#001-3

「よそ見してるとぶつかるぞ」


クレイグは大きな歩幅でピアーズを抜かしていく。そして振り返って小さく手招きをする。唇の端を上げて、器用に笑うのだ。

そのおどけるような表情に、ピアーズも自然と走り出していた。


まだ着地地点はわからない、ピアーズに行動する気がない限り、もはや発展も失恋もないことは重々承知なのだ。高校時代、様々なことがありながらもずっと答えを出さずに来たことを、ピアーズは心底後悔している。

それでも終わりがなければそれでいいと、ピアーズはいつも自分を納得させては少しだけ苦しくなるのだった。



* * *


「明後日、うち来るだろ?」

「ああ」


勉強を終え、帰り道。大学の正門から続く坂道を下りながら、クレイグが問いかけてくる。マフラーを引き上げて、口元を隠しながらピアーズは頷いた。

休日はクレイグの実家で勉強会を開くのが、いつの間にか普通になっていた。医学部のクレイグは勿論、ピアーズもこの大学で最も単位に厳しいと言われる建築学科の勉強には、休日返上もやむを得ない。


「午前、ちょっと用事があるからまた連絡する」

「分かった」


2人、黙ったまま並んで歩く。町へ降りていくこの坂道から眺める景色は、大学には通い慣れたはずのピアーズの目にさえ鮮やかに映るった。

ぼんやり眺めるうちに町へ下りて、住宅街の中を歩く。この辺りは人通りも少ない。途中まで二人は同じ道を帰ることになっていた。


「このところ、課題多いのか?」

「それ、今更聞く?」


多ければ一週間に三日は徹夜で図面を引いたり、建築の模型を作ったりしている学科だ。

ピアーズが笑いながら言うと、クレイグが少し困ったように頭を掻いた。


「今日くらいちゃんと寝た方がいい。カフェインの摂り過ぎだ」


クレイグの言葉に、ピアーズは押し黙った。このところ再来週最終提出である設計図面のラフデザインすら決まらず、デスクに向かってあらゆる参考書籍を開いたり過去のデーターベースを遡ったりしていた。そのときに、カフェインに世話になっていたのが露見しているらしい。


「医者の卵だから? そういうのも分かるの?」

「お前のことならだいたい分かる。何年の付き合いだと思ってんだ、俺を侮るなよ」


クレイグはポケットに手を入れたまま、空を見上げた。彼なりに心配してくれているのがわかる。

嬉しい反面、一番分かって欲しいこの気持ちを知らないお前に言われたくないと、悔しい気持ちもある。良くないことを良くないと言われているだけのことなのに、クレイグの一言であれこれ考えてしまうこれも、恋の副作用なのだと痛感する。


「……最終提出が終わったら、ちゃんと寝るよ」

「いつ?」

「再来週」

「の?」

「金曜日」


ピアーズの返答を聞くなり、クレイグはわざとらしくため息をついた。


「あと丸々二週間か。そりゃOKを出す訳にはいかねえな」

「単位落とせっていうのかよ」

「俺がお前んちまで行って、子守唄歌ってやるよ」

「いらない」

「遠慮すんな」

「してないよ」


こういう他愛もない会話が心地いい。ピアーズは言いながら幸せな笑いがこみ上げてさらに深くマフラーに顔を埋めた。


「お前、笑ってんな? 親友が本気で心配してんのに」

「笑ってない笑ってない」

「今度模型作るの手伝ってやるから」

「マジ?」

「ああ。だから頼むから寝てくれ、今日くらい。いいな?」


クレイグはそういって立ち止まる。このT字路から先は、クレイグが左、ピアーズが右へと帰る。


「分かったよ」

「じゃ、おやすみ」


手をあげて別れの挨拶をするクレイグに、ピアーズは小さく笑う。


「気が早いな」

「いいから」

「ん。おやすみ」


ピアーズは先に踵を返した。今度また家に来る口実ができたことと、心配してくれたことを振り返るだけで、今日もまた寝不足になりそうだと思ってしまう。

後ろを振り返ってその背中を見送りたい衝動に駆られながらも、ピアーズはまっすぐ先を見つめながら歩いた。

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