#013 09.03.21 - Piers side -



3月から始まった春休みも、もう終盤に差し掛かる。

この大学の春休みは、基本的に2月から4月の中旬までだが、建築学科は例外だった。2月いっぱいまで授業があったために、ようやく3月から春休みに入ったのだ。

ピアーズはクレイグの家に行った時から少し浮かれていたが、気を引き締めて来週の月曜日から、アメリカ中をめぐる旅行を計画していた。

春休みのうちに色んな建築を見、歴史を知り、自分らしい意匠設計にたどり着くための材料を得たい。

クレイグが自分を認めてくれている、信じてくれている、そう思うとどれだけ勉強してでも必ずや建築家になりたいと思うようになった。


(メサ・バーデ国立公園か……。やっぱこの目でみてみたいな……)


ピアーズは自室のPCと睨み合っていた。見ておきたい建築物は数多くあるが費用も時間限られている。予約したツアーの工程表をかたわらに置き、ピアーズはひたすら思案した。

行きたいところはたくさんある。それを絞るためにいくつも写真を見ているうちに、ふとクレイグのことを思った。

    

本当はクレイグと行きたいけれど、興味のない建築見学に付き合わせるのは気が引ける。それとも、芸術を見る目があるクレイグなら建築も楽しめるだろうか?

しかしどのみち自分には誘う勇気がない、だからこの期待も胸にしまっておこう。

最近、カメラに興味がある。クレイグの影響も否めないだろう。あのレンズを覗き込む優しい眼差しが好きだ。自分もレンズを通したら、あんな風に世界を優しく見つめられるのだろうか。


つい思い出してデスクの引き出しを開けると、いつかもらった二人の写真が出てきた。



―――大学1年の秋、クレイグが写真を撮りに日帰りで遠出するというのでそれに付き合ったことがあった。

高校の頃も、体育祭でカメラを持たされたり、事あるごとにカメラマン役を頼まれたりしていたけれど、被写体が何であろうとその優しい眼差しは変わらない。

父親が子どもを見つめるのや、恋人を見る男の目でもない。被写体の美しさから醜さまで全てを知ってもなお愛せる、そういう優しさだ。なんでも見透かしているけれど、嫌いにだけは絶対ならない。

それがクレイグだった。

けれどもピアーズは見透かされるのが怖くて、ほとんどクレイグの写真に写ったことはなかった。

たった一度だけ、しかもその写真は今も手元にある。


「お前は被写体が人物のと景色なのと、どっちのが撮って楽しいの?」


    

秋も深まり、山々が赤や黄色に色づいたのを撮りたいと言ってきたから、そのリクエスト通りに随分と山道を登ってきた。

ピアーズは隣を流れる小川を尻目に、楽しそうな横顔を晒すクレイグに尋ねる。


「被写体か……そんなこと、考えたことなかったな。人も景色も表情があるし。カメラは何を撮っても、時間に干渉されずにその場面を残すには最高のツールだと思うから、被写体が何かは、あまり関係ないな、俺にとっては」


そういって満足げにカメラを構える。川辺の少し大きめの石に乗って、垂れ下がる紅葉の瞬間を切り取った。クレイグがピアーズの方を振り向く。


「ピアーズ、こっち向け」

「やだよ、撮るんだろ」


そういってピアーズは顔を背ける。カメラを手にした時のクレイグの無邪気さは少女にも負けない。


「いいだろ、それくらい。お前とのツーショット、一枚もないんだぜ?」


そう言うが早いか、クレイグが石を降りた気配がして振り向いた途端、その力強い腕に肩を抱かれシャッターが切られる音がした。クレイグが何をしたのかピアーズがわかったのは、その瞬間クレイグの横顔を見てしまったから。それが手元に残るなんて思わぬ迂闊な表情で。


「あ、バカ! 撮るなって言ったじゃん!」

「もう遅いね」

「お前写るのは苦手だって」

「そ。だからこれはサービス」


    

写真を撮るのは好きだけれど被写体になるのは好きではないとクレイグはいつも言っていたのに。

ピアーズは機嫌よく先を歩いていくクレイグにため息をつきたくなった。自分がどんな顔をして写っているか、気がかりで仕方ない。

現像した写真を先に目にするであろうクレイグに、自分の表情はどう映るだろうか。そればかりを考えてしまうと気が気でなくて、ピアーズは黙々とクレイグのあとをついて歩いた。


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