【その名はビスマルク】 Act.1
始まりあれば終わりがある。
800年あまり続いたヴァルターシュタイン家も例外じゃない。
すべてを清算、とても立派な幕引きだった。
今もまだ語り継がれている。
きっとこのまま伝説になるんだろう。
そして僕は大切な遺産を引き継いで放浪の旅。
ヴィレッジやタウン、シティがあると、食べ物にはあんまり困らない。
僕はラブリーな黒い子猫だから。
お店や家の前に座ってると、だいたいご飯をもらえる。
縁起物の黒猫なので。目が青いし。
でも人里離れるとやっぱりねー。
自分ひとりの分だけまかなえばいいから、トカゲとか捕まえてファイヤーブレスで炙って食べたり。
これといって美味しくはないけど、食欲は満たされる。
食べなくても死なないけどさ、そういう問題じゃないんだよ、食は。
グルメの国の出身なので。
深く広い森を抜けて、明るい外に出て深呼吸。
ここは渓谷だ。事前にステルスバードで確認済み。
目の前には勇壮な山々。
でもかなり削られてて河は細い。
水飲みたい。
森の湧き水も美味しいけど、渓谷は開放的で気分が変わるし。
谷に折りようとしたら、人影みたいなのが見えた。
草原、崖の前に立って山を見てるみたい。
小さいな。
結婚式のドレスみたいに地面に広がってるのは、ボロボロになった魔術師の服の裾。
男の子か女の子かはわからない。
どうしたんだろう?
あ。雷魔法?
ちっさ。あれじゃトカゲくらいしか倒せない。
近づいてたらいきなり、本当に突然、振り向きざまにファイヤーボール投げつけられた!
あわてて後ろに飛び退いたけど、うっかりしゃべってしまった。
「ラブリーな子猫に何するんだ、乱暴者っ!」
振り返った子、顔を見ても男子か女子か不明。
ものすごく険しい目つきで僕を見てる。
と思ったら、両手でブンブンとファイヤーボール投げつけてきた。
「化け物っ! 魔物! 魔物! 魔物ーっ!!」
声を聞いても女の子か男の子かわからない。
ひとしきり投げつけて、僕が微動だにしてないのに気づいたみたいで手を止めた。
「君のファイヤーボール、ひどいね。かまどの種火にしかならないよ」
見たところ10才くらいだ。
ここから一番近い魔術学校は、森を東に抜けて町に出て、さらに先のシティだ。
とすれば、この子は魔術学校に行ってない。
法律を破って誰かが教えたのか、自分でできるようになったのか。
「ずいぶん頑張ってたけど、美味しいシチューを作るのに適温ってとこだ」
子どもがまっすぐに唇を結んで僕を凝視した。
「1000度にも満たない煙草の火レベルの熱。こんなショボショボのファイヤーボールで何がしたいの?」
じっと黙ったままだから、近づきすぎないように距離を置いてすれ違った。
「こっちにおいで、見せてあげるよ」
渓谷に続く崖の縁に立って、肉球の上に小さな球を作った。
ほのかにゆらめく、透き通った青い球。
それを渓谷に向けて放った。
そしてサッと背中を向ける。
5秒……10秒。
僕の背後で爆発音が響いて、大きな水柱が立って、あたりは水浸しになった。
……濡れてしまった。気持ち悪い。
加減を誤った。
子どもは腰を抜かしてしまって、尻餅をついて動けない。
「今ので9000度くらいかな。爆弾落としたわけじゃないよ、水蒸気爆発っていうんだ。水棲の魔物に火魔法で勝つにはこれがベスト。……今のはちょっとやり過ぎた」
向こう側の崖が少し崩れた。
子どもは我に返ったみたいだけど、やっぱり動けない。
「魔術師になりたいなら、ちゃんと魔術学校に行きな? お金がなくても成績がよければ奨学金があるし寮もあるし。じゃないと警官に見つかったら補導されるよ。無資格で魔法使うと犯罪になるんだから」
「学校なんか行ってねえよ! そんなのなくたって生きられる、勉強も資格もなくたって生きら——」
ちょっと黙ったその子は、僕に向かって吠えた。
「学校なんか行かなくたって魔法さえ使えれば飯食えるんだ!」
あー……無資格魔術師なんだね、たぶん、君のお父さん。
でも服は持ってる。資格剥奪かな。
そしてきっと今は生きてない。その服はお父さんの形見だ。
胸の辺りにいくつもの穴、その周囲に血の滲み。
ここに来る途中で何度か見かけた、
キラーヘッジホッグ。猛毒を持つハリネズミ……というには大きい。
大型犬くらいかな。焼いて食べると美味しい。
煮込みが一番なんだけど、僕は料理ができないからね。
捕まえたら町に行く。食べ物屋さんの前とかを引っ張って歩く。
すると、誰かしら料理してくれる人がいる。
別にお金なんて取らないし。
幸運の黒猫だから、ちゃんと食べさせてくれる。
店の片隅で1週間くらい丸まってても、誰も文句言わない。
あの店に黒猫がいるぞって、お客さんが増える。
僕はたまに美味しい料理が食べられれば幸せ。
だから今1匹持ってるけど。
「そう、大丈夫だよね、資格なくても食べていけるし、牢屋に入っても食べられるしさ、臭い飯なら」
「…………」
「僕の当てずっぽうだから外れてたらごめん。もしお父さんがいないなら、こんな森の中に住んでちゃダメだよ。外に出ないと一生出られなくなっちゃう。お母さんにそう言って」
「……母ちゃんは父さんの仕事仲間とベッドに寝転がってるよ」
おやまあ。
ややこしい子に引っかかっちゃったな。
ちょっと手に負えなさそう……かといって、逃げるわけにもいかないか。
「前の質問に戻るけど、君はあの魔法で何がしたいの?」
「魔物を倒して、売るんだ」
「ギルドに? ここから?」
「…………」
「そもそも資格がないとギルドに登録できない。冒険者にしたって年齢制限に引っかかるもん」
何も言わない。
「直売もちょっとくらいなら問題にならないけど常習的だと問題だし、もし闇ルートに流れてたら密売、かなり重い罪。知らないでやるつもり?」
子ども、半歩下がって、かなり焦ってる。
「父さんはそんなこと言ってなかった! ただ狩りをして売って……」
「魔法が絡むとそれは犯罪。魔術師はその気になればいくらでも悪事ができるから、ものすごくルールが厳しいんだ。君のお父さんはルール違反。お母さんと仲がいい仕事仲間もね」
「父さんのこと悪く言うな、何も知らないくせに!」
「わかるから言ってる。僕だってわからないことは言わないし、必要を感じれば訊ねる。少なくとも僕は君より圧倒的に年上だ、君が思うよりは物知りだよ」
「子猫じゃないか」
「ラブリーでしょ」
呆れたっぽい。
失礼な子だな。
「僕はルイ、戦闘魔獣。失業してるけど。君は?」
「ビスマルク。マルクだ。失業してるくせに偉そうに。ヘマしてクビになったんだろ」
「さっきのファイヤーボール見て、それ言う?」
マルクはちょっと絶句してそっぽ向いた。
「……火魔法は、すげえよ」
「他にも10個、よりどりみどり。スキルは5つ」
「何なんだお前!」
「戦闘魔獣だって言ったでしょ」
「絶対嘘だ」
生意気な奴だな。男子も女子も関係ないや。
「さっきのファイヤーボール見て、それ言う?」
「やっぱりお前、魔物だろ」
「失業戦闘魔獣だってば」
マルクはちょっと目を伏せて、小さな声で言った。
「なあ、ルイ」
「なあに?」
「——俺の手伝いしてくれよ」
「無資格魔術師に貸す足はないし、指導もしないよ。僕は法律に則った魔獣だ」
「だったらさっさとどこか行けよ!」
「どこにいてもいなくても僕は自由なんだ。君の指図は受けない」
僕にできることは何もなさそうだから、崖を重力魔法で下って水を飲んだ。
美味しいー。
さて、ご飯はどうしようかな。
ゆうべのトカゲが2匹残ってるから食べてしまおう。
反重力でさっきの場所に戻ったら、マルクはもういなかった。
あんな子どものうちから素材の密売で生活しようなんで、純粋培養なの?
人里離れて生きてれば常識も通じないかもしれない。
無資格魔術師……人目を避けて暮らしてたんだな。
最初から資格を持ってなかったのか、剥奪されたのか。
ま、いいや。これ以上踏み込むと戻れなくなるし。
よし、トカゲを焼こう!
……たまにはちゃんとした料理食べたい……。
渓谷沿いに進んで町に行こう。
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