#004-2

「……お前の気持ちを、考えるべきだったんだ。悪かった。俺の気まぐれで」

「……そうかよ」


ピアーズは、床に座り込んだ。それでも、クレイグが動く気配はない。


「……なあ、今日は泊まってけよ」

「……」


なぜクレイグがそんな事を言うのか、分からなかった。このまま、続きをしようとでもいうのか? それともただ人恋しいだけか? 何かをするのかしないのか、何も結論も出ていないのに。


「……分かったよ」


惚れた弱みを握られているのはピアーズの方だ。もちろんクレイグはピアーズのことなんて知らない。それでも、ピアーズは一緒にいたいと思ってしまう、弱みを無意識のうちにクレイグに利用されているような気分だった。それをクレイグが分かってやっていたほうが、まだマシな気もする。

ピアーズは、なんとなく気だるくて立ち上がることが出来なかった。クレイグの部屋のアナログ時計は22:08を指している。明日は祝日だから、このまま親に泊まると伝えたあと寝てしまってもいい。ピアーズは携帯のアドレス帳から母親を呼び出してメールを飛ばした。


それでも、メールを送り終えるとどうしようもなくやりきれない思いが再びピアーズの中に湧き出てくる。


「……オレにキスするのが、願いだったのかよ」

「……かもな」「……願いを聞くって言ったのは、オレの方だ。それでお前の気が済むならいいよ」

「……」


    

背中を向けてたままのクレイグは答えない。


「そうじゃなきゃ、……意味がない」

「……そうだな」


クレイグはそれだけ言って、大きなため息をついた。

結局そのあと、どんな会話をして翌朝はどうやって解散したのか、いまではなぜかはっきり思い出すことができなかった。ただ、あのとき窓から見た景色といまの景色がよく似ているということだけが、いまも心の中に残っている。―――




「ピアーズ? 飲みすぎたか?」

「あ、いや」


あれから……シャワーから全員が上がり、そのままクレイグの部屋で酒を飲んだ。エルバートとユージンは酔いつぶれてカーペットの上で寝ている。クレイグは立ち上がって部屋の片付けをしているようだ。


「クレイグ、もう赤ワインないの?」

「あるけど……お前な、飲み過ぎ。水持ってきてやるから待ってろ」


クレイグはコンラッドの前にあったワイングラスを取り上げた。トレーに載せたグラスを下げに行くついでに、飲み物をとってこようとしているらしい。


「ピアーズは? なんか飲むか?」

「……あー、オレも水欲しい」

「わかった」


クレイグはそういうとトレー片手に部屋を出て行ってしまった。


「ピアーズ。何考えてたの?」


    

コンラッドが首を傾げてどこか見透かしたような視線をよこす。


「……別に。女にモテる方法でも教えてもらおうかなって」

「そんなの、じっくり目をみて話をきいてやればいいのさ」

「その顔だから、言えることだよ」


ピアーズは皮肉たっぷりに言ってやった。コンラッドもそれをわかっていたようで、くすくすと笑う。


「そりゃ光栄」

「分かってるんだろ、自分でも」


意地悪なことを言っていることはわかっている。それでもなんとなく、余裕のあるその視線に抗いたくてピアーズはつっけんどんな態度をとった。


「好きだって言ってくれる女性が、他の男よりは多いってのは自覚してる」

「このエロ男」

「それはどっちかな。さっき、ぼーっとしてたけど何考えてたんだ?」

「……うるさい」


投げつけるように言葉を吐いたピアーズに、コンラッドはにやりと笑った。


「お前昔からそうだけど、あまり周りに遠慮するなよ? もう少しお前は本音を言ったほうがいい」

「いつも本音で生きてるよ」

「そんなことないだろ。伊達に幼馴染やってきたんじゃない」


実はコンラッドとは長く幼馴染と言われる関係だ。

    

高校に入ってから急に大人びてしまって、その変化に戸惑っていたのと1年生のときクラスが離れたことで距離を感じていたが、2年、2年と同じクラスになり、一年のときつるんでいたユージンとエルバート、そしてそこにクレイグが加わる形で今日のメンバーが形成された。


「……また、話せるようになったら話すよ」


もうあのときのことは、クレイグも自分も、忘れた方がいい。ピアーズはもう一度胸の奥の扉にしっかりと鍵をかけた。

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