【現人神の国】 其の五


 タタミを敷き詰めた広い部屋、真正面に一段高い席、僕の左右に縦に並んだクッション4枚ずつ。

 ゾロゾロ入って来たのはカタナや槍を携えた男たち。

 他の人たちとは服が少し違う。

 上はキモノっぽいけど、角張ったベストをつけてて、下は縦縞のスカートみたいなズボンみたいな。

 それぞれ定位置があるらしくて、話し合いもなく座った。

 ウエサマのおなりー、とか言って、さっきのお漏らし男がでてきた。

 ゴテゴテのキンピカのキモノ。

 悪趣味にもほどがある。

 王様なんでしょ?

 僕がティアマト英雄章をもらった時の王様は、シンプルで上品な方だった。

 上がこれじゃ下も腐るか。

「上様、その御髪はいかがなさいました!?」

 手で、しっしっと払いのける感じ。

 猫に切られたなんて言いたくない。

「皆の者、よく聞くがよい。何とこの物の怪は人の言葉を話すのだ」

 当然ざわめく人々。

「何でみんな武器を持ってるの? 僕はバカバカしい戦争をやめようって話をしに来ただけで、喧嘩する気なんて毛頭ないんだ」

 しゃべった! って、ひとしきりザワザワ。

「この猫め、畜生の分際で余に向かって神ではないと言い放った」

「たった今、首を刎ねましょうぞ!」

「だから、斬れないんだってば。僕には女神様のご加護と寵愛があるから。君たちがどれほど立派な武器を持っていても僕を殺すどころか傷さえつけられない」

「女神だと?」

「そうだよ。フレイヤ様っていうとてもお美しい女神様だ」

「……ふれいや? 何だそれは。物の怪の女王か?」

「その台詞はさすがにまずい。取り消して」

「ふふん、どうせロクな者ではあるまい。物の怪ごときに神通力を与えるなど、まっとうな神の行状ではないわ」

 ——僕の背後がぼんやり光ってる気がする……。

 並んでた男たちの腰が砕けた。

 お漏らし男も後ろに下がろうとしている。

 フレイヤ様、いらしてしまった。

「わらわは大宜都比売、ヤマトの豊穣を司る女神」

 あれ?

 雰囲気もお声もフレイヤ様なのに、お名前が違う。

 オオゲツヒメって言った。

 完全に部屋の空気が固まった。

 まるで呼吸まで止まったみたい。

「もの、の……物の怪の妖術じゃ!!」

「無礼は慎みゃ。この猫はわらわが眷族、そなた、先程わらわの愛しき猫を斬り捨てようとしおったの」許さぬ。断じて許さぬ。来たる年、この国にありとあらゆる実りを与えぬ」

 固まってた空気が一気に冷たく凍りついた。

 オオゲツヒメ様がゆったりした袖の中から何か取り出した。

 麦補かな?

 ちょっと違う、ツルッとした形で、麦より重そうに垂れてる。

「見やれ、これなる稲穂を」

 視線が集まる中、女神様がお持ちだった穂がみるみる痩せて、ポロポロと崩れて消えた。

「凶作じゃ。心して受けよ」

 そ、それはちょっとハードだと思うぞ……。

 振り向いてお顔を見上げた。

 お召し物と髪の色は違うけど、やっぱりフレイヤ様だ。

 僕をご覧になって微笑まれた。

「わらわが眷族や、ここへ来りゃれ」

 ポンと飛び上がって、フレイヤ様に抱っこしてもらった。

 嬉しい、こんなところでお目にかかれるなんて。

 でも。

「オオゲツヒメ様、凶作は国民が可哀想だと思います」

「そなたであれば、いかにしやる?」

「悪い奴を牢屋に放り込めば国は穏やかになると思います。僕は戦争をやめさせたかっただけです。でも話が通じないので、これが手っ取り早いと思います。

 暗いから、紙の窓に閃光が映る。

 低く鳴る雷雲。稲光。

 ランダムに宙を切り裂く光と力。

「しかと見やれ、これがわらわが眷族の力ぞ。抗うてもそなたらの力など及ばぬ」

 槍を1本、2本、3本……人がいない場所を探って、城の敷地にだけ次々落とした。

 ランスでは大きいから、スピア。

 音と振動と光、僕ら以外はみんな頭を抱えて伏せてる。

「君が本当に神様なら僕の雷を止めなよ。被害者が出る前に」

 アラヒトガミとかの威信がなくなるまで落とす。

 この城の中に神はいないと、みんながわかってくれるように。

「ねえ君」

 僕の真正面で亀みたいにうずくまってる君だ。

「戦争、やめてくれるよね? 続けるっていうなら、不本意だけどお城にも雷を落とすよ? 人殺しはしたくないから、そこは避けたいところだけど」

 うずくまったまんま黙ってる。

「島ひとつとお城を引き換えにするの? ——それとも、やらないと思ってるの?」

 オオゲツヒメ様の腕から飛び降りて、お漏らし男の前に座った。

「僕はやりたくないっていうだけで、できないわけじゃないんだけど?」

 ただ震えてるだけ。

「君がお城ごと燃えたいなら止めないけど、他の人を逃がさなくちゃならないからね。ここでじっとしてて」

 拘束魔法をかけた。

 動けなくなって焦ったらしい。

「放せ、余を放せ! 無礼者、痴れ者めが!」

「あーはいはい。……っていうわけだから、君たちは逃げて。別に残ってもいいよ、止めないし。逃げる人はお城の中にいる人たちを逃がしてあげて。2時間だけ雷を止めるから、その間に」

「上……上様をお連れせねば!」

「この人はお城と心中したいみたいだし、神様なら自力で逃げられるでしょ」

 集まってた人たちは黙り込んで……ひとりが言った。

「誰も……誰も心の底から現人神などと信じてはおらぬわ! 猫よ、どうか上様をお助けくだされ!」

「君ら、けっこう残虐でえげつないことばかりしてきたのに、自分の王様は助けてくれなんて都合よくない?」

「わかっておる! しかし、しかしそれでも我らが主君なのだ!」

「そうだ、代わりに我々全員腹を切る! 上様の御為ならば悔いなし!」

 腹を切る——うわあ、世界で一番残酷な刑罰って聞いたことが。

 え? ほんとにお腹切って集団自殺するの?

 嫌だよ、そんな地獄絵図見たくないっ!

 ……落ち着こう、僕は今交渉中なんだ。

「お腹切るのはやめて。死人なんて出したくない。代わりに条件があります」

「エダ島との戦、即行終わりとする!」

「1か月後に外交使節を送るので、恒久的な独立協定結んで。それと戦争犯罪人の処罰だね。僕としては、ウエサマ一族は全員幽閉したい。実権からは完全に引き剥がしてもらわないと、また同じことやるから」

 だって他のやり方知らない人たちなんだから。同じことしかできないよ。

「幽閉…………」

「エダ島の暫定政府の方が、きっと僕より優しいから、その辺りは人間同士で話し合って。——約束を反故にしたら、今度こそ魔物としてウエサマの首、刎ねるから。僕は人殺しをしない正しい魔獣だけど——魔物は無数に殺してきたからね」

 重石をかけて、一筆書かせることにした。

 なにが書いてあるかわからないけど、人間同士なら通じるはず。

 侵略されたとはいえ同じ国だから通じるさ。

 フレイヤ様がお帰りになる感じだったから、失礼かもと思ったけど飛びついちゃった。

 とってもお優しい微笑み。

「あなたなら、わたくしの罰を止めるでしょうと信じていたわ」

 そうか、あいつらに恩を売るための作戦だったんだ。

「ありがとうございます。おかげで1段優位に立てます」

「わたくしの眷族、愛しい子。あなたはとても聡明。あなたの行いがいつも正しいから父神もたいへんお喜びだわ。いつもあなたを祝福しています」

「天主様とフレイヤ様に心から敬意と感謝を捧げます」

「それでは、また会いましょう」

 フレイヤ様——オオゲツヒメ様はお帰りになって、僕は書き付けをもらってお城を出た。

 建物は無傷だけど敷地はボコボコ。

 ちょっとやり過ぎたな。大雨が降ったらどこか崩れるかも。

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