「はいこれ。あなたあての手紙」



 小麦粉、バター、砂糖。

 どれも残り少なく、そろそろ街まで行って買い足さなければならない。とはいえ料理に使い切るには絶妙に量が少ない。

 ……よし。それならば。


「あー! ローロがおいしそうなもの作ってる!」


 炊事場で調理をしていたら、羨ましい! と顔で語るアルが現れた。恐らく熱したフライパンの上で溶けたバターの匂いに釣られたのだろう。

 時間にして午後の三時ごろ。日中にこなすべき仕事を終えたローロは食糧庫から幾つかの食材を手に取り、ちょっとしたおやつを作ろうとしていた。


「なに作ってんのー!」


 てててと側まで近づいてきた七歳年上の幼馴染は、ローロの両肩に手を置いて、フライパンの中を覗き込む。


「パンケーキだよ。そろそろ食材なくなりそうだし、思いきって使い切っちゃおうかなって」


 丁度ローロが余った材料を混ぜ合わせた生地が流し込まれるところだった。粘性を伴う白い生地が円形に広がり、ふつふつと気泡を立てて焼き上がっていく。フライ返しでひっくり返すと、綺麗なきつね色が浮かび上がる。同時にふんわりと炊事場へと広がっていく、甘くて良い香り。


「なんかすんごくいい匂いするんだけど! ねえねローロ、なにこれなにこれ!」

「バニラエッセンスだよ。せっかくだし美味しいものにしたいなって」

「すっごーい! すっごーい! いいなあいいなあ、おいしそうだなあ、いいなあ……」


 アルはこの城で給仕として働いているはずなのだが、食事に関しては食べる専門だった。掃除や家畜の世話をさせると丁寧な仕事ぶりを発揮するが料理に関しては壊滅的だ。その感覚的な生き方がなせる技なのか、とにかくアルの作る料理は目分量と勢いしかない。


「調理中に抱き着かないでアル」

「いいなあ……」


 七歳年上の幼馴染がだらしなく口を開けて、ローロに縋るように体を密着させてくる。彼女の緑色をした丸い瞳はローロの言葉など眼中になく、あるのはローロが焼き上げていく出来立て熱々のパンケーキだけだ。 


「ちゃんとアルの分もあるよ」

「! やったーローロだいすき! ……でもなんか量多くない?」

「メフトさまに持っていくの」

「え! ローロがお腹を空かせてこそこそ食べる用じゃなかったんだ……」

「私をなんだと思ってるの?」


 一度大きな皿に盛りつけたパンケーキ7枚を、ローロは三枚の皿に移す。1枚だけの皿はローロとメフト用、2枚重ねたものがアルだ。残った3枚は籠に入れておいて、あとでティアレスに持っていこう。

 蜂蜜を入れた小瓶に、キイチゴで作ったジャム。人数分のナイフとフォーク、あとは普段から常備しているハーブティーを用意して──よしこれでいい。ローロはアルと共に炊事場を出、メフトの私室へと向かった。


「メフトさま」

「はーい。どうしたの──って、なーに? すごくいい匂い」


 扉を開けたメフトが目を丸くして、次いで嬉しそうに目を細めた。


「料理に使うにはちょっと量の足らない食材があったので、おやつにしてみました。よければ一緒にどうですか?」

「ええ。ぜひ」

「わたしも食べに来たよー!」

「あらアルも? じゃあ三人で休憩しましょうか」


 メフトが室内へ二人を招き入れる。彼女の私室はこの城の以前の主が使っていた部屋で、つまりは城主のものだ。城で最も広い私室となるが、現在の城主にして『国民なき国の女王』はあまり家具を置くことに興味がない。備え付けの大きなベッドと、その脇に置かれた丸机と椅子、あとは小ぢんまりとした箪笥くらいしか部屋にはなかった。

 必然的に丸机の上に諸々を載せたトレーを置くことになるが、机の上には複数枚の書類とペン、開封された便箋が雑然と散らばっていた。 


「ごめんなさいね。『議国』との戦後処理がまだ終わってないの」


 すぐ片付けるわ、と書類を机から箪笥の上に除けたメフト。

 ローロはトレーを机の上へ置きながら言った。


「お忙しそうですね」

「あともうちょっとで終わるわ。それよりローロに他の仕事を任せっきりにしてごめんなさい」

「いえ。この城での生活も一年が経って、普段通りのことなら自分だけでもできます」

「あら頼もしい」

「それにわたしもいるよー!」


 曲りなりにも戦争行為が起こり、それは降伏文書への調印という国際的な様式に則って終戦に至った。

 6年前、メフィストフェレス条約を世界中の国家と締結した直後には、今回の『議国』のようにメフト個人に対して宣戦布告を行う国家が頻発したらしい。その頃からメフトが用意した降伏文書の内容はほとんど変わっていないと彼女は言う。戦争行為の意思決定をした国家政体の主要構成人員の国外退去命令と、彼らの持つ資産の没収(これは開戦国の復興費用に当てられる)。

 とはいえ降伏文書の内容が正しく遂行されているかをメフト本人が逐次確認する訳ではなく、基本的にはメフィストフェレス条約締結国の外交官達によって立ち上げさせた『国際監視機構』なるものに代理させているらしい。メフトの下へ届く書簡の大半はそこからの報告書の類であり、同時にメフト本人にしか決裁権がない事項への承認依頼だ。

 政治的に複雑な要素が絡む部分をローロはあまり把握していない。

 不平等条約により服従させている国家からの書類などどのような意図が潜んでいるかも想像できないが、6年間世界を支配している以上メフトは統治に関しても才能を持っているのだろう。


「アルも、いつもお仕事ありがとう」

「えっへん! なんせわたし、24歳ですからね……もう十分に大人なわけですよ魔王さま……」


 胸を張るアルはぱくぱくとパンケーキを食べてはだらしなく顔を蕩けさせていた。この場で最も年長なのだが、背丈がローロと変わらないこともあってどうにも幼く見えてしまう。


「そういえばメフトさまも23歳になられたのですよね」

「そうだけど」

「出会った頃から何一つ変わらないなと思っただけです」

「……そう言うローロもでしょ」


 曖昧にメフトが微笑んでいた。

 ……実は1cmだけ背が伸びたのだが、そう言わなければ分かるはずもないか。

 とはいえメフトが本当に出会った頃から変わらないのは事実だ。その珠のようにきれいな白い肌も、細い首筋も、くっきりとした二重瞼のラインも、黒の瞳を縁取る長いまつ毛も、歳を重ねることでの変化など何一つない。


「ああそうだ。ローロ、あなたに渡したいものがあったの」


 パンケーキを三人で食べ終えた頃、メフトが思い出したように言った。

 立ち上がった彼女は箪笥の上に置いておいた書類から一枚の便箋を引き抜き、ローロに手渡す。


「はいこれ。あなたあての手紙」

「私あて……ですか?」


『国民なき国の女王』たるメフトあてに手紙が来ることは理解できるが、自分あての手紙というのは初めてのことだ。


「恐らくローロの名前が『議国』の件で大々的に知れ渡ったから、そのせいでしょうね」


『議国』が条約の破棄を宣言した時、メフトは条約に基づいた破壊活動を死者が出ることを前提に執り行うつもりでいた。ローロはそれを自分が請け負うことで人的被害を出さないように努めたのだ。結果としてローロ・ワンの名は“魔王の騎士”という異名と共に世界中に知れ渡ることとなり、『国民なき国』にローロ・ワンが在籍していることも周知の事実となった。

 便箋の裏を見る。内容を見る前に、差出人の名前を確認したかった。


「差出人……あ、これアルのご両親だよ」

「えっうそ!?」

「ほら。送り元の消印もあの辺りのものだし」

「ほんとだー……」


 ぺろりと2枚のパンケーキを食べ終えてしまい寂しそうにしていたアルが突然肩を跳ね上げる。ローロに体を寄せて差出人の名を見たアルが「ほんとだ……」と呟いていた。


「そ。アルと同じルールって姓名だったから、もしかしたらと思ったの」


 士官学校へ行くため生まれ故郷を離れるまでは、ローロはアルの両親とも付き合いがあった。魔法研究に没頭していたローロの母親……マギアニクス・ファウストに代わり、ローロの世話を家族ぐるみでしてくれていたのだ。

 久しく忘れていた幼馴染の父母の名に、どこか懐かしいものが胸中を過ぎる。それはアルと、アルの両親と共に囲んだ食卓の光景だ。彼らはいつもローロに優しくしてくれた。


「ローロの名前が有名になったから、ローロに用事があってこの城あてに手紙を送ったってことだよね」


 アルの推測通りなのだろう。頷いたローロは便箋の封を開け、中に入っていた一枚の紙を広げる。──そこに書かれた内容に、思わず眉をひそめてしまった。 


「……よければ内容を聞いても?」

「私の生家に、処理していいかわからない母さんの遺品があるから見に来てほしいそうです」



 ◇




 するすると髪と髪の間に泡立てたシャンプーが入り込み、優しい手つきで洗われていく。後ろに立ち、ローロの頭部を丁寧な手つきで洗っていくメフトが、その動きを止めずに言った。


「うん。綺麗に染まってる。……久々に使ったけど、効いてよかった」


 今、ローロとメフトは風呂場に居た。城の近くを通っていた湯脈を、メフトが引き込む形で作られた天然温泉がかけ流し状態になっている風呂場。こんこんとわき続ける湯によってもうもうと蒸気が立ち込める中、目を瞑っている少女は自分の髪色がどうなっているのか想像がつかず少しだけ緊張気味でいる。 


『行くつもりなら、その銀髪は目立つ。髪を染めましょう』


 ローロが生まれ故郷へ行きたいと申し出ると、メフトはそう提案した。

 この城からローロの生まれ故郷がある土地まで行くのに、徒歩や馬車などを組み合わせても片道でかかる日数は十日を超す。必然的に幾つかの大きな街を通る必要があった。

 そして街に行く必要があるということは、人と接する機会があるということだ。 

 確かにローロ・ワンが生来持つ髪色は色素の薄い銀髪で、尚且つ瞳の色も淡い紫。この組み合わせは人通りの多い場所では非常に目立つと、ローロ本人も理解していた。ましてや今のローロは“魔王の騎士”として世界中にその存在を知られている。『目立つ髪色をした少女』ではなく『もしかすると“あの”魔王の騎士ではないか』──という疑いの目を向けられれば、不要な面倒事を呼び込むことになりかねない。更に言えば、ローロは1年と3か月前にこの城へやって来た際、メフィストフェレス条約締結国すべてが殺意を向けるという異常な契約書にサインをしている。

 衆目を集めるような状態は出来る限り避けるべきだった。──つまり、変装が必要なのだ。


『髪を……染められるのですか? 布みたいに?』

『頭髪用の染料みたいなものがあってね。貴重品だし高価だけど、昔、私も街への買い出しの時に使っていたのよ』


 髪を染めるという行為を、ローロは初めてすることになった。メフトが倉庫から持ってきた真っ白いクリームを髪全体に塗り付け、十数分程度の時間で馴染ませる。その後、今ローロがされているように染料を丁寧に洗い流す。今ローロがメフトと共に風呂場にいるのはそのためだった。

 二人とも濡れてもいい恰好に着替えているとはいえ、主君たるメフトに髪や地肌をするすると触られる感覚が不思議で仕方がない。

 背中のわき腹に近い位置にある筋肉が、ぴりぴりと硬くなっている。


「はい。もういいわ。綺麗に落ちた」

「まったくよくわかりません……」

「頭が痛むとかはある? 少し刺激が強い薬剤だから」

「いえ。大丈夫です」

「そ。よかった。じゃあ脱衣所で髪を乾かしましょう」


 少女の背中半ばを超す程度の長さをした髪から水気を抜き取り、メフトはローロに風呂場を出るよう促す。二人して脱衣所に着くと、興味があるのか染料を塗るところから同席していたアルが待ち構えており。

 彼女の丸い瞳がローロを見た瞬間、更にまん丸に見開かれた。


「わーすっごーい! ローロの髪が綺麗な栗毛になっちゃったー!」


 言われ、おっかなびっくり脱衣所の鏡を覗き込む。

 ……わあ! 


「わ、私の髪色がアルと同じになってます! メフトさま、私の髪が、……髪が!」

「大丈夫。似合ってるから」


 鏡の中の自分は顔立ちは何ら変わらないのに、まったくの別人に見えた。生まれてから毎日の手入れを欠かさなかった銀色の髪。それが今では、深い色艶を持った亜麻色の髪になっている。髪色が変わるだけでこんなにも印象が変わるとは思わなかった。


「帰ってきたら魔法で染色剤を抜き取ってあげるから安心して」


 ぱくぱくと口を開けては閉じてを繰り返すローロに、メフトがくすくすと笑いながらそう言った。少女を椅子に座らせ、濡れた栗毛を丁寧に乾かしていく。

 やがて普段通りの流麗さを取り戻した長髪だったが、背後に立つ女は何か気に掛かるのか。持ち上げた後ろ髪の毛先と、鏡越しにローロの前髪を交互に見比べると。


「せっかくだしローロ、毛先を少し整えましょうか?」

「えっ」


 ローロは人生で一度も髪を切ったことがない。【質量転換】による魔力変換の代償として消耗したことはあっても、切ったとは言えない。何故今まで切ったことがないのかといえば、それは母が死に際に言い残した遺言だったからだ。


『おまえの髪は決して切ってはいけないよ。毎日ブラシで梳くことを忘れてはいけないよ。おばあ様ゆずりの、美しい銀髪なのだからね』


 その約束をローロは愚直に守り続けてきた。母マギアニクス・ファウストが存命の頃も、彼女は髪を切らせなかった。

 髪は切るものではなく、伸ばし続けるもの。手入れを欠かしてはならないもの。そういった絶対の認識がローロ・ワンの中には刻み込まれている。だからこそ、余計にローロは驚いていた。

 ──私の主君メフトさまになら、少しくらいなら。

 そんな思いが反射的に芽生えていたのだ。きっと先ほど頭を洗われた際の、髪の間を撫で動く細い手指の感触がまだ残っている。……心地よかったのだ。


「ごめんなさい。嫌ならいいの」

「お願いします。切ってください。……切ってほしいです。メフトさまに」


 すぐに提案を退けたメフトに、気付けばローロは言い募っていた。鏡越しに見つめる背後の主君はすぐに顔をほころばせる。


「ええ、任せて」


 ハサミを持ってきたメフトが、小さく息を吸って吐き、やがて。

『ちょきん』『ちょきん』、と。


「くすぐったいです」

「じっとしてるの」


 不思議だ。

 髪先を整える程度に切られているだけなのに、神経でも通っているように背筋が強張り、震える。だけどハサミの鳴らす擦れた音が響くたび、奥底の強張りが緩く解けていくのがわかった。


「はいできた。うん、いい感じ」


 やがてメフトが満足げに頷いて、少女の髪から手を離す。


「初めて髪を……それも人に切ってもらいました。初めてがメフトさまでよかったです」

「そ。いつでも言って」

「……わたしもいるんだけどなー」


 二人の会話がひと段落するのを待っていたかのように、むすっとした様子のアルが口を開いた。

 頬を膨らませ分かりやすく機嫌の悪さを見せる幼馴染がメフトとアルを見つめている。


「魔王さまってローロのことになるとなんかすごくしっとりした感じだよねー」

「しっとりって。具体的に何が?」

「手つき」

「気のせいよ」

「……なーんかローロって魔王さま相手だとキラキラした目になるよねー」

「な、なにアル。そのじとっとした目つき」

「ふーん。なんでもないよーだ」


 何故かつまらなさそうに唇を尖らせているアルの態度に、ローロは小首を傾げる他ない。

 さて、翌日の早朝。

 ローロは荷造りを早々に終えていた。往復十日前後の旅程になるとはいえ、母親の遺品とやらを確認し、必要があれば処分することが目的だ。身軽な方がいい。食糧は行く先々の街で買えばいいだろう。ありがたいことに、宿代もメフトが捻出してくれている。

 リュックに寝袋、着替えと地図、財布だけを入れたローロは城の正門……ではなく、森が広がる城の裏手から発とうとしている。そんな少女をメフトとアルが見送りに立っていた。


「んーわたしもついてった方がいいと思うんだけどな」

「アルは私の代わりに城でのお仕事をお願い」

「んー……」


 どこかアルは落ち着きがない様子だ。いつものアル・ルールならば『わたしも行く!』と言い出しそうなものだが、ローロの言葉に納得がいかない雰囲気ながら頷いている。


「ごめんなさい。正門から見送れなくて」

「いえ。大丈夫です。見送りありがとうございます」

「最寄りの街に付くまでは認識阻害系の魔法、忘れないでね」

「はい」


 正門から出発しないのは、ローロが長期間の外出を行うことを出来る限り隠匿するためだ。誰にかと言えば、恐らく『国民なき国』を監視している何者かに対して。


「では行ってきます」

「気を付けるのよ」

「はい!」


 メフトとアルが手を振る中、ローロは森の中へと分け入っていく。彼女の腰で揺れる鞘入りの長剣は意気揚々と存在を主張していた。



 ◇



「心配だな―。魔王さま、一人でローロを向かわせてよかったの?」


 少女の背中が見えなくなった頃、アルがぽつりと漏らした。翡翠の瞳がメフトの横顔を見つめる。


「大丈夫よ。以前までのローロじゃないもの」

「でもさあ。ローロの母親ってマギアニクスおば様のことだよ?」

「わかってる」


 二人の会話に穏やかな雰囲気は無い。

 一年ほど前に起きたアル・ルール誘拐の件はアル本人による自演だった。アル・ルールには大それた目的がある──『魔王メフトの殺害』という目的が。

 一方メフトはそんなアルの思惑を知りつつも放置していた。誘拐事件以降、アルが目立った動きを見せない事や、例え何か罠を仕組まれても正々堂々受けて立つつもりでいたからだ。

 それに何より、二人には共通した意図があった。

 ローロ・ワンという少女を救いたい、幸せにしたいという願いだ。


「何か裏があるよ」


 アルが何故メフトの殺害を目指すのかと言えば、それはローロ・ワンの母親であるマギアニクス・ファウストの復讐を叶えるためだ。結果としてそれがローロ・ワンを呪縛から救うのだとアル・ルールは信じている。


「私はアルが何かを仕組んだんじゃないかとも考えていたんだけど」

「こんな見え見えの罠を仕掛けたりはしないよわたし」

「まあ、それもそうね。あなたはローロに対してだけは本気だもの」

「なんか引っかかる言い方だなー……」


 メフトも、自身とマギアニクス・ファウストの間に横たわる因果を理解しているから、『マギアニクス・ファウストのどのように処理したらいいか分からない遺品』とやらがどのような意味を持つか、判りかねる部分があった。


「まあ、気にならないかと言われれば、やっぱり気になるでしょうね」

「だよねだよね。じゃあさ魔王さま、こっそりさ……」

「──おーいローロー? いるかいー」


 と。森から声を上げつつ近寄ってくる人物が一人。長身で、真っ直ぐ伸びる背筋で、金髪に青い瞳、メイド服──ティアレスだ。


「なんだお前たち。ローロにちょっと道具を借りにきたんだが、こんなところで二人して何を話してるんだ」


 女が不思議そうにメフトとアルを見つめている。同じ方角からやって来たローロとはすれ違わなかったらしい。もしくはローロが【迷彩】などの視覚情報を遮断する魔法を展開していたかだ。


「なにって」

「それは勿論……」


 二人は顔を見合わせ、その黒と緑の視線を重ね合わせて意志確認を行う。

 ──そして、よし、と頷き合った。


「ねえね先輩先輩、旅行とか興味ない?」

「旅行? どうしたんだ急に」

「そうよティアレス。行きましょう、旅行」

「お前まで突然どうした。痴呆か?」

「は?」

「あ?」

「あーもー喧嘩しないでよ! 今はもっと大事なことあるでしょー!」


 一瞬で凄まじい形相になった女二人の間にアルが割り入って、んもう! と大きなため息を吐く。

 一体何が何だかまったく分かっていないティアレスの為にも、その場で最も年長の彼女が腰に手を当てて宣言した。


「するよ! 尾行!!!!」

「……えっ、旅行じゃなくて?」










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