【その名はビスマルク】凪と波


 マルクの机の端に乗って。

 こういう行儀の悪いことは普段はしないんだけど。

 机を3回ノックでドロワーが開く。

「何をするんだい?」

「卒業間近な君に、プレゼント……っていうのとは違うけど、使用権をあげるよ」

 ドロワーから浮き上がった白木の箱ふたつ。

「取って。長いから自分で出すの大変なんだ」

 マルクはおそるおそる引き上げた。

「これは文字? 見たことがない……記号?」

「隣国、ヤマト帝国の文字だよ。こっちは凪、こっちが波」

 ふたを外すと2振りのカタナ。

「何だい、これ……ソードに似てるけど」

「ソードだよ。ヤマトの職人が造ったんだ」

「細いね」

「カミソリみたいな、すごい切れ味。ただしちょっと扱いが難しい」

「うーん……確かに武器探しには困ってるんだけど。お父さんはショートソードが無難かなって言ってるんだけど。力には限界があるからさ……」

「線が細い君でも取り回しが利く。15才のロランでも使えたからね」

「ロラ……伝説の大魔術師!?」

「デビューした頃はちっちゃかったんだ。今の君より10以上低かった」

「低い方だね」

「ごめん、鯖読んだ。本当は150もなかったんだ。でも本人の名誉のために言っておくけど、22才までに187まで伸びたからね!」

「振れ幅すごいね」

「君もまだ少し伸びるだろうから、180くらいまでいくかな? 手前かな」

 マルク、なかなかのハンサム青年になった。

 女性だけど。

 でもハンサムで優しくて、品のある青年。

 周りにはそう思われてる。

 もちろんみんな女性だって知ってるけど、校長先生の薫陶を受けて立派に育った。

 その結果、市民の大半がマルクのことを認めてる。

 多少の雑音は気にしない。

 天主様がお定めになった性別云々言ってる奴らがいるけど、天主様がお怒りならとっくに罰を受けてるはずだろ?

 天主様は御心が広い。

 初めは性別間違えた犯人呼ばわりされたのに、お許しくださってる。

 たぶんお慈悲まで授けて頂いてる。

 ごらんの通り、お見守りを頂いていい子に育ちました。

「2本か……片方は予備?」

「少し抜いてごらん。水平に持って。抜く時少しだけ力がいるよ」

 僕が言ったとおりにマルクは刀身を抜いた。

 しばらく無言で、小さく呟いた。

「美しい……」

「でしょ? ヤマトでは芸術品として売買されたりするって」

「薄い……それに片刃だ」

「鋼がすごく強靱なんだ。だから薄くても平気。むしろ厚いと斬りにくい」

「刃がものすごく薄い……大きなカミソリだ。硬いものに当ててしまったら刃が傷みそう」

「だからスペアがあるんだ。魔術師はめったにソードなんて抜かないけど、何度か使うと刃が傷むから、職人さんに研いでもらわなくちゃいけない。その間、丸腰っていうわけにはいかないから」

「そうなんだ……大魔術師のソード……」

「普通に出回ってるソードとは基本構造が異なってるから、使い方は教えてあげる」

「使い方?」

「狙いを定めたらグリップの角度を変えずに直線に振って。ブレたら最悪ソードと君の手首が折れるよ。ロランでさえ3回手首折った。相手もじっとしてるわけじゃないから、アクシデントはつきもの」

「——」

「斜めに斬り上げるにしろ袈裟懸けにしろ、とにかく直線。以上。で、討伐の現場以外では僕が預かるよ、ドロワーの中は劣化しないから。でも使った後は手入れして。でないと刃に血と脂で曇りが出るんだってさ。それは使ってから教えてあげるね」

「ぼ、僕が使うのっ!?」

「使用権あげたじゃん」

「いや、でも、だって」

「使いたくない?」

「あっ、その、だけどっ」

「僕を酷使しようというのに、カタナはいらないと?」

「——あ、ありがたくお借りします……」

「基本さえ忘れなければ優れた武器だよ。君なら使いこなせると思う」

「できるかな」

「できないと思ったらこんな至宝出さない。折られるの前提でなんて貸すもんか」

「……絶対折らないように頑張る……」

「本当なら国宝になってた代物だからね」

「そんなにプレッシャーかけないで……」

 マルクは刀身を鞘に収めて木箱にしまった。

 不思議なこともあるんだなあ、まさか今ヴァルターシュタイン家ゆかりの子に出会って、バディになって、カタナを託すなんて。

 フレイヤ様のお導きなのかな。

 半月後、マルクは20才で戦闘魔術師になった。

 バディは僕、得物はカタナ・凪と波。

 周囲の期待通り、すぐに頭角を現して、トントンとランクが上がった。

 得意技は火魔法だ。ちょっと魔力多く必要なんだけど。

 陸上なら魔物に投げつけて、淡く青いファイヤーボール。

 水の中に潜んでる大型の魔物も一撃で倒せるウォーターボム。

 仄青い小さな炎の球を放り込むだけ。

 これだけ高温の炎を使える魔術師は、このシティには今のところマルクしかいない。

 ただ、たまに加減を誤って魔物を木っ端微塵にしちゃって、討伐証明の回収が討伐そのものより大変になることがある。

 まだまだ修行が足りない。

 研鑽は一生だよ、青のマルク。

 でも、今の君は問答無用で、最高にカッコいい。

 君は、今持っている自分のすべてを燃やして生きてる。

 とても輝いてる。

 青く透き通った炎のようだ。

 僕は君のバディであることを心から誇りに思うよ。


 ……そういえば僕も最初にマルクに会った時、加減誤って崖壊したっけ。

 まだまだ未熟だ。研鑽を続けなくちゃ。

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