【現人神の国】 其の二
「今日から同居猫だ、よろしく頼む」
そういってムタが案内してくれたのは、さほど広くない部屋。
そうか、病院船だった。
たくさんの人を乗せなくちゃならないから、スペースがコンパクトなんだな。
「それで、お前はどこに刀を持っているんだ?」
「ちょっと待って、今抽斗を開けるから」
壁を3回ノック。
ぼんやりした薄暗い穴に見えるけど、僕のマジックドロワー。
「こっち側に寄せたから、手を入れて」
さすがにちょっと引いた感じだけど、膝を折って両手を入れた。
ん? って顔になった。
取り出したふたつの木箱。
それをムタは机に置いて、カタナを出した。
「凪……」
コイクチを切って、刀身を見てる。
さすが本場の軍人、説明不要。
「900年経って錆ひとつ出ないとは。しかも完璧」
「僕の抽斗に入れておくと劣化しないんだ」
「……見事な刀だ。銘がないが、専門家が見ればわかるだろう」
「手入れは大変だけどね。僕らの国のソードみたいに大雑把な作りじゃない」
「お前が使うのか?」
「こんな愛らしい子猫がカタナなんて振り回すわけないでしょ。昔、僕のバディ……相棒が使ってたんだ。魔術師と魔獣の相棒をバディっていうんだ」
「魔術、うむ、階級が高いほど戦闘力が凄まじいと聞いたことがある。ひと組で兵士数十人力だと」
「100人単位になるバディもいるよ。僕はやる気になったらかなりいく」
ムタは部屋に入る前に比べて、ちょっと優しい目になった。
「お前の足は人命を救うものだ。奪ってはいかん」
「900年生きてるけど、人を殺したことはないよ。あんまりにも悪党過ぎて、こいつ殺そうかなって思った連中はたくさんいたけど、そこは我慢。僕は魔獣、魔物じゃない」
「ヤマトには魔物という生き物がおらんからな、具体的にわからん」
「え? 魔物いないの!?」
「ヤマトは現人神の神通力で守られておる」
「アラヒトガミって何?」
「神が降臨したもうて、人の身でありながら神でもある存在だ」
やばい、ここなんかちょっと違う神様いる?
えー……天主様とそのお子方の神々だよ、世界を支えてるのは。
その神様、偽物だ。
「——といわれてはおるが……私にはそう思えなくてな。それで反乱軍などに身を置いているわけだ」
やっぱりムタはキレる。偽物はわかる。
「ヤマトには神様がいないの?」
「おれば、このような戦など起きまい」
「神様いても戦争起きるよ。戦争の99.8パーセントが人間の都合さ」
「なるほど……そうかもしれんな」
ムタが椅子に座って僕を呼んだから、膝に飛び乗った。
分厚い手で優しくなでてくれる。
歴戦の冒険者と同じような匂いがする。
「何で戦争してるの? ムタも敵もヤマトだよね?
「エダ島はヤマトの領地、属国のようなものだ」
属国かぁ……搾取されたりして大変なんだよね。
僕が過ごした国は侵略したりしない。
されないし。
してもいいけど、生きて帰れると思わないで。
冒険者も魔術師も人間を傷つけたりはしないけど、万一攻め込まれたら国民を守るから。
最初の頃のヴァルターシュタイン家3代、国の軍隊に所属する戦闘魔術師だったんだから。
「神様のいるいないで戦争?」
「そうだな、単純化すればそうなる。この国は建国以来独裁国家でな、皇帝一族が政を握っている」
「やりたい放題じゃん」
「すべての、あらゆる面においてな」
「だから戦争なんだ。でも島対国なんて勝てるの?」
ムタは僕の背中を優しくなでて言う。
「潰せるはずはないし、潰す気もない。だが負けるわけにはいかん。我々はヤマトから独立したい、それだけだ」
単純明快だ。
お前なんかに好き勝手に扱われるのは嫌だから絶縁な、って。
「何年も続いてるの?」
「5年、そろそろ6年か」
「おおぜい戦死したんでしょ?」
「20万人は死んだかもしれん」
1年4万人。
戦争としては極端に大きな数じゃない。
3か月で1万人。1か月3000人ちょっと、平均値。
ただ、人口の規模による。
「人口どれくらい?」
「150万といったところかな」
ちょっと待って。
「死にすぎ。消耗戦レベルじゃないか」
兵士ひとりにかかる衣食住や武器装備の確保。
そのためにどれだけの手とお金がかかるか。
兵士の数より支える手の方が圧倒的に多くなきゃならないのに。
うかうかしてるとバランスが取れなくなるよ。
「だが降伏するわけにはいかんのでな」
「殺されるか奴隷か、行き着くところはそんなものだよね」
「こちらもだが、向こうとて身内を失っていいと心底思う者など滅多におるまい。早く戦を終わらせたいが、このままではな……相手は人口8000万だ」
「一部の特権階級が仕切る独裁国家なんて、外交で何とかなる相手じゃないしね」
「詳しいのだな、お前」
「900年生きてるので」
「さぞ多くのものを見てきたのだろうな、その青い目で」
「まあね。最初に僕がいた家は800年歴史があったけど後継者がいなくて、初代の遺言に従って整理されたよ」
「800年も続いて、親類などが揉めなかったのか?」
「名家だったからみんな誇りが高い。揉めずに、とても見事な幕引きだった」
「羨ましいな、名家が跡を濁さず幕を下ろすとは」
「何事も教育だよ。アラヒトガミは悪い意味で教育されたんじゃないの? 子どもは親の生き方を見て育つんだから、代々傍若無人だとそういう生き方しかできなくなるよ?」
「猫に言われるとは耳が痛い」
ムタは苦笑を漏らした。
「さすが、良家ともなると猫も違う」
「900才くらいだけど、最初の数年で生きる姿勢は学べたと思う。基本だけね。猫でもそれくらいできるんだから、できない人間の方がおかしい」
「まったくだ、お前にはかなわんよ」
ムタは僕を机に載せて、服を着替えた。
「どこに行くの? 夜だよ?」
「これは浴衣、寝間——」
いきなり鈍いドーンっていう音と振動が来て船が揺れて、僕はあわてて机を降りた。
危ないな、まったく!
せっかく久しぶりに寛いでたのに。
ムタ、倒れてない。すごいバランス感覚と下半身の強さ。
たった今着たユカタを脱ぎ捨てて軍服に着替え直した。
何かすごくうるさい音。
でもこれは人為的な音。
呼び出し? 警戒?
敵襲なのか。
でも船には当たってないな、破壊音はしてない。
弾は海に落ちてる。
——ふぅん……病院船、遅うんだ。
昔、討伐の帰りに馬車でシティに向かってたら、なんだか道の端の方に行っちゃって。
窓から外をみたら、みんな端に寄ってて。
進行方向から幌馬車が来た。
すれ違う時、幌に十字に赤い帯が描かれてた。
あれは万国共通、優先的に進行できる印だよって、マリスが教えてくれた。
病人かケガ人かわからないけど、急いで治療するために運んでるんだって。
だから絶対に邪魔や攻撃をしちゃいけないんだって。
ここに停まってくれたら僕が治せたのにって思ったけど、まぁ無理だよね。
だから、相手もわかったはずだよね、この船が病人やケガ人を運ぶ船だって。
ムタが印を掲げない理由はない。
そう……わかっててやるわけね。
僕は今ちょっと機嫌が悪くなった。
「私は艦橋に行く」
「僕は別に用事があるんだけど、どこかに外に出られる扉はない?!」
「甲板にだと?! また海に落ちるぞ!」
「大丈夫。僕、強いから」
ムタが持ち場に行く途中で、扉を開けてくれた。
「何をする気だ」
「おしおきだよ」
ちょっと揺れてる。当たらなかったけど攻撃されたから。
「ムタは持ち場に行」
もちろん、もういない。船長だからね。
大きなカンテラがこっちに向かって掲げられてる。
距離は200メートルくらいかな、ずいぶん近い。
舐めてる。
たいした装備がないのを承知してる。
やっぱり、わかっててやってるな、こっちが病院船だって。
沈めちゃったって「病院船だとわからなかった」って言い張るんだろうし。
そっちがそういうつもりなら、僕が相手をします。
せっかく治した兵士たち、殺されてたまるもんか。
僕を助けてくれた船なんだから、出し惜しみはしない。
上空を閃光が切り裂いて、雷の槍が相手の甲板をまっすぐに貫いた。
サンダーパイク。ランスより大きい雷の槍。
これでいいでしょ、航行不能だと思う。
沈まないと思うけど、万一沈んだから自業自得と諦めて。
救命艇っていうのに乗れたら……たぶんムタが助けるよ。
君たちと違って立派な人だから。
相手の船は炎が少し出たけど、沈むような様子はなかったから、船の中に戻ろうと——戸が開かない!
僕ひとりじゃ開けられない!
濡れるの嫌だよ、助けてムタ!
しばらく戸を叩いてたら開いて、ヤマサキが僕を抱き上げてくれた。
「大丈夫か、まさかお前が何かしたのか?」
どうせもう、しゃべれるのバレてるだろうし。
「雷の槍を落としたんだ。弱者を襲うのは恥ずかしいことだからね」
ヤマサキがかなり動揺したみたい。
それでも頑張って、僕を抱えて歩いてるけど。
で、ドアを開けると艦橋っていう場所らしくて、外に向かってムタが立ってた。
中はけっこう慌ただしい。
「雷で一撃とは、まさに神罰ですな!」
「雷雲も何もない晴天。神罰としか思えません」
「船長、敵船が白旗を掲げている模様です!」
「む……面倒なことになったな、捕虜にするにも物資がないぞ」
「向こうの物資を引き上げて、再分配なさればよろしいのでは?」
「ヤマサキか、貴官の意見を採用しよう。……で、この子は何をしておったのだ?」
「——」
「どうした?」
「雷の槍を落としたと」
「——」
「小官は目撃しておりませんが、ここに来ましたらどうやら敵船に雷が落ちたのは事実のようですので……」
「——落としたのか、お前」
「落とした。病人やケガ人を運ぶ船を襲うのは恥知らずの卑怯者がやることだし、ムタが物資がないって言ってたから交戦は不利だなと思って、1発だけ落としてきた。たぶん沈まないと思うし、戦意さえなくなればいいんだから」
「……また礼を言わねばならん」
「そんなのいらない。僕がここを守りたかっただけ」
いろんな作業が済んで動き出したのは明け方だった。
敵の船の乗員を拘束して、こっちから船を動かす人を送って、そのまま母港まで。
幸い、死人は出なかった。ケガ人が10人足らず。
みんな表情が暗い。捕虜になって不安じゃない人はいないだろうけど。
それに、神罰とか口にする兵士もいて、かなりビビったみたいだ。
よしよし。
最低限の攻撃で効率のいい戦果。
港について、思いっきり伸びをした。
「ねえムタ」
「何だ?」
「僕のあれこれ、この船の乗員以外には漏れないようにして。特に偉い人には。助けてもらった船だから守っただけで、戦争に巻き込まれる気はないんだ」
「お前はそれがいい。その足は人を救うためのものだ」
そしてムタに抱っこされて、100年ぶりくらいに陸に上がった。
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