【その名はビスマルク】 Act.2


 トカゲ食べて木の根元で寝て、起きて、水を飲んで。

 朝ご飯……何かあったっけ?

 木の幹を前足で3回ノックすると、魔法の抽斗が出てくる。

 欲しいものを思い浮かべれば手前にくる。

 壁でもいいし柱でもいい。地面でも。

 僕のマジックドロワー。

 そう、これこれ。ローズラットの残り。

 ラットっていっても小型犬くらいの大きさ。

 猛毒の前歯があるけど、首をはねちゃえば体に毒はない。

 香草と塩を揉み込んでローストにすると美味しい。

 こいつに噛まれて死ぬと毒の成分で肌に赤みが差す。

 だからローズラット。バラ色の死をもたらすネズミ。

 でも美味しい。

 昨日トカゲを焼くのに草を刈ったところに持って行って、弱いファイヤーブレスでじっくり火を通す。

 美味しく頂いて、さあ、町に行こう。

 渓谷沿い、お日様が差し込む林を進む。

 ときどき、どこかに腰を落ち着けたくなる時もあるけど。

 でも違うんだ。

 場所が欲しいんじゃない。

 一緒に過ごせる人がいる場所。

 誰でもいいわけない。大切な人でなくちゃ。

 歩いてたら、どこからか魔力の気配。

 ああ、マルクだな。

 魔法さえ使わなければ森林で何をしててもいいんじゃな——。

 何か、すっごく変な音した!

 音がした方に神足で駆けつけたら、狭い洞穴から煙。

 バカなのか君は!?

 飛び込んで、ブッ倒れてるのを外に引きずり出した。

 沁みるんだろう、一生懸命目を擦ってる。

「狭いところで火魔法使うな、バカ! お父さん教えてくれなかったの!?」

 何も言わずに目を拭いてる。

 ——肩がちょっと震えてる。

 さぞ怖かっただろうね。いい経験だ。

「いいかい、狭いところで火魔法を使うと、呼吸ができなくなって最悪死ぬんだ。魔法は相手や条件によって相性が変わる。だから勉強してない子どもが魔法使うと危ないって言ってるの! これから町に行くから、ついでに警察に通報してくる」

「嫌だ! それだけは嫌だ! 狭いところで使わないから、頼むから!」

「どれくらいの広さや深さなら大丈夫とか、火力の加減とか、そういうの自分で測れないでしょ? 今もうやらないって言っても君はまたやる。死ぬよりは補導の方がましだ」

「……俺、ちゃんと狩りできるようにならなきゃダメなんだ。どうしてもやらなきゃならないんだ……やめるわけにいかないんだ」

「何がしたいの?」

 言わない。

「火と雷持ってるよね? 攻撃魔法で何がしたいの?」

「……狩りだよ」

「なるほどね。どれくらい? 強さ」

「この間フォレストキャットが渓谷の方に来」

「僕の前で猫殺しの話なんかするんじゃない」

 悪気がないのは認める。

 でも、さすがに同族がやられた話は聞きたくない。

「それで、君はどんな獲物を狩りたいのかな?」

「ブルーバックビースト」

「死にたいのかな君は?」

 やっと起き上がって、まだ目を擦ってるけど。

「見たことあるの? ブルーバック」

「ない。でもこの森のどこかに群れがある」

 群れね……あいつら基本、ハーレムで構成されてるからね。

 人里に現れるのは群れを追われた若い雄がほとんどだけど。

 群れか。30人くらいのBランクパーティーが全力疾走で逃げる。

「あれは、ちっちゃい魔術師がひとりで倒せる魔物じゃないの。強いパーティが大勢で戦わないと倒せないの。わかる? すっごく大きいの。でもって強いの」

 マルクは目を拭きながらしょぼくれてる。

「倒さなくちゃいけないんだ。自分のためにやらなきゃいけないんだ」

「あのね……」

「ルイ、ビーストってどうやったら倒せるんだ?」

「ものすごく強力な魔法で焼く、溺れさせる、凍らせる、感電させる、つむじ風で巻き上げて落とす、空気を裂く爪で喉を掻き切る、衝撃波で頭蓋骨を砕く、あとは……」

「傷をつけたくないんだ!」

「……密売だな」

「必要なんだ、ブルーバックビーストの皮が!!」

「んー、いいね、上等なリビングにスモーキーブルーの毛皮の絨毯。最高にいいセンスしてる。レッドバックを欲しがる人の方が多いけど、レアだからっていうだけなんだ。本当にわかってる人はブルーバックを欲しがるよ。いい値で売れる」

 でもね、君は今とても危険な状況にある。

「君みたいな子どもがあんな化け物欲しがるのはどうして?」

「…………」

「誰に唆されてるの?」

「違う! 取り引きなんだ! 交換条件なんだ!」

「君が勝てる相手じゃないよ。爪の先でも引っかけられたら何かに叩きつけられて即死だ」

「手伝ってくれよルイ! お前強いじゃないか!」

「僕は法律を守る魔獣なので、無資格魔術師に貸す足はありません」

「頼むよ、1匹だけでいいんだ! 俺は本当の自分に戻りたいんだ!」

 出たよ。

 本当の自分。

 ものすごく嫌な奴の顔を思い出した。

 全部盗まれたって裁判所で泣きわめいたバカ。

「ああそう。君の本当の自分ってどんな姿なの?」

「俺は本当は男なんだ」

 …………。

 本当は男という謎ワード。

 確かに昨日の段階で男女の見極めはやめたけど、えーっと……?

 あれ?

 この子、女の子じゃないか。

「見た限り、君は女の子みたいだけど」

「本当は男なんだ! 天主様が俺を創るときに間違えたんだ」

「今の暴言取り消さないと、ゆくゆく後悔するから、お詫びして反省しなさい」

「だって他に原因ないじゃないか!」

「とりあえず天主様に責任押しつけるのはやめようか。僕は長く生きてて、神罰で身を滅ぼした奴らを大勢見てきた。だからそんなこと言っちゃダメ。天主様は聞き漏らさない」

「……ブルーバックビーストの皮と交換で、治してくれる魔術師を紹介してくれるって言われた。だからどうし」

「そいつ殺すからここに連れてきて」

「何でだよ! そんなことし」

「そんな魔法は、ない」

 マルクは呆然とした。

 目は開いてるけど焦点が合ってない。

「あるんだよ……魔法……」

「ない」

「あるんだよ!」

「ない! 僕は500年以上魔獣やってるけど、そんな魔法はない!」

 長い静寂。

 声もなく、ただあふれた涙が頬を伝い落ちるだけ。

 ……人が泣くのは、苦しみや悲しみを外に出すため。

 そうしないと辛さに耐えきれなくなって生きられなくなる。

 僕にはよくわからないけど、君はとても辛い思いをしてきたんだね。

 だけど、こんな悪事を見過ごしてはおけない。

 今まで僕を愛してくれた人たちの誰ひとりとして、こんな罪悪に目をつぶるなんて決して許さない。

「辛いこと言ってごめん。だけどこのままじゃ君は命を落としてしまう。1度立ち止まって、よく考えるんだ」

「死んでもいい! 俺は男に戻りたいんだ!」

 ……健康のためなら死んでもいいとか、どこかで聞いた気がする。

「君は生きたいから戻りたいんだよね? 死んでもいいっていうのが理解できない。そんな間抜けな死に方ないでしょ。天国の門番がお腹抱えて笑うよ」

「笑うな! 俺は本気なんだ!!」

「本気なのはよくわかってる。十分にね。でも今の君の思考は取っ散らかってる。落ち着いて論理的に整理しよう」

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