【現人神の国】 其の四


 のんびり半月。

 ムタはデスクワークに一区切り付けて、予定通りに次の作戦。

 補給船だって。

「上陸して戦っている者たちがいる。物資に濃困窮しているだろうから、早く届けてやらねば」

「帰りはケガ人を連れて行くんだよね」

「船を空っぽで動かすなど、バカの極みだ」

 乗組員は前回とおんなじ。

 みんな僕を神様の遣いって呼んで可愛がってくれる。

「どうやって物資を渡すの?」

「待ち合わせの場所に小舟で運ぶ」

「そんな面倒なこと、しなくていいよ。僕が荷下ろしとケガ人回収をするから」

 物資の下に反重力のお座布団。

「これだと数人で泳いで押せるから。同時並行でケガ人を収容しよ」

「お前、そんなことができるのか」

「水と土を弄るの以外はたいがいできるよ。暑くなったら氷も出せるし、種火がなければ出せるし、風を起こせば竜巻になるし、真上から重みをかければ船も沈むし——できればそこまではやりたくないんだよね。魔物相手じゃないからさ」

 あと1日だなって日の明け方、敵の船に見つかってしまった。

 攻撃してこない。

 物資を奪うのが目的なのかな。

 反撃しないと少ない物資を盗られてしまう。

 ものすごく渋々、いかにも仕方ないって顔で、ムタが攻撃命令を出そうとしたけど。

 黒い筒を覗いていた部下が、悲鳴みたいな声を出した。

「攻撃、中止を願います!」

「どうした」

「同胞が船から吊り下げられております!!」

 とんとん、って飛んで行って、船の正面を見た。

 ドライフラワー作るみたいに逆さ吊り。

 人質かつ拷問。波が被るから苦しいだろうな。

「ほんとだ、ムタ。弾が当たるたびに捕虜が死ぬよ。綱を切ってもそのまま溺れて死ぬし、素晴らしく卑怯で、下品で、君のような人には最高に効果的な作戦だ」

「——」

 人の命は等価じゃない……多くの弱者の命のために強い戦士の命ひとつ。

 マリス、君もそうだったね、

 現況、こっちの方がたぶん数が多い。物資も積んでる。

 気持ちはわかるけど、降伏はダメだ。

「——攻撃せよ!」

 了解。

 君が冷静でよかった。

「誰か僕を甲板に出して」

 出してもらって、さて、本格的に攻撃が始まる前に片づけよう。

 転移魔法、飛んで、爪で縄を切って人質を回収。

 全員取り戻した。

 さあ、おしおきタイムだ。

 やっぱりこれがいい。でもその前に。

 船の近くに、普通の雷魔法を3発落とした。

 衝撃で波が荒れて、船はひっくり返りそうなほど揺れてる。

 頃合いを見計らってサンダーランス。

 とっても気分が悪かったので、2本。

 終わり。

 甲板で捕虜さんの手足を縛ってるロープを切ってたら、ヤマサキが飛んで来た」

「ちょうどいいところに来た。この人たち運んであげて。ガリガリにやつれてて自分じゃ歩けないよ」

 何人かバタバタ来たから、あとはおまかせで行こうとしたら、手が伸びてきてヤマサキが頭をなでてくれた。

「あとで煮干しをやるからな。特別報償だ」

「大好物なんだ。ありがとう」

 船の中に入って、ムタの足下で少し休んだ。

 人間の汚いところ、敵は恥ずかしげもなく披露してくる。

 人間が好きな僕に、嫌な思いをさせる。

 とても不愉快だ。

 病院船を襲ったり、衰弱しきった人間を盾にしたり、頭がおかしいんじゃないか?

 正常な人間はそんなこと考えないだろうに。

 やっぱり行こう。

 人間同士の戦争に首なんか突っ込みたくなかったけど、さすがにちょっと、このまま放置じゃ自己承認が減る。

 起き上がって伸びをして、いつの間にかいなくなってたムタが戻って来た。

「期待はしていなかったが、畜生にも劣る。飯を食わせず死なぬ低度の水と塩しか捕虜に与えていなかった」

 ムタ、地味に激怒してる。

「逆説的に考えると、彼らは盾にされたことで助かった。つまり、あんな捕虜が呆れるほど大勢いるってことでしょ」

「何故天誅が下らん? まことこの国に神はおわさぬのか!」

「ちょっと行ってくるよ」

「……?」

「今はまだ冷静だからね。これ以上ひどいもの見たら冷静じゃなくなっちゃう。魔術師や魔獣は常に冷静で勇敢でいなくちゃいけないから、僕の精神衛生のために、アラヒトガミっていうのを殴ってくる。どの方角にいるの?」

「な……何だと、乗り込む気か!?」

「これ以上冷静に防御に徹するのは無理だね。向き合えば向き合うほど人間に対して嫌な気持ちが出てくる」

「しかしお前……」

「子猫が出入りする隙間くらいあるでしょ。入ってしまえばこっちのもの」

「——」

「久しぶりに守りたいものができたんだ。力は出し惜しまないよ……神様の代わりに僕が絞めてくる、その外道。……けものに外道呼ばわりされるようじゃ人として終わってるね」

 今回わかったこと。

 卑怯な魔物はめったにいない。極端に知能が高ければ策も使う奴はいるけど、卑怯ってことはないね。

 人間には卑怯な奴がいることがある。

 だけどそれはそれほど大きくない単位の話で、国家規模で平然と恥をさらしてるなんて愕然たる事実だよ。

 地図を見せてもらった。普通に歩いて半月って言うから、神足なら3日くらいだ。

 ちょっと体力使うけど。

「何か必要なものはあるか? 飯は現地調達か?」

「僕は愛らしい子猫だからね。人がいるところで食べ物に困ったことはないよ」

「山道もある、非常食を持って行くか?」

「じゃあ煮干しを少し頂戴、おやつにする。ご飯はトカゲでも捕るよ」

 煮干しだけもらって、僕はアラヒトガミのお城に向かった。

 3日で着いたけど、何だかものすごくちょろい。

 城壁の下の部分は石組みだけど、その上は塗った壁じゃないかな?

 門は2か所。

 大きな堀があって橋が架かってて門があって、門番。

 お城だけあってさすがに立派な門だけど、正面突破なんてしない。

 お城本体はけっこう大きなものだけど、僕の目には頑丈そうには見えないな。

 仕入れの台車みたいなのに飛び乗って、こっそり隠れてお城の中。

 中に入ったら、どこに何があるかわからないくらい広い。

 ちょっと茫然自失。

 これはしばらく潜伏しよう。

 派手なキモノの女の人たちにお愛想振りまいて、膝に乗って聞き込み。

 僕は幸運の黒猫で目が青いから、みんな興味を持ってくれる。

 どうやら〝ウエサマ〟っていうのがアラヒトガミらしい。

 建物の構造は普通の家と大差ない。カワラっていう焼き物を敷いた屋根、骨格は木、壁は土を練って塗ったもの、木の廊下、部屋の床はタタミ。

 何だか〝ウエサマのお渡り〟とかいって、いそいそしてる部屋があって、飛び込んで隅っこに隠れた。

 暗くなったらお供におばさんを連れて、男がひとりやってきた。

 ここには女性しかいないから、屈強な護衛はいらないんだな。

 薄暗い部屋、燭台は大きめの蝋燭2本。

 ウエサマが奥の部屋に入ったから、足下をすり抜けて中に入った。

 あら、これからお楽しみだったんだね。

 無粋でごめん。

 でも非道じゃないからご容赦。

「ねえ、君」

 薄暗いところで声だけがしたから、一瞬空気が固まって、女性の悲鳴と狼狽した男の声。

 戸の向こうにいた女性が飛び込んで来た。

 刀身が反った槍みたいな武器を持った女性が駆けつけて来たり。

 訓練されてるな……そこそこは。

 形は整ってるけど、たぶん、強いのはひとり。

「何だ、この面妖なけだものは! 目が青いではないか! 何をしている、早う殺さぬか!」

 強そうな女性が僕を刺そうとしたから、爪で柄を切った。

 他の子が刺してきたけど、僕には万能結界があるから。

「刀を持て! この怪、余が斬り捨てる!」

 あーはいはいいくらでもどうぞ。

 卑怯者の親玉にやられるほど粗忽者じゃない。

 ウエサマは受け取ったカタナで何度も僕に斬りつけたけど。

 無駄。無意味。

「疲れたでしょ、まあ座ってひと休みしなよ。君に話があって来たんだ」

「物の怪などと話すことなどない。即刻城を発ちませい」

「そうはいかないよ、人の命がかかってるんだから」

「命?! 何者の命だ?」

「エダ島の人たち」

 30才なかば過ぎくらいかなと思うけど額が禿げ上がって髷を結ってるから、もう少し若いのかも……が、キョトンとして、バカみたいに笑い始めた。

「愚か者どもめが、勝てぬからと物の怪の手を借りたか。それで合点がいった。奴らの滑稽な装備などで、余の船が捕獲されることなどないと思っておった。そうか、お前が下手人であったか。そして調子に乗って余が元までまいったか、痴れ者が!」

 って言い終わる前に髷を刎ねたら、バサバサの髪が肩に落ちかかった。

 うっわ、ベタベタしてる! 汚いなー!

「今は髪だけど、次は首。別に腕でもいい。やめた、脚にする」

 さすがに少し状況を理解し始めたらしい。周囲もいい具合に硬直してくれてる。

「先日、僕の友人たちが船に逆さ吊りにされて盾にされたんだ。助けたら骨と皮。最小限の塩と水しかもらえてなかったって。君の命令なの?」

 後ろから震える声で女の人が叫んだ。

「畏れ多くも上様に君などと、この無礼者っ!」

「だって別に部下じゃないし、僕はいつも誰とでも対等。下に見られない代わり、相手を下に見ない。その程度の礼儀は弁えてるんだ。……話を戻そう。捕虜を死ぬ寸前にしておいて盾に使うとか、そういうのは君の命令なの?」

「命令? 余がいちいちそのようなことを? 馬鹿げておる。余は反逆者はそれそのように処遇せよとしか命じておらぬ」

「そっか、君の命令だったんだね。もう面倒くさいから戦争やめない?」

 笑ってたかと思ったら今度は怒りだした。

「物の怪の分際で余に指図するか!! あの島の者どもは賊軍どもと共に根絶やしじゃ! 余に従えぬ者などこの世には不要、現人神が申すのだ、頭を垂れて従うが道理、それを反乱軍などと申して余に抗おうとする。憐れで滑稽な者どもよ」

「君、神様じゃないし」

 また空気が固まった。今度は少し長い。

「余っ……余は現人神ぞ!! この無礼者、無礼打ちじゃ!!」

「斬れなかったじゃん」

「上様、警備の者を」

「ならんっ!! ここは大奥、余以外の男が踏み入ること断じてまかりならぬ!」

「ここは女の人の匂いが充満してるから、別の場所で話そう。ただし喧嘩を仕掛けるのはやめてほしい。こうなるから」

 部屋の右上の角から左下の角まで。レザークローでバッサリ斬った。

「話し合い決裂ならお城壊すからね」

 ……いい大人がおしっこ漏らさないでよ。

 お漏らしする神様なんか絶対いない。

 君は偽物だ。

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