【その名はビスマルク】 Act.3


 マルクは女の子、でも自分は男の子だって言う。

 天主様が間違えた(不敬お許しを)と言ってる。

 そして、それを治せる魔術師を紹介するから、紹介料としてブルーバックビーストの皮を1枚持って来いと。

 論点はひとつ、女の子を男の子にできる魔法のあるなし。

 マルクの前提はあり。

 僕の前提はなし。

 このままじゃ話は平行線。

 切り口変えないと。

「そもそも、その紹介者は誰?」

「今母ちゃんと寝転がってる奴」

「仕事仲間の未亡人に手を出す男を信じろって?」

「だって、それしか……」

「しかも仕事は密売でしょ」

「秘密の魔術師なんだ。あいつの紹介がないと会えないんだ」

「秘密じゃなくて、架空」

「いるんだよ!」

「ブルーバックビーストの大きさ知らないよね? 高さ6メートルくらいの大物なんだけど」

「よくわからないよ」

「あそこらへんにある若木くらい」

「えっ…………」

「ドッシリしてて筋肉モリモリで、すっごく怖い」

 マルクは言葉をなくして茫然自失。

「そんな化け物を11才の子どもに獲らせようなんて、まっとうな考え方持ってない。死ぬに決まってるじゃないか。でなきゃ殺意があるか」

「…………」

「僕は何度となく見てきたよ、ブルーバックも上位種のレッドバックも。殺された人の死体はとても無惨だ。踏み潰されたり、岩に叩きつけられて全身の骨が砕けたり……砕くと食べやすくなるのを経験的に知ってるからだよ。子どもはそんな死に方しちゃダメだ。冒険者と戦闘魔術師だけでいいんだ」

 顔から赤みが消えた。

 怖いだろうけど、現実がわからないと前に進まない。

「それが群れになってるなんて、名うての冒険者パーティだって青ざめるよ。みんな人里に降りてきたはぐれビーストの討伐しかやったことがない、群れなんか相手にできるわけがない。100人以上でかかっても半数前後は殺されると思う」

 だから諦めて、お願い。

「ものすごく強い、一番高いSランクのパーティで20人くらいいれば何匹か倒せると思う。でも少数で遭遇しちゃったら転移魔法でもない限り逃げられない。食われる」

「……ダメなの……?」

「はぐれビーストを相手にするだけでも、本職の人たちだって命がけだ。団体さん相手じゃ無駄死に」

「じゃあ、俺は男になれないの?」

「少なくともブルーバックビースト作戦では不可能。どうしても狙うなら、雷魔法のレベルを死ぬほど上げて、気づかれないように群れを観察して、群れから離れてる奴を順番に瞬殺する。ただし、マジックバッグがなくちゃできない。その場で皮を剥ごうとしても、仲間が来て殺される」

「どこで売ってるんだ、マジックバッグって!」

「国のルールがあって、それをクリアしないと買えない。どうしても欲しいなら密売バッグになるけど、高いし造りが悪いよ」

「ダメなのか……」

「一番手っ取り早いのは魔術師になること。魔術学校の卒業制作で造るから、全員もれなく持ってるよ。お父さんも持ってたでしょ」

「たぶん、あいつが売ったと思う」

 また密売。どうしようもないな。

「……学校なんか行ってないし、お金もない……くれないよ、母ちゃんが全部あいつに渡しちゃったんだ」

「ふーん、ブルーバックビーストに喧嘩を売るくらい欲しいのに、お金と喧嘩する勇気はないんだ」

「そんな方法ないだろ」

「僕に心当たりがあるよ。だけどふたつ条件がある」

「何をしたらいいんだ?」

「ひとつめ、子どもの命を何とも思わないような大人と絶縁して、森を出ること」

 可哀想だと思わなくもないけど、放っておくとこの子死なされるから。

「ふたつめ、保証人の心当たりがあるから、学校に通って勉強すること」

「勉強?」

「死ぬほど勉強して魔術学校に進んで、魔術師になるとバッグが手に入る」

「何年かかるんだ! そんなに待てない!」

「……ここにいて自力で魔法の訓練してたら、一生ブルーバックなんか倒せない。ビッグボアくらいが限界かな。せっかく筋がいいのにもったいないよ。学校で学んだ方が手っ取り早いんだ。深い川の向こう側に行きたい時どうする? 川に飛び込む? 普通は橋を探して渡るでしょ。君は今、川に飛び込もうとしてるの。物事には順序があるんだよ。それくらいは理解できるよね?」

 目を伏せたマルクは、小さく頷いた。

 ここでひと段落。

 お腹が空いてる時に難しいことを考えると短絡的になる。

 よかった、焼いておいたラット肉があって。

 木の陰でこそこそドロワーを開けて、ローストした肉を反重力魔法の上に載せて運んだ」

「地面引きずったら砂だらけだろ。俺は猫じゃないから嫌だよ」

「少しだけ浮いてる。ラブリーな子猫が摩擦抵抗のある地面で物を運ぶのは無理」

「自分で言うかよラブリーとか」

「昔、僕をそう呼ぶ同僚がいたんだよ」

「……死んだ?」

「500年以上前の話です」

「お前やっぱり魔物だろ!」

「失礼な奴だな、ほんと。僕は超稀少種ですっごく寿命が長い特殊個体なんだ。ドラゴンと猫のハーフだって言い伝えがあるんだって」

「父ちゃんドラゴンなのかよ!?」

「わからない。気がついたら魔術師の家で保護されてたから」

「捨て猫か」

「うるさい」

 向かい合わせに座って、間に肉を置いた。

「ナイフない」

「僕持ってる」

 前足でサクッと。

「凶器だな、爪」

「武器って言って。風魔法系物理攻撃のレザークローだよ」

「……わからねえ」

「知らなくても問題ないさ」

 そういうのは学校で学べばいいんだよ、子どもなんだから。

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