#003 09.02.03 -Craig side-



「それで? 俺を引き止めた理由って?」

「………前も言っただろ? 察してくれよ」

「ま、そうだよな」


クレイグは持ってきたコーヒーのマグをコンラッドに手渡して自分ももう一つのマグに口をつけた。


「で? その不毛な恋が、なんだって?」

「………お前に、あいつに代わって俺の懺悔を聞いて欲しいんだ。…本人にはさすがに言えない」


クレイグはテーブルの横に座り込んだ。コンラッドはクレイグのベッドに腰をかけ、その長い足を組んでいる。


「前聞いた話のどこからが嘘でどこからが事実なのか、そこから聞こうか」

「………シェリルは幼なじみじゃなく、許嫁だ。俺はシェリルを過去に一度抱いている」

「………なんか随分とヘビーなところからきたな」


コンラッドは困ったように笑いながら足を解いた。そして同じくベッドに腰掛けているクレイグの方に体を向ける。真剣に話を聞いてくれようとしているのだろう。クレイグはそれを見て頷く。


「俺の、昔話をしてもいいか?」

「勿論」


クレイグはコーヒーを一口飲んだ。語るには少し口を滑らかにしたい。コーヒーの苦みを味わった後、ゆっくりと口を開いた。




    

―――最も古い記憶というのは、祖母の家の庭で怪我をしたときのものだった。恐らく四歳くらいのときだろう。

クレイグの怪我自体は大したことはなかったが、額上部を打ち出血したのを見て祖母は慌てふためいていた。


「クレイグ、ちょっとここで待ってなさいね! あなたのお父さん呼んでやるから!」


状況のわからないクレイグに祖母はそう告げ、急いでベランダから部屋に上がった。クレイグはそれを見送ってからテラスに腰掛けた。春の天気のいい日だった。冬が長い地域だから、春の暖かな日差しは貴重なのだ。


しばらくそこから空を眺めていたが、痛みも引き、祖母も戻ってこないのでクレイグは部屋に上がった。まだ慌てているだろう祖母に一言声をかけて安心させたいと幼いながら思ったことをよく覚えている。


「………学会なんてどうでもいいじゃない! 子どもより仕事のが大事なの? ………わかったわ、もういい、あなたをそんなふうに育てた覚えはないわ! 前言ってた話、こんな風に子どもを放っておくなら引き受けます、もうクレイグはうちから学校へ通わせるわ!」


その瞬間、実の親に捨てられたのだった。幼いながらもそれは理解できた。

    

―――最も古い記憶というのは、祖母の家の庭で怪我をしたときのものだった。恐らく四歳くらいのときだろう。

クレイグの怪我自体は大したことはなかったが、額上部を打ち出血したのを見て祖母は慌てふためいていた。


「クレイグ、ちょっとここで待ってなさいね! あなたのお父さん呼んでやるから!」


状況のわからないクレイグに祖母はそう告げ、急いでベランダから部屋に上がった。クレイグはそれを見送ってからテラスに腰掛けた。春の天気のいい日だった。冬が長い地域だから、春の暖かな日差しは貴重なのだ。


しばらくそこから空を眺めていたが、痛みも引き、祖母も戻ってこないのでクレイグは部屋に上がった。まだ慌てているだろう祖母に一言声をかけて安心させたいと幼いながら思ったことをよく覚えている。


「………学会なんてどうでもいいじゃない! 子どもより仕事のが大事なの? ………わかったわ、もういい、あなたをそんなふうに育てた覚えはないわ! 前言ってた話、こんな風に子どもを放っておくなら引き受けます、もうクレイグはうちから学校へ通わせるわ!」


その瞬間、実の親に捨てられたのだった。幼いながらもそれは理解できた。

    

電話を切った祖母がため息をつく横顔を見て、慌ててテラスへ戻った。何故か立ち聞きをしていたのが見つかったら大好きな祖母が傷つくと思ったのだ。そのあとはそのまま祖母に病院に連れられ、そこで四針縫ったのをクレイグは覚えている。


それから高校に上がるまで、クレイグと両親の接点は殆どなかった。

それまでも殆どの時間を祖母の家で過ごしていたらしいが、それからは本格的に祖母の家に引き取られることになったらしい。

クレイグが中学に進学した頃、祖母が床に伏せってからは医学部に進むと決めて毎日勉強に励んだ。

祖母はそんなクレイグをいつも愛してくれたし、何事もよく褒めてくれた。クレイグ自身不思議と反抗期もなく、祖母からもらった愛情はきちんと返していたと思う。


だがある日の夜、それは高校一年生の終わり、春の予感を感じ始めた頃。

夕飯の支度をしている最中に祖母が突然意識をなくし、病院へ搬送されるも空しく、そのまま帰らぬ人となった。クレイグは最愛の祖母を亡くし、絶望にくれた病院の廊下で両親と再会した。


「クレイグか?」

「………はい」

「今日の寝床お前の住むところは用意してやる。来い」


なんとなく昔のことを覚えている部分が、これがお前の父親だとクレイグに教える。けれどそれは認めたくなかった。


「クレイグ、おいで。早く帰るわよ」


母親と思しき女性が、お前は私の子だと主張するような口ぶりで言うのが酷く憎らしい。それでも、祖母と過ごしたあの家にたった一人で戻るのが辛くて、二人の"両親"についていくことを選んだ。

その日以来、自分の知らないうちに転校することと、両親と一緒に住むことが決まっていたらしい。


両親はどちらもクレイグのことには非干渉的だったが、通うことになる学校はすでに両親が決めていた。地元では有名な私立学校だった。

そして両親には家を空けるからと、通帳と、家の留守を任され、クレイグはピアーズたちのいた学校へ入学したのだった。

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