな笑みを浮かべたコンラッドが自分の肩に触れていた。


「……悪い……」

「いや。俺の胸で良ければ、貸すんだけど」


そういって柔らかく微笑む。冗談にしてはタチが悪い。そんな風にからかうのはクレイグだけだったから。

何も言えなくなってしまったピアーズを見て、コンラッドが困った風にため息をついた。


    

「あいつ、最後までお前のこと気にしてたよ。俺は、ピアーズにそう言えば見送りにも来てくれるから言ってみろって言ったんだけど、あいつそういうところ頑固だろ? たぶん、お前には、最後かっこいいところ見せたかっただけだ」


コンラッドが優しい口調で告げる。

あのときクレイグが言ってくれたなら、自分は計画していた旅行すらキャンセルして見送りに行ったはずだ。それでも、今のような心の靄に悩まされることには変わりない。だから見送りのことはもうどうでもよかった。それよりも、先に何も言わずに自分の前を去ったことが悔しい。

自分が彼にとってはその程度の存在だったと言われたら頷くしかない。泣いて泣いて、毒をすべて吐き出したら時間が癒してくれるのを待っただろう。

それなのに今は、吐き出せない嫌な毒が、指に刺さって抜けない棘のようにいつまでもピアーズの心を蝕んでいた。


「手紙、来ただろ必ず書くって言ってたから。それに返事してみればいいんじゃないかな。きっと喜ぶよ」


コンラッドは隣で静かに変わらず柔和な笑みをたたえている。

きっとピアーズを不安にさせないためだ。そして向こう側の手には、キャンディーを握っているのが見えた。

子どもじゃないと主張しても、中学の頃からピアーズをあやす時のコンラッドの常套手段だった。


「……コンラッド、気付いてたのか」

「そりゃあ、ね。俺そういうのには鋭いんです」


    

そういって軽く笑って見せた。コンラッドには何も隠せない。でも、だからこそ安心してこういうときに隣にいてもらえる。


「あいつ、これからあっちの大学編入して大学院までいって、そのまま向こうの病院で働くって言ってた。たぶん世話になった親父さんや周りの人に報いるためだと思う。……でも、そういうの全部消化しきったら、その日のうちにこっちに戻ってくる気がするよ。俺は、ね」


何の根拠もないのに、コンラッドは自信満々にそう言って空を仰いだ。


「お前はもうクレイグに一生会えないかもしれないって悲嘆に暮れてるかもしれないけど、あいつはそうじゃないかもしれない。だから、しょげてる暇はないんじゃないか。手元にないなら掴みに行けばいい」―――

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