#003-2

高校が変わり、両親たちと暮らすようになってからは夜、主に父親の社交パーティに呼び出されることも多くあった。


そのたびに父親は「しがない息子」と紹介し、周りはクレイグに未来の医学界の発展を期待した。それでも土日は必ずそれから解放されたし、社会の縮図を見ているようで勉強になるところも多少はあったから何も言わなかった。


だが、そんな中でも、一つだけ今でも許せない父親のわがままが一つだけある。



春に転校し、ピアーズたちと仲良くなってきた頃。ちょうど夏頃だったと思う。

滅多に返ってくることのない父親が帰ってくるというので母親に一日空けておけと指定され、勉強をしながら家にいると父親はとある女性と、その母親と一緒に帰宅した。

父親に書斎へ呼ばれ、その冷房の効いた部屋に入ると、白く、清楚で品のあるワンピースを纏った女性がソファから立ち上がって会釈をした。それがシェリルだった。


「クレイグ。彼女がシェリル・ヘップバーンさんだ。挨拶は?」

「………はじめまして」


意図がわからぬまま挨拶を交わす。訝しげな様子のクレイグに、シェリルは少し苦笑いだ。


「彼女はヘップバーン証券取締役のご令嬢だ。そしてお前の未来の婚約者でもある」

「………なんであんたが決める? 俺はまだしも他人を巻き込むな、この子だって可哀想だろ」


クレイグは腹の底が煮え繰り返るというのをここで始めて感じた。女性の前で声を荒げたくなくて抑えたが、父親はそれをわかった上であざ笑うかのような表情を見せる。


「あの、………私、無理しているわけじゃないんですよ………?」


突然シェリルが話し始めた。クレイグは面食らってその話に耳を傾ける。


    

「私はあなたのこと、よく拝見しています。実は隣のクラスなんですよ? 知りませんでしたか?」

「………ごめん、わからない」

「実は母があの学校の理事長なんです。入学したときからお話を伺っていたので、あなたのことはよく存じ上げております。部活でのご活躍も、成績優秀であることも、そして素敵なお友達と楽しく毎日を過ごしていることも。話したことなかったからわからなかったけど、あなたにちゃんと会ってわかりました。きっと私、あなたのことを好きになります。あなたは、………どうですか?」


女がこれだけストレートに言葉を発するものだと、思わなかった。

クレイグの沈黙に、父親は納得させることができたと思ったのだろう。ポンとクレイグの肩を叩いてどこかで二人で食事でもしてきなさい、と言い残し部屋を出ていってしまった。

残った二人の間に、沈黙が落ちる。


「………あの、クレイグさん」


恐る恐る、シェリルが話しかけてきた。


「あなたのペースでいいから、少しずつ仲良くなりませんか? あなたが私のことを好きにならなければ、友だちのままでもいいんです。あなたのお父様は厳しいけれど、きっと時間が経てばわかってくれるわ。食事に行きましょう」


    

シェリルに手を引かれて部屋を出た。クレイグはなにも言わずに手を引かれたまま、シェリルについていった。―――



「あの父親に自分の人生を決められるのが嫌で、結構精神的なダメージがデカかったんだと思う」

「………なるほどね。聞いちゃいたけど、お前の親父さんはすごいね、色んな意味で」


クレイグは自分で話していて相当落ちたらしい。眉間のシワが取れない。


「………その当時、この夏にピアーズと一緒に一泊の旅行に行ったって話してあると思う」

「うん、聞いたね。そこでピアーズのことを愛してるって気づいた?」

「……ああ」。さらに付け加えるとすれば、…このあと、実は一回、冬だったな。俺は欲望に任せてピアーズを抱いてる。お前らには言ってなかったけどな」

「…あー、なんていうか、もう本当に精神的にきてたんだな。そういや一時期、ピアーズの様子がおかしい時があった気がするよ。お前はいつも通りだったから気のせいかと思ってたけどね」


廊下から賑やかな三人の声が聞こえてくる。


「上がってきちゃったねたな。話の続きは、どうする?」

「とりあえず入ろう。一回シャワーでこの気持ちも流したい。いいタイミングだ」


クレイグは立ち上がった。そしてベッドに置いていたバスローブとタオルを手に取る。コンラッドも同じく立ち上がった。


「なら続きはバスルームで、だな」

「妙なニュアンスつけんな」

「俺はピアーズじゃないよ」

「………おい、それはたちの悪いジョークだ」


クレイグはコーヒーを飲みながら、コンラッドはベッドに寝転がって天井を見つめながら、三人が部屋に到着するのを待った。

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