#008 09.03.09 - Cheryl side -


「クレイグ? どうしたの、気分でも悪い?」


シェリルがクレイグの額にそっと触れた。クレイグがゆっくりと瞼を開く。

今日は二人でクレイグの家で勉強することになっていた。朝、確認の電話をしたとき少しバツが悪そうな様子だったのはこのせいだったのだろう。


「……いや、大丈夫」


そう否定するクレイグの額に、シェリルはそっと触れた。思ったよりも熱い体温に驚く。


「大丈夫じゃないじゃない! 顔色悪いし、熱もある」

「……だったら、シェリルは帰れ。この埋め合わせは、今度必ずするから」


そういってシェリルの手を優しく退ける。そうされてシェリルは、何も言えなくなった。その表情は辛そうで、いままで夢中になって文献を読んでいた自分に呆れかえる。苦しそうに息を吐くクレイグを見ていると、心の奥の母性が疼くのがわかった。

確かにここでクレイグの言う通り大人しく帰れば、クレイグにとっては一番気が利く女で済む。しかし本能が、この男のそばにいたいと言う。

シェリルは答えを言いあぐねていた。


「俺の見通しが甘かった、本当ごめん、情けない」

「クレイグ……そばにいさせて。お願い……」


    

シェリルはクレイグの両手を包んだ。そしてじっと、その目を見つめた。

青い瞳が、いまは充血している。


「ダメだ、……4月に論文発表会があるんだろ? お前にうつすわけにはいかない」

「あなただって、もうすぐ引っ越しなのに……」

「シェリル、いい子だからいうこと聞いてくれ、……頼む」


シェリルは黙ってクレイグの手を離した。そして立ち上がる。


「シェリル……?」


かばんも置いて、コートも着ずに部屋をでていく自分を、クレイグが不思議な顔で見ているのがわかった。それでも気にかけている暇はない。考えてしまうと動きが止まってしまう気がするから何も考えないようにした。


シェリルは部屋を出ると階段を駆け下りた。幸いクレイグの両親は出ている。クレイグの両親と仲がいいことも幸いしたのだろう、クレイグの両親は留守中にシェリルが訪ねてくることを快諾してくれていた。


冷蔵庫から保冷剤と、経口補給水を取り出した。そしてそれを抱えたままシャワールームへ走る。タオルをいくつか持った。清拭はあとで本人に聞いた方がいいだろう、聞いたところで嫌がられるだろうが。

部屋に戻ってくるとそれまで手で頭を押さえていたのだろうクレイグが顔を上げた。


「……何してんだ……帰れってさっき」

    

「帰らないわ! こんなあなたを放っておいて帰れない。嫌われてもいい、いまはそばにいたいの」


シェリルはテーブルの前でこちらを振り返っていたクレイグの背中を抱きしめた。シェリルも167cmと小柄ではないが、座り込んで抱きしめるとその背中はとても大きい。耳を当てた背中から、小さく呼吸器がつまる音がした。


「お願いだから、ね」


クレイグはなにも答えない。ただじっとしているだけだ。シェリルは沈黙が怖くなって体を離した。


「ほら、ベッドに入りましょう。病人は安静が大事よ。欲しいものがあったら、取ってくるから」


そういうとクレイグは小さく頷いて立ち上がった。そしてベッドの前で着ていた服を脱ぎ始める。


「あっ、……私、外出てるから! 終わったら呼んで」


クレイグが突然脱ぎだすからほどよく筋肉のついた背中を見てしまった。シェリルは慌てて部屋を飛び出す。あの日、クレイグに抱かれて以来、彼の裸を見ることも、シェリルが自分の裸を見せることもなかった。


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