#011-2

───それからおよそ3時間後、ピアーズは嫌な夢に魘されて目覚めた。

(イヤな夢だった……)

夢の中で自分は、何故クレイグの手を離したのだろう。クレイグが崖下に落ちていくのを、ただ見ていたところで目が覚めた。




クレイグの方を見る。布団のふくらみを凝視したが、上下しているのは確認できない。

    

クレイグはいつも死んだように眠る。まるでそれは生命を貪るかのように。いつも一緒にいてわかってはいたはずなのに、こういうときは酷く不安になる。


ピアーズはゆっくり自分の布団を抜け出すと、そっと様子を伺うためにクレイグに近づいた。向こうを向いたまま寝ている。呼吸音はしない。ピアーズは恐る恐る、そのクレイグの頬にかかる布団を持ち上げた。


「……なに、どうした」


クレイグがごそごそと動いて、少しだけこちらを向いた。


「……お前が、死ぬ夢を見た……」

「……お前を残して死ぬわけないだろ?」

「……茶化すなよ」


ピアーズはその言葉に安心するもつかの間、昔考えた死の概念がこんなときにその思想を支配する。


「昔、……考えたことがあったんだ。死んだらどうなるんだろうって。それまでずっと、いま死んだらすごい後悔するんだろうなって思いながら生きてたけど、……死んだら後悔するなんてこと考えることすら出来ないし、そもそも自分の存在や、今までの思い出、誰のことも、生きていたことも、全て感じたり、思い出したりすら出来ないんだろうな、本当の無になるんだろうなって。……そう考えたら、めちゃくちゃ死ぬのが怖くなったことがあったんだ」


クレイグは静かに聞いていた。そのピアーズの言葉に対して、何かの答えを出すつもりはないようだ。


    

「……だから、人が死ぬ夢を見た後はすごく落ち込むよ。夢の中の自分を責めることになる。……死んでほしくないんだ、誰にも」


ピアーズの声が揺れる。いつもクレイグは、ピアーズの感受性に圧倒された。そのせいで夢も現実味を帯びてその感情に迫るのだろう。


「……ピアーズ」

「?」


クレイグの問いかけに、ピアーズが顔を上げる。


「俺のとなりあいてるけど、くる?」

「……狭くなる」

「一人で寝れるか」

「……寝れるよ」


からかわれたと感じたのか、少しピアーズの口調が拗ねる。


「ん。……おやすみ」


低い声が、部屋の闇に染み込んだ。

クレイグは腕を組み、後頭部に敷いて星空を見上げる。


(毎日、夜寝る前に考えた。)

(今日も1日生きていた、明日はどう生きるかって。)


ピアーズのことを、毎日考えた。


(明日1日の生活の中にお前がいることわかると、明日が待ち遠しかった。)


そのたびに沸き起こる感情の名を、いつも模索した。愛や恋とはまた別次元の感情ようだと最近は思い始めている。どれだけページをめくっても医学書には書いてないし、どれだけ教授の話を聞いてもそんなことは教えてくれなかった。


(逆にお前と会わない日はとてつもなく心もとなく感じた。)

    

(出会うまでは毎日、死なないから生きてるって思ってた。だけど、いまはお前がいるからまだ死ねないとすら思う。こんな強烈な感情に名前があるとしたら、)


ピアーズの寝息が聞こえ始めて、クレイグの胸がきつく締まる。


(これを恋って言うんだろう。)


"愛"とは不思議な感情だ。誰がこの感情を愛と名付けたのだろう。

"恋"とは幸せで苦い心の谷だ。高いところにある雲のせいで闇に飲まれることもあれば、どこからか流れてきた清い河川の水によって潤いがもたらされる。


ピアーズに対するこの感情を、恋と名付けることができるのはきっと、"恋"の川が干からびていたところに、ピアーズが源泉を作ったせいなのだろう。


クレイグはそっとベッドを降りた。

ピアーズの顔を覗き込んでみる。さっきまであんなに泣きそうな声で話していたのに、もうすっかり夢の中にいるみたいだ。

クレイグはそっと、ピアーズの捲れてしまった布団を肩にかけてやってからベッドに戻った。

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