第4話

 チヒロがコロニーに凄腕のエーテル技師を連れてきたという噂は、瞬く間に広まった。エーテル銃はスカベンジャーの間でも広く普及しているし、日常的に利用されるエーテル機構も、その数は少なくない。持ち込んだ連中が口を揃えて凄い腕だと触れて回るお陰で、アオイのエーテル工房(仮)の売り上げは順調だった。

「しかし、修理の様子は誰にも見せられないらしいってのが気になるよな」

「別のコロニーから流れてきたって言うんだ、何か事情があるんだろ。俺たちは道具を一晩預けて、翌日取りに行くだけでいいんだ。大したもんだよ」

「はあ、まあ、そういうもんかねえ」

 アオイは、近隣で潰れたコロニーからの漂流者という扱いでコロニーに迎え入れられていた。当然これはチヒロの嘘だ。魔女――コロニーでは魔法使いと呼ばれている存在が、その能力だけで歓迎されるはずはない。チヒロなりに考えた結果のカモフラージュがこれだったが、存外大きな利益をもたらしていた。


「……まさかこんなに上手く行くとは」

「魔女様々でしょ?」

「全くだ。頭が上がらない」

 チヒロとアオイは、工房の二階を居住スペースとして使っていた。倒した魔獣の体内で生成されていたエーテル結晶はかなりの大きさで、それなりの値がついた。それを元手に建物を借り、そこでエーテル技師の仕事をして食い扶持とする。チヒロのその場の思いつきだったが、事はとんとん拍子で上手く行っていた。

「とはいえ、エーテル機構の調整も一段落したら受注は減るだろうし、別の稼ぎ口も考えておかないとな」

 禁域での魔獣狩りを続けてもいいかもしれない。こちらにはアオイという大きな存在がいる。彼女の力に頼るのはスカベンジャーとしての名折れかもしれないが、活用できる能力を活用しないことは、スカベンジャーとして愚かなことだとチヒロは思った。あるいは、アオイには護衛として付いてもらって、禁域でのゴミ漁りをするということもできるだろう。チヒロの頭の中は、とにかく今後の金稼ぎのことでいっぱいだった。

「……む、このサンドイッチ」

 そんなチヒロの横で食事をしていたアオイが、ふと呟いた。

「もしかして、口に合わなかったか? 要らないなら俺が貰うが」

「はあ? あげないわよ、パンがふわふわでおいしいわねって思っただけだから」

「あ、ああ、そう……」

 食い意地の張ったやつだな、と思うと同時、上等な食事にありつけるようになったのがこの少女のお陰であることを思い出す。彼女自身、旅に出たばかりだと言っていたから、こうして食事に困らないのは良いことだろう。

「そういえば、アオイはどうして旅に出たんだ?」

「むぐ」

 チヒロの問いに、アオイは食べていたものを喉に詰まらせかけた。慌てた様子で水を飲み干して、アオイはチヒロの方を見た。

「それ、聞かないとだめ?」

「ビジネスパートナーの身の上が気になっただけだよ。言いたくなきゃそれでいい」

 アオイは頬を膨れさせて黙り込んでいたが、少ししてその口を開いた。

「追い出されたのよ」

 なんとなく察しの付いていたチヒロは、そうか、と短く答えた。

「知ってる? 魔女はお互いが嘘をついているかどうか、エーテルのゆらぎで分かるのよ。だけど私は、それができなかった」

 アオイはサンドイッチを一口囓る。

「……できなかった、っていうより、させることができなかった。集落のみんなは、私のゆらぎが読めなかったのよ。そんな何考えてるか分からない存在とは一緒にいられないからって、十六歳で成人した瞬間、あの森に放り出されるの。酷い話よね。私だけじゃない。過去にもそうやって追い出された魔女が何人もいる。だから、小さい頃から『一人でどうやって生きていけばいいんだろう』ってずっと考えてた。でも実際は案外簡単だったわね、人間サマの懐に潜り込んじゃえば済む話だったなんて」

「運が良かったな、全く」

「そうね。だから、ありがと。あんたには感謝してるわ」

 言うと、アオイは少し顔を背けて笑った。

「俺は、借りを返してるだけだよ。あんたがいなきゃ、俺はあのまま死んでた訳だから。命の恩は、こんなもんじゃ返せないだろ」

 チヒロは言って、自分もサンドイッチを一つ手に取り頬張った。確かにアオイの言うとおり柔らかなパンで、挟んである肉や野菜も瑞々しく味のするものだった。


 翌日も、様々なエーテル道具が工房に持ち込まれた。照明、通信、冷暖房、それから持ち運び用の小さなエーテルシールドなんてものも含まれていた。

「これは直せる。これも、これも……あ、これはここが壊れちゃってるから、余所で直して貰えば動くはずよ」

 数日経てば落ち着くと思っていたものの、まだまだ依頼は多く届く。アオイはそれらを瞬く間に直せはするものの、依頼主をメモしてバックヤードに持ち込んでいくだけで、時間はとにかく過ぎていった。修理自体は工房を閉じてから済ませればいい。預かった品をチヒロが届けに行っている間は、自分がこの場を切り盛りしなくては、とアオイは思っていた。

 そうやって店終いの時間を迎える頃、一人の来客が工房に訪れていた。

「あの――すみません」

「あら、ごめんなさい! 実はもう今日は閉めちゃうところで……急ぎだったら預かりますけど」

「いえいえ、そうではなくて。ええと、あなたがアオイさんで間違いないですか?」

「? はい、そうですけど……」

「ああ、良かった」

 来訪した男は、胸元に着けていたバッジを彼女に見せ、こう続けた。

「コロニー運営局の者です、ご同行お願いできますか」


 チヒロが配達から戻ると、そこにアオイの姿はなかった。

「まさか」

 チヒロの悪い予感は的中した。店先には一通の封筒が置いてあり、コロニー運営局のマークが記されている。

 慌てて封を切る。

 そこには「アオイ氏の魔法使い容疑について」だとか、「コロニーの安全な運営のための拘留措置」だとか、「チヒロ氏が魔法使いである可能性のある者を迎え入れたため」だとか、そういった内容が堅苦しい文章で書き連ねられていた。

 ――つまりアオイは、コロニー運営局に連れ去られたのである。

「最後までお読みいただけましたか?」

 工房の奥の方から声がした。

 見れば、見覚えのある男がそこに腰掛けている。いつぞやの定食屋でチヒロを咎めた警備の男――ムカイだった。

「まだ読んでる途中だ、って言ったら待ってくれるか?」

「そうしても構いませんが、時間を稼いでも意味はありませんよ。彼女の身柄は既にこちらで預かっていますし、あなたもここからは逃げられない」

 ムカイが言うと、物陰から数人の男たちが現れ、チヒロにエーテル銃の銃口を向けた。彼らは揃って胸元にバッヂをしており、ムカイと同じく警備の所属であることは明らかであった。

「俺を殺すのか?」

「はは、本当にまだ最後まで読んで頂けてないようですね。詳しい処遇は書いてありますが――要するに、追放処分です」

 どちらでも一緒だ、とチヒロは思った。毎日十分な準備をしてから向かうゴミ漁りとは違う。何一つ持たずにコロニーを追い出されるということは、この時代においては死ぬのとほぼ同義だ。

「とはいえ、あなたほどのスカベンジャーであれば、なんとか一人でも生きていけそうに思えますけどね」

「冗談がきついな、回りくどい真似しやがって」

「お世辞ですよ」

 彼が手で合図すると、強い衝撃がチヒロの後頭部を襲った。遠のいていく意識の中で、チヒロは一人の少女のことを考えていた。

(――アオイ)

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