【その名はビスマルク】 Act.5


 明け方、町外れに着いた。

 さすがにちょっぴり疲れた。

 神足でこんな距離走ったの、初めてだ。

 500年以上生きてもまだまだ、初めての体験はたくさんあるんだな。

 僕以上に疲れ果てて座り込んでる奴がいるけど。

「何で走ってた僕より君が疲れてるんだよ」

「死ぬかと思ったぞ! お前いつもあんな化け物みてえな走り方してるのかよ!?」

「普段は普通に歩いてるさ。だけど君の足で走って逃げたって、あのブタ野郎に追いつかれてお仕舞いだ」

「……ありがとな、ルイ」

「何日かしたら、もう1度行くけどね、森に」

「何で!?」

「必要なものがあるんだ」

「だったら持って来りゃよかっただろ」

「……探さなきゃならないから」

 外れにはだいたい宿があるんだよ。

 森に入る準備をするから。出てきた後の休みとか。

「宿を取るって、俺、金なんか持ってないぞ」

 地面を3回叩くと穴が開いて、前足でちょっと招くだけ。

 3枚くらい出しておけば当面不自由しないな、金貨。

「猫が金持ってる? って、お前マジックバッグ持ってんじゃん!」

「魔獣がマジックドロワー持ってて悪い?」

「や、悪かないけど」

「自分で作ったんだ、密売品じゃないよ」

 設定は〝お母さんが魔物に殺されたので、出稼ぎに出てるお父さんのところへ行く途中〟だ。

「行き先の名前訊かれたらヴァルターシティって言いな。同情心で送ってやれる距離じゃないから」

「そこ、父さんが生まれたとこだ」

「偶然だね、僕はシティで契約魔獣をしてた。150年前まで」

 ひとりでお父さんに会いに行く子ども、ペットのちっちゃい黒猫。

 魔獣なんてバレたら中に入れてもらえない。

 冗談じゃないよ、宿賃出すのは僕なんだ。

 粗末……いやいや、質素な宿を取れた。

 久しぶりに温かいご飯も食べられたし、何よりベッドで休める。

 森を歩いてとても疲れたからって、3日宿で過ごした。

 案の定あいつは追ってこない。

 着の身着のまま逃げ出した子どもが宿に泊まってるなんて考えないし。

 そもそも人と接触したくない、密売の仲介人なんて。

 諦めるとは思えないけど、戻ってくるなんて絶対思ってないだろうから、宿を出て森に向かった。

 もちろん神足。

 マルク半泣き。

 森の南側の中腹あたりを探って回った。

 いる……臭いがする。

 いくつだ? 7……8。

「君はここにいて」

「嫌だ! 見つかったら逃げられないよ!」

「それもそうだね。見つかっても先に進んでも危ないのは危ない」

「何をとりに行くんだ……」

「必要な物って言ったでしょ。……絶対に大きな声を出さないで」

 ゆっくり、ゆっくり、近づいていく。

 見つけた。あれは雌だ。

 突っ走って一気に近づいた。

 気づいて、相手は立ち上がった。

 でももう遅い。一瞬早く拘束魔法をかけた。

 身じろぎひとつできないやつに、上空からピンポイントの雷魔法。

 重心が前だから、落とすと脳天から下顎を一直線。

 雷の槍が貫いて、終わり。

 膝から崩れてうつ伏せにドーン。

 バック系ビーストはだいたいが前に倒れる。

 うつ伏せにする手間がかからなくて助かるよ。

 大声出すななんて言わなくても問題なかったな、マルクは地面にへたり込んで、無言で見てる。

「バック系ビーストの皮を傷めずに討伐するのはこれが一番。普通の雷魔法も効果があるけど、当たり所が悪いと毛が焦げる。一気に価値が下がるよ。その点、僕が編み出した雷の槍は便利。毛皮を傷めずに瞬殺。スピアやランスやパイクと使い分けるんだ」

「——お、お前って……」

「僕? ラブリーな黒猫。——さてと、次に行くよ」

「つ、次? 次って何!?」

「次だよ。あと7匹いる」

「7匹!?」

「だから大声出さないで。集まって来られると面倒くさいから」

 見つけたら立たせて拘束、サンダースピア。

 順番に。確実に。

 最後の8匹めはハーレムのボス。

「けっこう大きいね、7メートル以上ありそうだ」

 雌の血の臭いがしてるから、雄は立ち上がって胸を叩いて威嚇してくる。

 はい、ご苦労様ー。

 拘束、からのサンダースピア。

「体が大きいから毛皮も大きい。これは高く売れるよ」

 マルクはビビり疲れてヘトヘトだ。

「売るって……密売じゃないのかよ……」

「僕は正規の魔獣だから、普通にギルドに卸す。こいつらをドロワーに入れるの手伝って」

「そんなことできるのかよ!!」

「法律を守る、ちゃんとした魔獣だから」

「そうじゃなくて!」

 ボスの頭をドロワーに突っ込みながら会話。

 黙ってるの怖いみたいだから。

「特別に単身で冒険者ギルドに登録してるんだ。無期限だから再登録もいらない。350年間お世話になった家の当主が金貨を1000枚出して交渉したんだ」

「金貨、1000枚……」

「ちっちゃい黒猫だし、お金なんかいらないじゃんって思ったけど、保証を担保するんだって言って支払ってくれた」

「何言ってんのか意味わかんねえけど、何か凄そうなのはわかった」

「実は凄いんだよ、僕」

「ただの意地悪な黒猫だと思ってた」

「放り出して帰るぞ」

「ごめん、謝る、置いてかないで」

 マルクに手伝ってもらってビーストをすべて回収、神足で森を脱出。

 宿に帰って、翌朝シティに向けて出発。

 子どもでも人間が一緒だといろいろ助かるよ。

 僕だけじゃ宿も買い物も無理。

 マルクに新しい服と靴を買ってあげられたし、バッグも買い替えた。

 食料も。

 たまには美味しいもの食べたい、僕だって。

 マルクも子どもだし、先を急ぐ旅じゃない。

 のんびりゆっくり、宿を転々と、シティまで。

 シティに入る時はギルドカード見せて、マルクの分は税金払って。

 僕がカード持ってるから門番は驚くけど。

 ちゃんと〝黒猫 ルイ〟って書かれてるから大丈夫。

 そこからさらに馬車で3日。

 やっとシティの中心だ。

 真っ先にギルド。

 冒険者ギルドにはお約束があって、黒い子猫が奥に入ろうとしたら止めちゃいけない。

 なので僕はフリーパスで奥に進む。マルクも。

「このドア、ノックして」

 そうしたら返事があったから、マルクに開けてもらって中に入った。

「おお。まさか2度も会えるとは思わなかったぞ、ルイ」

 半分白髪で筋骨バキバキのギルドマスター。

「あ、白髪増えてる」

「ずいぶんな挨拶だな、お前」

「ちょっとタウンの向こうの森をウロウロしてたんだ」

「そうだ、あの森は何年かに1度、はぐれビーストが出」

「狩ってきたよ、群れ。だから来たんだ」

「群れ!?」

「今、森に大捜索かけると、はぐれの掃討ができるかも。ギルドからのクエストでやらない? 里に来てからだと被害が出るからね」

「そうか! ここで登録している全冒険者と戦闘魔術師に招集をかける」

「それで、本件なんだけど」

「ブルーバックの素材か?」

「8匹。ボスも殺った」

「…………本当にコールサルトってのはムチャクチャだな」

「ボスが7メートル以上あって、皮が大きくて毛並みも上等。雌は多少大きめ、毛並みはいいね。毛足も色味も絨毯にするには最高さ。丸ごと買い取って」

「やれやれ……担当者が腰を抜かさねばいいが」

 マスターについて行く。

 マルクが小さな声で言った。

「おっさん、お前がしゃべっても全然驚かないんだな」

「ギルドマスターと解体職人は僕の情報持ってるからね。次の人に引き継がれていくから説明もいらないよ」

 外に出て、素材を扱う施設に行く。

 若い人になってるな。あのおじさん、もう引退したのかあ。

「マスター、お孫さんとペットですか?」

「これがルイだ」

「——コ、コールサルト・ルイ・ヴァルターシュタイン……子猫じゃないですか!!」

「子猫だと書いてあっただろうが、引き継ぎのファイルに」

 ときどき、こういうこともある。

「ルイ、ブツを出してくれ」

「はーい」

 加工場の前の地面にブルーバックビースト8体。

「お前が持ってくる素材は本当に上物だな。傷みなし、鮮度抜群、最高の状態で加工できる」

「楽したいからね。1匹倒すのに何度も攻撃するの面倒でしょ」

 解体職人がおそるおそる近づいて来て、すっごく念入りに毛皮をじっくり見た。

「まったく傷みがないな、どうなってるんだ」

「暴れる余地をやらずに一瞬で殺るから、素直に前に倒れてくれるんだ」

「このデカブツをか。ビックリっていうより呆れの領域だな」

「褒められたと思っておくよ」

「傷は頭だけ。背中以外の皮も無傷。防寒素材で人気がある。肉は大型獣のエサ、骨は畑の魔物除け。捨てるとこのないいい素材だ」

「獲るの大変だし、文句なしの高級品」

「……で、買取だが、雌7頭まとめて1400、雄は……500」

「そこまできたら、もうひと声出してよ」

「じゃあ雄600だ。これ以上出さないぞ」

「まあいいか。交渉成立」

「まあいいかとか、どうなってんだ」

 そう言ってお兄さんはまたビーストの皮をなでた。

「これは競りにかけた方がいいですよ。今月中になめしますから、今のうちに募集すれば」

「うむ、こっちで値を付けるよりいいな。技術者ギルドに話を通そう」

 金貨2000枚で買い取った素材、総額いくらで売るんだろうね。

 僕は正しいギルド登録猫だから直売しないけど。

「そうだ、おまけしてもらったから、代わりにこれをあげるよ」

 ドロワーから拳ひとつ分くらいの肉の塊を出して、職人さんに。

「何の肉だこれ。……色艶見ると爬虫類っぽいな」

「正解。ティアマトの肉だよ。あれから500年になるし、もしかしたらまた出るかもね。つがいで出るから被害が二段構えになるのが面倒」

「テ……ティアマト?! どこから持って来たんだ!」

「狩ったんだよ。500年前。プリプリしてコクがあって、すごく美味しいよ」

「か、狩っ……」

「一生食べられないと思うから味わって食べて。煮込むとすごく美味しいけど、それっぽっちだからね。お勧めは塩焼き。薄く切って塩を振って炙って」

「俺にもくれ、ルイ」

「君には前回あげたじゃないか」

「今のを聞いたら思い出してな」

「これは残ってる限り、次世代に継いでいくの。知識の継承だよ」

「……そう言われると、くれとは言えん」

「また出ることを祈って……と言いたいけど、被害が凄まじいから出ないに越したことはないね。シティ丸ごと潰れる」

 金貨2000枚、ドロワーに納めた。

「じゃ、行くね。ふたりとも元気で長生きして。運がよければまた会えるよ」

 施設を出て歩き出したら、マルクがしゃがみ込んだ。

「どうしたの? どこか痛い? 治すよ」

「そうじゃなくて……」

「?」

「お前、ヴァルターシュタインっていうの?」

「うん。代々続いた魔術師の名門で、本家で350年魔獣やってた」

「——俺も、ヴァルターシュタイン……」

「——はい?」

「本名はアリアで、アリア・ヴァルターシュタインっていうんだ」

 そりゃまあ、そうだよね。本家が歴史を終えても血筋が絶えるわけじゃない。

 お父さんがヴァルターシティ出身だって言ってたな。

「マルクでいいんじゃない? 今さら違う名前でなんて呼べないし」

 適当なところで宿を取って、明日もうひとり会わなくちゃ。

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