【現人神の国】 其の三


 以前いた国——今はレーモント王国か、

 あそことはまったく雰囲気が違う世界。

 木でできた家。規則的に並んだ小窓、ガラスじゃなく紙が貼られてるみたい。

 一番外側は横に引く木の扉。

 冬が来たら寒いんじゃないかな?

 もしかして猫を暖房器具だと思ってるとか?

 外を猫がたくさん歩いてる。

 ムタの家は当主が立派だから家族もちゃんとしてる。

 成人した時のロランくらいの子、その下に3人。みんな優しい。

 奥さんもきちっとしてて、でも優しい。

「黒猫なんて珍しい猫、どちらで拾っていらしたの?」

「傷痍兵を乗せる時に紛れ込んだようでな。誰かに飼われていたのか懐いてきたから連れてきた」

「目が青いなんて、海の女神の落とし子のよう。運んでいた兵士は全員元気で。襲撃してきた敵船を捕獲までしていらしたなんて、すでに市中で噂になっておりますわ。黒猫は神様の遣いだと申しますから、ご加護を授かったのでしょうか」

 そうかもしれんな、って、ムタは人差し指でヒゲをなでた。

 へー、ここでは黒猫は神様のお遣いなのか。

 近所で親しくなった子たちもいる。

 一番仲がいいのは三毛猫のハナ。

 どこが三毛猫なのか、最初わからなかった。お腹は白いし背中は茶色、足も茶色、しっぽは白……と思ったら、しっぽの先に少しだけ黒い毛が混ざってた。

 どうやら飼い主は気づいてないみたいだけど、この子、けっこうな稀少個体。

 男の子なんだ。

 アーサーが言ってた、三毛猫の男の子はヴァルターシュタインブルーくらい珍しくて魔力も強いって。

 自分でも知らなかったから、やっぱり魔物がいない世界の動物は平穏らしい。

『で、何、その魔物っての、怖いん?』

『怖い。何たって屈強な兵士が50人以上固まったような化け物とかいるから』

『やべー! 俺ここで生まれてよかったわー!!」

 白黒猫のタマもやってきた。

『何、何がやべえんだって?」

『こいつ、兵士50人以上固まったけものと戦ってたんだって!』

『え? 隣国の話か? うちの旦那、海軍士官学校の校長だからさ。前に話してるの聞いたぞ。あっちの、えっと、何だっけ』

『今はレーモント王国』

『そう、もし攻め込むなら何万人も送らないと全滅するって。クッソ強ぇし、何かバケモノがうじゃうじゃいるんだってよ』

『その化け物を倒すのが僕の仕事だったんだ』

『えぇ……子猫じゃん』

『子猫だけど強いんだ』

『お前そんなに強ぇの?』

『僕、前足振るだけであの家壊せるよ』

『まじか』

『実践はやめとく。住人が可哀想だから』

『それが皇帝が隣に攻め込まない理由だったんだな』

『攻め込みたかったのかな?』

『そりゃ、領土や下僕はいくらいてもいいもんな』

『鉄鋼の鉱脈とか、いろいろあるらしいし』

 うーん……とりあえず港で装備や何かを見た範囲では、攻め込まなくてよかったかなと思う。

『自慢するけど、僕、あの港、5分で無効化できるよ』

『まじか』

『やってみせてもいいけどムタが困るからやらない』

『まじにしろフカシにしろ、怖いからやめてくれ』

 そんな感じで親睦を深めて、ムタの家でご飯もらって、食べる。

 そのままだと体がなまってるから、とにかく走り回る。

 真っ平らな道、整頓された区画。

 そりゃもう全力で走るよ。体動かすの楽しい! 

 で、家に帰るとムタと子どもたちが待ち構えてて洗われる。

 体を布で拭かれて、ムタが僕の前足を取った。

「爪が伸びっぱなしだな」

「切らないで、これ武器だから」

「武器だと?」

「前足を挙げて振り下ろすと、相手がサックリ切れる。この家切ってみる?」

「いや、やめてくれ。これは官舎だ」

「官舎って?」

「軍から貸与されている家だ」

「だったら爪切らないで」

 で、干した小魚をお皿に入れて出してくれる。

 これは美味しい。噛みごたえがあって、魚の味がすごく強くて。

 おろしチーズの皮も好きだけど、このニボシっていうのも美味しい。

 猫仲間もみんな大好物。

 国が違うと食べ物も違うんだなーって。

「うまそうに食うな」

 ムタは晩酌。

 タタミって草を編んだ敷物の上にクッションを置いて座る。

「これ美味しいよ。大好きだ」

「島だから周辺すべてが海だ。魚には困らん」

「……でも、それって籠城と同じことだよね?」

「……」

「包囲されたら逃げ道がない」

「——賢い猫だ、お前は」

「でも、これまで包囲戦はされてない」

「ああ」

「限界まで疲弊するのを待ってる。人も物資も。上陸戦はその方が楽」

「そうだ。殲滅したいのだろう。でなくては他の属国に示しがつかん」

「6年、長いよね。そろそろかな」

「かもしれんな」

 そう言って、ムタは小さな器でお酒を飲む。

「どうするの、包囲されたら」

「それは上層部が決めること。私は拝命するのみ」

「冒険者は自分で仕事選べるけど、ムタは違うもんね」

「承知の上の軍人だ」

 泰然としてる。僕がいままでバディをしてきた魔術師たちを思い出すなあ。

 ドンと構えて落ち着いてる。

 浮ついた感じがない。

 僕はこういう人が好きだ。

 力になりたくなる。

「もともと、エダ島は独立した島だったそうだ」

「攻め込まれて負けたの?」

「うむ、小競り合いは歴史上何度もあったが、結果的に屈したことになる」

「うん。離島にしては遠いもんね」

「船で4日かかる」

「侵略かぁ……バ——レーモント王国ではそういう経験ないからね」

「魔物とやらも兵士も強いというからな、手を出しかねたのだろう」

「よかったよ、人殺しせずに済んで」

「お前、一個師団以上の力がありそうだからな」

「まぁ、いざやることになったら、魔法1回で1000人くらいは殺せるね、束になってかかってきたら」

「……なあ、ルイ」

「うん?」

「お前の守護神は、どんな方だ?」

「とってもお美しい豊穣の女神様だよ。猫の守護神でもあるんだ。僕は大いなるご加護と寵愛を賜ってるんだ」

「豊穣の女神、か……慈悲深い神なのであろう」

「誠実な人にはお優しいよ。不実な奴には神罰」

「神罰、か……」

 呟いて、小さな器でお酒を飲む。

 ムタは何を考えたんだろう。

 アラヒトガミとかへの神罰?

 よほどのことがないと、そこまではいかない……と思う。

 フレイヤ様は戦関係の神様じゃないからね。

「それより上陸されたら終わりだ、何か策はある?」

「あれば苦労はせん」

 ああ、疲れてるな、ムタ。

 そりゃそうだ、報告書を上げなきゃならないんだけど、何をどう書いたらいいのか困り果ててる。

 嘘は書けないし、本当のこと書いたら叱られるし、それならいいけど間に受けて戦力に組み込まれるのが一番困る。

 でも結局、書かなきゃならないんだよね。

 傷痍兵が、亡くなっちゃった人を除いて全員健康そのもので帰還したから。

 絶対嘘でしょこれ。背後に何かいるって。

 敵の船を最小限の攻撃で捕まえたけど、壊れ方は船の装備にはない損傷。

 球は軌道を描いて当たるもの。真上から垂直には落ちないし、傷跡は小さい。

 報告書を持ったヤマサキを連れて歩くムタについてった。

 結局、こうならざるを得ない。

 自分がやったことだから、ムタに迷惑がかからないように。

 偉い人の部屋に入って、机の前に立って一礼。

 ヤマサキが報告書を渡して、読み始めた上官はぽかんとした。

 にわかには信じがたいので、みんなそういう顔をする。

 そして笑うんだけど……今回は200人以上の命が関わってて、すっかり治って帰って来て、敵の船をお土産に持ち帰ったから、信じないわけにはいかない。

「それで、ムタ大佐、これがその黒猫か」

「は。相違ございません」

「そ、そうか……。ならば司令部で預かりとする。いろいろ調べねばなら——」

 僕はムタの軍服の背中側を駆け上がって、肩に前足を置いて偉い人を見た。

 頭半分ハゲてる。でも顎ヒゲは伸ばしてる。

 その分が頭に行けばいいのにね。

「申し上げます……抵抗している模様です」

「人の言葉を解するのだと? やはりこれは軍部で預——」

 ちょっぴり威嚇して、ほんの少しだけファイヤーブレスを出した。

 偉い人が椅子を引いて逃げ腰、耳元を熱が走ったからムタもたじろいだ。

「火、火を吹いたぞ、猫が!」

「——申し訳ございません、閣下。この猫は参じたくないようであります。何しろサガミ級の船を一瞬で仕留める猫でありますから、あまり刺激をするのも……」

「……わかった、大佐、貴官に預ける。くれぐれも大切にな」

 こりゃ組み込まれたな。少なくとも向こう側はそのつもりだ。

 しょうがないけどね、自分がやったことの結果だから。

 でもみんな助けたかったんだもん。

 死にそうな人たちを無視なんてできない。

 もちろん僕は自由な猫だから、知らんぷりして流れていってもいいんだけど……。

 町の人はみんないい人で僕を可愛がってくれる。

 ムタの家族も猫仲間もすぐによそ者の僕を迎え入れてくれた。

 包囲戦でこの島が焼け野原にされる、みんな殺される——そんなのは嫌なんだ。

 たとえ敵でも、できれば誰も殺したくない。

 誰も殺さずに解決なんてできるのかな……。

 僕は人間と戦ったことがないし戦いたくない。

 対・人間の戦術なんて考えたことがないよ。

 何か、いい方法はないかなぁ……。

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