【不死 VS不死】 Act.4


 宿に戻ってご飯やお風呂を済ませて全員寝たので、僕は市場に行った。

 やっぱりいた、頭のおかしい奴。

 露店の台に飛び乗った。

 さすがに人目があるから僕を殺そうとはしない。

「栗を1袋売ってよ」

 わざと話しかけたら、わずかに顔色が変わった。

 まっすぐに睨みつけてきた。

 ドロワーから出した銀貨を放って投げたら、受け取らずに半歩下がってよけた。

「猫に売る栗はねえ」

「お金払ってるじゃないか。タダで寄越せってわけじゃないよ」

「釣りがねえ」

「栗、銅貨5枚でしょ? 銀貨でお釣りがないって意味はわからないけど、銅貨で払うよ」

 銅貨を5枚出したら手を伸ばしたけど、途中で止まった。

「聖なる力は銀だけが持ってるわけじゃないよ。じゃ、栗はもらっていくね。君に天主様の祝福とみ恵みがありますように」

 触れないだろうね、神聖魔法をまとわせたコインなんて。

 確定だ。君は聖なるものに触れられない魔物。

 闇の中でしか生きられないはずなのに日光を恐れない。

 君がノーライフキング。ヴァンパイアの親玉だ。

 宿に戻って、レオの足下で丸まって寝た。

 誰かと一緒に眠るのは久しぶりだよ。

 温かくて気持ちいい。

 ひと眠りして、仲間たちとおしゃべりしたり、外に出て遊んだり。

『マックは何を使うの?』

『俺たちは全部火魔法使いさ。ビリーは風魔法使えるからコンボでファイヤートルネードになる。どこかに延焼しちまったらミーの水魔法で消す。サンは氷魔法でコウモリ化を防ぐ。カイリは魔力移動スキルだ』

『魔力移動!? 僕以外で持ってる魔獣なんて初めて会ったよ』

 聞けば、カイリは僕と逆で自分の魔力を相手に移動するそう。

『けっこうな珍獣さ。バルが家宝を売って俺を買った。金貨400枚』

『高っ! まあ、そうだよね、超稀少種だもん』

『この商売、魔力がなくちゃ話になんねえからな、火魔法必須、その他コンビネーションでうまくやらないと全滅するぜ』

『ルイは魔法多いんだろ?』

『火あるし、コンビで使えるのは風と氷かな。自慢だけど強い』

『町焼くなよな』

『コンボ使わなくてもファイヤーボールを井戸に落とせば大爆発』

『世界を滅ぼしたいのかお前は』

『そういうわけで、俺たちは死ぬ順番が決まってる。お前は除外して、最後まで残るのはカイリ。次がサン、ミー。ビリーだ』

 そう説明してる君が一番最初に死ぬの……? マック。

『俺たちはヴァンパイアを相手にしてるんだ。1匹でも多く潰す。住民を守る。そのためにここにいる。任務遂行が最優先。そのための効率を考えた結果がこれだ』

『ボンドがやられたのは計算外だったけどな……』

『そうしなきゃバルがやられてた。俺が行くのが筋だったんだ……届かなかった……』

『バルとお前が死んだらパーティは撤退だぞ、レオさんとバルは絶対に死なせられん』

 あのふたりがパーティの中核なのか。

 バルさんは一見それほどの腕っ節には見えないけど、戦闘魔術師だから魔法が強いんだろうな。

 お昼過ぎに人間が起きて、中庭で剣を振って体を起こしたり、仕度をしたり。

 パーティ専門の宿だから、他にも冒険者や戦闘魔術師がいる。

 昼夜逆転生活だから、普通の宿だと無理なんだ。

 普通の人なら午後のティータイムって時間、食堂にみんな集まって朝ご飯。

 僕らもバディの足下で。

 ……しまった、僕はいつの間にかグルメになっていたらしい。

 普通の猫用のご飯が美味しくない。

 渋々食べてたら上から手が生えてきて、お肉をひと切れお皿に置いた。

 やったね、ありがとうレオ!

 ……って、みんながこっちをじーっと見てるから、レザークローで切り分けた。

『ひと口ずつだからね』

 みんないっせいに僕のお皿に前足突っ込んで、あっ、僕の分がない!

『こらっ、僕の分!』

 やられた。弱肉強食だ。

「レオさん、せっかく分けてやった肉、こいつ食いっぱぐれてるよ」

「え?」

「頭数で切り分けたら自分の分も食われた」

「ほう、さすが、よく切れるレザークローだな」

 論点そこじゃないぞレオ。

 渋々ご飯食べて、中庭に出て、ローズラットを一塊あぶり焼きにした。

 これで気持ちを仕切り直すぞ。

 食べやすく切り分けて、いただk——。

 みんなが突撃してきて、あっという間に全部持っていった。

『うま! 何これ、めっちゃうま!』

『この匂いたまらん。この味、サッパリしつつも奥深い』

『これ何? な、これ何の肉!?』

『他にも美味いもん持ってんの!? 魔術師みたいにバッグあるん?』

『美味い、これは美味い、バルにも食わせてやりたい』

 君たちは…………。

『今食べてる肉、肉屋で買うと金貨2枚分くらいだからね』

『うわー! そんなぜいたくな肉がタダなんてすげえー!』

 おい。

 本当に〝今〟を生きてるな、君たちは。

 でも後のことを少し考えてもいいと思う。

 全員にバインドかけて、目の前でじっくりティアマトをあぶり焼きにして食べた。

『ごめん、さっき肉2切れ食ったの俺! 謝るからそれ食わせて!』

『俺もごめん、謝るからそれ分けて』

『すっげえいい匂いなんだけど! 匂いだけってイジメだぞ!』

『お願い俺にも頂戴ー!』

『というか、この謎魔法は何だ』

『フレイヤ様から授かった拘束魔法だよ。動けなくなるから何だってやり放題さ。ヒゲを引っ張ったり肉球の間をいじったり、かかとをくすぐったり、しっぽをつかんだり』

『やめてくれー!!』

 ティアマトを堪能して、残りを5つに切り分けて、バインドを解いた。

 突っ込んで来て、一心不乱に食べてる。

 食欲旺盛というか食い意地が汚いというか……戦闘魔獣だからいいか。

 全員満足したようで、そろって顔を洗ってる。

『しかし、なんつう美味さだ。世の中にはこんな肉があるのか』

『今食べたのは値段つかないお肉だからね』

『何で』

『500年とか600年とかに1度しか出ないから』

『10年あまりしか寿命がない猫には認識できない数字だな』

 だよね、普通の猫は。

「何だこんなところにいたのか。もう仲良くなったんだな、うん、よかった」

 たかられてました。新入りイジメです。

 他者に優しくすると自分にもいいことがあるってマリスに教わったのに。

 そんなこんなでお仕事の時間です。

 他のパーティはみんな先に行ったみたい。

「よし、出かけるぞみんな」

 レオの号令でみんな一歩踏み出した。

『7日目だぜ。今日が命日になるかもよ』

 茶トラのビリーがちょっとだけクールに呟いた。

『ティアマト食べられなくなるね』

『前言撤回だ、死ぬ気で生き延びろ、俺たちのティアマトのために!』

『ティアマトのために!』

 君らのじゃない。

 この時間、まだ家々には灯りがともってる。

 晩ご飯の時間だからね。

 家族そろって美味しいご飯を食べて、お茶を飲んで——そんな人たちを守るのが僕らの務め。

 まるでヴァンパイアの気配を感じない、不気味な夜。

 ずっと探ってるけど全然。

「まったく気配ねえな……出るか、キング」

「ご出座頂かなくちゃ困るぜ。こっちからは訪ねていけねえんだ」

 行けるけど言わない。今は言う時じゃない。

 僕はパーティの実力をまだ知らない。

 もし力不足だったら全滅させてしまう。

「とはいえ、俺の山勘外れまくってるからな……自信なくすわ」

「相手はノーライフキングです、仕方ありませんよ」

「外れるにせよ、勘に頼るしかない。論理的思考が当てはまる相手じゃない」

「今夜はどこに張る、デニー?」

「——北北西に」

「よし、行こう」

 みんなで周囲を警戒しながら進む。

 下っ端だって油断できない、噛まれたら終わりだ。

 アンデッドの討伐は本当にものすごい緊張感。

 一歩間違えば仲間を殺さなくてはならないから。

 自分のバディすら殺さなくてはならないから。

 仲間とは喧嘩別れもできるけど、バディは違う。

 まして強い絆のバディを殺すなんて、耐えがたい苦痛のはず。

 そういうことを全部覚悟していないとアンデッドの討伐はできない。

『何か感じるか、カイリ?』

『まったくだ、かえって薄気味悪い』

『つか、本来はそれが正常なんだろ』

『少なくとも、ここじゃ異常事態さ』

『ルイは? どうよ?』

『まったくだね。確かに薄気味悪い』

『お前までそんなこと言うなよー』

『最初に薄気味悪いって言ったのカイリだよ』

 見事に気配がな——くない!!

 一瞬、背中が寒くなった。

 恐怖——あの時の、お腹を裂かれた時の……。

 違う、あれとは違うんだ!

 討伐しないと!

 あの時とは違う。僕はただの無力な子猫じゃない、コールサルトだ!

「西寄り水平約8度!! 大きい!!」

「距離は測れるか、ルイ!?」

「500以上1000未満としか。気配が大きすぎて測りづらいんだ」

「全員2分以内にポイントに着け!」

「待っててくれるかね、2分」

「レオ、僕を先行させて!」

「可能なら足止めを!」

 神足!

 狙ったポイントには向こう三軒両隣からヴァンパイアのご一行様が。

 逃げられた。大きな気配はない。

 コウモリになって逃げたな……。

 小さな猫に迫ってくるヴァンパイアの群れ。

 天主様、彼らをお憐れみください。

 その御名において永遠の安息をお与えください。

 3秒で19人を天主様の御国に。

「キングは!?」

「僅差で逃げられたよ」

「やっぱり、走っても……追いつかんか……」

「でもひとつわかったことがあるよ。やつはどこかから来るんじゃない、突然現れるんだ。予測は不可能だ」

「被害者は?」

「19人。半分くらいは子どもだったから、やつはまだ吸い足りないはず」

「出没した日の平均の被害者は40人くらいだ」

「僕らが勘づいたのがバレたから、たぶん遠くに行くね。僕らの行動半径には出ない」

「今晩はここまでか、っ……!」

 ヴァンパイアを倒した場所に、いくつか落ちてた小さな血晶を拾った。

 ほんとにもうコウモリ滅してくださいって天主様にお願いしたいよ。

 いや、無為な殺戮はよくない、コウモリに罪はない。

 コウモリになって逃げるヴァンパイアが悪いだけなんだ。

 ——コウモリ……見てない。

 あれ? 僕は神足で駆けつけたのに、コウモリ見てない……!

 被害者に気を取られて見逃した?

 僕はそこまでドジじゃないぞ。

「レオ、僕、コウモリ見てない」

「えっ?!」

「コウモリ見てないってどういうことだ? じゃあキングはどこに?」

「移動手段がわからない」

「コウモリにならずにどうやって突然現れるんだ?」

「……モグラみたく地面掘って?」

「よほど深くなければバディたちが気配を拾う」

「液体や霧になって地下を這っても同じだよな」

「地下には感じなかったよ」

「ルイは水平と言ったからな、下方じゃなかった」

「まさか転移魔法?」

「よせよ、マジで手に負えねえよ」

 この日も明け方まで町を歩いたけど、倒したのは下っ端1匹だけだった。

 見覚えがある装備。同じ宿の冒険者だった。

 たぶんパーティは全滅してる。

 仲間で殺し合って、最後に残ったヴァンパイア。

 明日は我が身、だ……。

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