#001-4

「おはよ。目覚めた?」


あの日から二日後。せっかくの土曜日を返上してクレイグとともに勉強していたのに、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。片眉をあげたクレイグの顔が見えた。

来週締め切りのレポートは最低20枚、A4敷き詰めで求められている。内容は"聖堂建築におけるロマネスク様式とゴシック様式について"。このレポートの内容が不十分だと、今期必修のこの授業の単位は、確実に落ちる。


「……ん、いま何時……?」

「18:53」


その言葉に、ピアーズの脳はいっきに覚醒した。自分の腕時計をみると、先ほどクレイグに告げられたのと同じところを時計の針が指しているのが見える。


「うわ、マジかよ……起こしてくんなかったの」

「俺が起こすかよ。むしろ子守唄のチャンスかと思ったぜ」


目の前でノートとテキストに向かうクレイグが眉を上げた。このところ無理し続けた結果であることを遠回しに指摘されているのだろう。

確かにクレイグの忠告を無視したのは自分だ。身体をひねると肩にかけられていたブランケットが落ちた。


「だよな……ああ。これ、ありがとう」

「寒くなかったか」


    

クレイグはボールペンを置いてぐっと背伸びをした。暖かい暖炉のあるクレイグの部屋は、いつだって眠気を誘う。


「ああ、大丈夫。でもさっきので、嫌な汗かいたかも」


ピアーズは眠っている間に折り曲げてしまったのだろうページの折り目を直しながら、完成までにかかる時間を再度頭のなかではじき出そうとした。


「どう? レポート終わりそう?」

「……いや、ちょっときついかも」


少なくとも、あと3時間は欲しい。あの教授はレポートをすべて回収してから口頭試問を行うため、レポートを書き終えた後でもノートに内容をまとめておく必要があるのだ。


「お前が起きたら、気分転換に飯食いに出かけようかと計画してたんだけど」


ピアーズは迷った。確かに腹は減っている。だが、今日のうちに少しでもこのレポートを進めておきたいのは事実だった。なんと答えるべきか、ピアーズは答えを探す。クレイグは立ち上がってカーテンを引き、少しの間外を見てから振り返った。


「ま、今日はやめとくか。雪も降ってきたしな。何食いたい? 腹減ってる?」

「あと1時間位したらたぶん腹減る。……肉が食いたい」

「寝起きでそれかよ。分かった」


クレイグは笑いながら席を立った。

    


ピアーズはそれを見つめながら、もう一度ぐっと背伸びをして身体をほぐす。気のせいかもしれないが、眠る前より意識ははっきりしていた。


「頬に痕ついてる」

「え」

「左頬」

「うわ……ホントだ」

「俺が戻ってくるまでに、メドつけておけよ」


自分の左頬を触って確かめるピアーズに、クレイグはそれだけ言うと軽い足取りで部屋を出て行った。夕飯の支度をしに行ったらしい。

クレイグの料理の腕はピアーズの舌を満足させるに十分すぎる。これは期待できそうだ。

ピアーズは文献を開いてもう一度レポートに向きなおった。

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