【その名はビスマルク】 Act.6


 お昼を過ぎた頃、目的地に向かった。

 これを済ませないと気が気じゃない。

 国立で、全国のシティには必ず置いてある。

「ここって」

「魔術学校」

 もちろんフリーパスだよ。

 ここで僕を知らない先生なんかモグリだ。

 でも、話ができるのを知ってるのは校長先生だけ。

 トップシークレット。

 サクサク歩いて中に入って、学生が何人か追いかけてきたのを振り切って廊下を走って。

「何で追いかけられてるんだよ」

「黒猫が稀少種だから触りたいんだ。……あのドア、ノックして!」

 マルクがノックして、返事を待たずに飛び込んでドアを閉めた。

 机に向かってた校長先生が顔を上げた。

「ふむ? 君は何科の何年生だね?」

「あ、えっと……」

 って言って僕に視線を落としたから、校長先生が腰を上げてこっちを見た。

「——これは驚いた。初めまして、コールサルト・ルイ・ヴァルターシュタイン君。私は校長のロザリアだ。よろしく」

 左耳の元に小さな青い石のピアスを着けた黒い子猫。

 わかる人が見れば説明はいらない。

「ロザリア先生。よろしくね」

「そんなに急いで何のご用かな?」

「急いでたのは子どもたちに追いかけられたから。用事はそれほど急いでない……ちょっと急いでる。

「まあ、ソファにかけてくれたまえ。君も……どこの子だね?」

「ア——マルク・ヴァルターシュタイン……です」

 校長先生、ぽかんとした顔で僕を見た。

「君のお子さんかね?」

「なわけない!!」

「だと思うよ」

「本当はアリアなんだけど、事情があってマルクって名乗ってるんだ」

「なるほど。マルク君、君もソファにかけたまえ」

 1匹とふたり、ソファに座った。

「噂通り、美しい黒猫だ。連れて帰りたくなるよ」

「美味しいご飯が食べられるなら、1週間くらいなら。この子も一緒だけど」

「むろん歓迎するよ。ではご用を伺おう」

「この子の身元引受人になってくれないかなって頼みに来たんだ」

 校長先生、ちょっとビックリ。

 マルク、メチャクチャビックリ。

「な、何だよそれっ」

「お行儀。いい子にしてて。大人の話だから」

 とかと子猫が言う。

「どういった事情なのかな?」

「森の中の一軒家に住んでて、お父さんはキラーヘッジホッグに殺された、と思う。たぶん無資格魔術師。で、その仲間だった奴が家に居着いて、マルクに魔物狩ってこいって虐待。獲れないと暴力。お母さんはそいつの言いなり」

「事実ならば大問題だ」

「マルクは少しだけど魔法が使える。それならちゃんと勉強した方がいいけど、お父さんがアレだから魔術学校に入れるかわからないでしょ? でも普通学校には行かせたいんだ」

「む……それはいかん。子どもに学びの場を与えるのは親の義務だ」

 口調、強い。

 学校の先生だからね、そりゃ怒る。

「というわけで、君にお願いに来たんだ。マルクをちゃんと普通学校に入れて、何とか魔術学校に進めないか知恵がほしいんだ。魔法はまだヘナチョコだけど筋はいいと思うよ。……ていうか、無資格だから使うなって言ってある」

「ちゃんと指導してくれてありがとう。そういうことは誰かが教えてやらねば」

「僕の代わりに警察に話して、裏を取ってくれないかな。でないと君も動けないでしょ?」

「母親と男とかが虐待していた証拠があれば。……しかし、学校に通わせていない時点で警察沙汰だな。学術庁に問い合わせれば籍があるかどうか確認できる」

 って言って机で何か書いて、平たい箱に入れて、ふたをする。

 魔法の郵便配達人。

「子どもをそんな環境に置くくらいなら、誰かに預けられなかったのだろうか」

「どうも密売やってたみたいだし、頼める人いなかったんだと思う」

「父上はヴァルターシュタイン家ゆかりの方なのだろう? 10年以上前になるが、捜索願が出ていた青年がいる。詳細はわからぬが、三男が駆け落ちしたと当時話題になった。なるほど、彼の子どもなら辻褄が合う」

「駆け落ちじゃ、おめおめと頼みごとなんかできないか」

 そうか、僕は勘違いしてた。謝らないと。

「ごめん、マルク。君のお父さんはまっとうな魔術師だったはず」

「ほんとに? 父さん悪い人じゃないんだよね?」

「だけど密売目的の狩りは犯罪なんだ。君のことを考えて、森を出られなかったんだと思う」

 校長先生が立ち上がって、大きな本棚から抜き出したのを開いて、ページをめくって、棚に戻して帰って来た。

「ギルドのランクはGまで下がっているが、資格剥奪はされとらん。今年の戦闘魔術師名鑑に名が載っておる」

「露見しなかったってだけだけど」

「それでもこれは重要なことだぞ。親が資格剥奪などされておったら、魔術学校の受験すらできん。名鑑は物証、この子はまっとうな魔術師の子だ。父上はキラーヘッジホッグ討伐中に名誉の戦死を遂げられたのだ」

「そうだね、あいつらが何言ったとしても証拠ないし。まともな犯罪者は証拠を残さないから」

 そんな話をしてたら、机の上の箱がキラキラ光って、校長先生は返事だろう紙を持って来た。

「学籍はなかったよ。すぐに警察に通報しよう」

「待って、その前に大事な話があるんだ、マルクのこと」

 立ち上がりかけた校長先生が座り直した。

「マルク、大事なこと、話せる? 大丈夫、話したからって死にはしないよ」

 口を開くまで少し待たなくちゃならなかったけど、相手が大人だから、マルクは落ち着いて言葉を選びながら、たまに黙っちゃったりもしたけど、ちゃんと話せた。

 校長先生は時折小さくうなずきながら、マルクの話をじっと聞いてくれた。

「たまにおるよ、そういう子」

 え? って感じのマルク。

「学籍や卒業証明は本名を書かないと法律に触れるから、そこは本名。それ以外は好きな名前を名乗ってよろしい、校則違反にはあたらん。制服は普通学校も魔術学校も男女共用だから心配は無用」

 心配事がふたつ一気に消えたマルク。

 マルクって名乗っていいし、女の子の服も着なくていい。

「ただ……体の方は無理だ。そんな魔法は聞いたことがない。諦めろとは言うまい、希望を捨ててはいかん。捨ててしまったらそこで終わり。我々は諦めずに常に前を向く。君の父上もそうだったはずだ」

 そう言ってもらえてありがたいよ。

 子猫が言うよりしっかりした大人の言葉の方が、マルクだって理解できる。

「親が罪に問われるなり親権を放棄するなりすれば、僭越だが私が責任持って預かろう。子どもらはすでに全員独立しておる、空き部屋もある。それに妻の料理は美味いぞ」

「あ、それでなんだけど」

「何かね?」

「独立するまでにかかるお金、警察の調べが終わって君がマルクを引き取ってくれるって決まったら、一括で支払うよ。金貨2000枚で足りる?」

 校長先生、黙って僕を見てる。

 足りないか?

「足りないようならもう一度狩りに行ってくるよ。大物ははぐれビーストくらいしかいないだろうから、半月くらいかかるかもしれない」

「——金持ちなのだな、君」

「稼いだんだよ、ブルーバックの群れ狩って。子どもはタダじゃ育たないから」

「素晴らしい。だが案ずるに及ばぬよ。子どもひとり成人させる低度の余裕は十分にある」

「そっか。じゃあ学校に寄附するよ」

「さらに素晴らしい。ありがたく頂戴する。魔法訓練場を改築しよう」

 スッキリした! 思ったより話が早い先生でよかったよ。

 話がちゃんと決まったら、最低限の責任は果たせる。

 ロランが「つかんだ手は放しちゃいけない。いったんつかんだら最悪共倒れになる覚悟をもって手を差し伸べて」って言ってた。

 だから、つかんじゃったら最後、カタがつくまで放せない。

 安心して落ち着ける場所、用意してあげられそう。

「ところで、ルイ・ヴァルターシュタイン君」

「なあに?」

「もし私がマルク君を預かることになったら、独立までうちに滞在せんかね?」

「——僕?」

「うむ。妻の料理は美味いぞ」

 お世話になります。

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