#011 09.03.16 - Craig&Piers side -




「お前もう寝る?」

「うん、眠いし。まだ勉強すんの?」

「どうしようかと思って」

「いいよ、オレ明るくても寝れるから。あーでも上で寝るからあんま関係ないか」


ピアーズはそういって背伸びをした。2時間に渡るゲームで萎縮した筋肉を伸ばしている。


「……いや、まあでも明日勉強出来るしな」

「嫌ってほどね」


クレイグの部屋はメゾネットになっている。高校時代は中二階を趣味の部屋としていたけれど、星が綺麗に見えることに気がついてからは寝室にすることにした。ベッドを置いて、好きなクラッシックを聞きながら、その低く斜めにかかる窓から毎夜星を見上げた。

こういうときだけ、家が無駄に大きくて良かったと思う。高さのある屋敷ではないけれど、庭が広いおかげで周りの建物に邪魔されることなく月を望める。


「……寝るか」

「うん。なんか、こうやってちゃんとベッドに入って寝るのはじめてかもな。いつもみんなと雑魚寝してたし」「かもな。もっと来ればいいのに。大学入って、初めて泊まりに来たよな」


    

本当は、お前が誘ってくれなかったんだ、と言い返したかった。けれど、どことなく懐かしそうに目を細めて笑うクレイグを見たら、そんな皮肉は霧散した。ピアーズに先に階段を登らせる。


「うわ、めっちゃ星見える!」

「いいだろ、いつでもプラネタリウム気分なんだ」


ピアーズはガラスに張り付くようにして空を見た。このあたりは都心から少し外れた郊外なので星もよく見える。


「オレの部屋からも見えるはずなのに、全然違って見える。斜めに採光を取ると、こんなにも変わるもんなんだな……」


クレイグは熱心に空を見上げるピアーズを脇目にオーディオにCDをセットした。星空には古典的なクラッシックが合うだろう。


「俺下で寝るから、お前ベッドで寝れば」

「いや普通逆だろ。オレ下で寝るから」

「なんなら一緒に寝てもいいけど?」

「バカ、暑苦しいだろ。布団の予備ある?」

「こっち」


そういってクレイグはベッド下の収納から布団を引っ張り出した。このベッドなら二人余裕で寝られそうだが、さすがに気が引けたので、クレイグはそれ以上深追いしなかった。だが、少し願望もあったのかもしれない、いやあった。


「……電気、消していい?」

「うん」


電気を消すと途端に窓の向こうの銀河が眼前まで迫ってくるかのような錯覚に襲われた。


「……毎日、こんな空見ながら寝てんのか……」

    

「そういや最近は、なんか読んですぐ寝てたから、こうやって空見ることはなかったかもな……」


クレイグは脇にあるランプを見た。気に入って買ったアンティークのランプで、いつも寝るまでに本を読んでいた。だから、こんなに綺麗な空をいつからか、見上げなくなってしまったのかもしれない。

ピアーズは布団に入り、空を見上げる形になった。それを見て、クレイグもベッドに横たわる。


「月をモチーフにして、家を作りたいって、ずっと小さい頃から思ってたんだ。月を眺められる家っていいだろ?日本にある”桂離宮”ってのにも、月を眺めるためのテラスが作られてるんだって。昔から、人間は月が好きなんだ」

「へえ。……お前はそのまま、いい建築家になるんだろうな」

「まだわからない。家や建物ってさ、人間が作るものの中でも自分たちが中に入るものだろ? それって結構数えてみると少ないんだ。だから、今みたいにデザインだけ追いかけてるようじゃ、中に入って過ごす人のためになる設計はできないままだと思う」


ピアーズが真剣に話すのを、クレイグは黙って聞いている。その眼差しは真剣だ。


「設計の仕事って、自分の手で作り出したものを、人の一生の買い物にするんだ。おそらく人が一生にする買い物の中で最も高いものだ。自分の思いをのせるだけじゃなく、お客さんの気持ちや思いをのせて形にしていかなくちゃならない。……ときどきすごく不安になるよ、いまのオレのデザインは人の気持ちをのせるに足るかってね。……だけど、建築家になる夢は、叶えたい。絶対に」

「お前なら大丈夫だ」


なんの確信も根拠もないのに、そう信じてくれるクレイグの言葉はピアーズの胸に温かく沁み込んだ。


「それなら俺の夢は、お前の設計した家で将来を過ごすことにしようか」

「お前と嫁さんと、……子どもは2人くらいかな。それでも上等な家を建てよう」

「……ああ」


そのままどちらともなく会話が途切れて、そのまま眠りに落ちたらしい。




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