【小品】雨の夜、出会った君


 どれくらい放浪したかなー、わかんない。

 大雨の夜、歩くの面倒で適当な空き家の軒先で箱座りして寝てたら、急に誰かが向かってきた。

「どうしたの、どこか具合でも悪いのかい? そんなに濡れて寒いだろう? こっちへおいで、お腹は空いてないかい? たいしたものはないんだけど」

 え? このボロ家って人住んでたの?

 若い男の人は僕をそぉっと持ち上げた。見た目は子猫だから。

 中に入れてくれて燭台をつけたけど、ろうそくは1本。

 使い込んで痩せたタオルで僕をよく拭いてくれて、テーブルに載せてくれた。

「ごめんよ、本当にあげられるものが少なくて」

 彼はカバンからサンドイッチを出して、挟まれてたハムを全部ちぎって小皿に乗せて、僕に出した。

 そして具がレタスしかなくなったパンを食べた。

 次の朝はいい天気で、彼は仕事に行くみたいで、僕を連れて出て地面に置いた。

「さ、ご主人様のところにお帰り。とても心配しているよ。それとも帰り道がわからない? んー……ショップ組合に行ってみようか。たぶん飼い主は魔術師だ」

 たぶんこの人も魔術師。

 そうでなきゃすぐにショップ組合なんて考えないし。

 黒猫が稀少種で魔力を持ってて、魔術師も冒険者もみんな欲しがってるって知ってる。

 だから誰かが飼ってる——自由猫だなんて思わない。

「どういうことなんだ、ステータスが白紙なんて……自由の黒猫なんて絶対に考えられないし……」

 ショップとギルド両方に行って、手がかり皆無で自由猫認定。

 ステータスは隠してるから、僕がロックを解かないと見えない。

「うーん……うちで飼ってもいいけど、ろくな食事をさせてあげられない……もっと頑張ればいいのか。よし、そうしよう」

 彼の後を追っていくと、草原で薬草を摘んでる。

 日が暮れる寸前まで働いて、ギルドが閉まる直前に駆け込んで、薬草を売った。

 1日頑張って銀貨4枚と銅貨3枚。

 そして僕に柔らかく煮た肉を出して、自分はハムサンド。

 年はたぶん20代後半から30代前半。

 Gランクってことはないと思う、なのにこの人にはバディがいない。

 ボロ家で、たぶん貧乏で、独り暮らしで、バディがいなくて、薬草摘み。

 ……言っちゃ悪いけど、底辺魔術師の生きる見本。

 お茶も買えないみたいで、お湯を飲んでる。

「ご飯、足りたかい? 明日も頑張るから」

 この人は野良の黒猫をバディにしようとか考えないのか?

 ちょっとまずいんじゃないかって思うほど、人がよすぎるんだけど。

 猫に肉食べさせて自分は粗末なサンドイッチ。

 普通は同じもの食べようと思うでしょ。

「貧乏でごめんね。僕はすごい借金があって、それを返さなきゃならないんだ」

 ここまで赤貧生活に甘んじなきゃならないほどの莫大な借金なんて、この人には絶対できない。逆立ちしてもできない。そんな度胸持ってない。

「保証人って、誰かが借金をする時に信用を裏打ちすることなんだけど……逃げられちゃって、お父さんが借金を肩代わりすることになったんだ」

 それ、絶対ダメなやつ。猫でも知ってる。

「お父さんはお母さんが可哀想だからって離婚して、一生懸命働いて、働き過ぎて死んでしまった」

 この人の底抜けの人のよさは、間違いなく遺伝だと思われ。

 猫相手にでも、せめて誰かに語りたい悲劇。

「残りの借金は僕が相続しなくてはならなくて、最低限の生活しかできないんだ。それでも利息が増えて大変なんだ……僕は魔術師なんだけど、そろそろ諦めなくちゃならないね。魔術師じゃ生活できるほど稼げない……せめて魔獣を買って討伐にでも出られればなあ……」

 え?

 この人戦闘魔術師なの?

 全っ然そんなふうに見えない。手際よく薬草摘んでたし、回復術士だと思ってた。

「安い魔獣を無理して買って、あっという間にオークに踏み潰され……本当に頼りになるような魔獣は高くて買えない。金貨50枚以上だものね」

 ここに無料の魔獣がいます。コールサルトです。

 君はどうして目の前にいる野良の黒猫と契約交渉をしないんだ。

 魔術師に飼われてなかったから、ただのペットだとでも?

 そんなわけないっ!

 黒猫は魔術師にとっても冒険者にとっても垂涎の的だぞ!

「君も魔獣なのかな、黒猫は魔力があるからね。でも討伐なんて危険なところに子猫なんて連れて行けない。オオカミや大型犬とかならね、連れて行けるけど」

 僕、ティアマト2匹倒しました。

「戦闘魔術師以外の仕事……何ができるかなあ。学生時代に親しかった装備屋の息子がいるけど……借金持ちなんて使ってくれないか」

 だんだんイライラしてきた。

 どうしてそこまで僕を無視するんだっ!

「……もういっそ首でも吊ろうかなあ……」

「首吊るくらいなら僕をバディにして死ぬ気で討伐やれよ!」

 あ……、つい思わず……。

 静まりかえった粗末な室内。

 化け猫呼ばわりされるな。これは。

「——君、どうして話せるんだい?」

 動じなよ!

 何ですんなり受け入れてるの!

 抜けてるの? 度胸据わってるの? どっち!?

「猫の守護神フレイヤ様のご加護があるんだ。体は小さいけど、これでも戦闘魔獣だよ。自分で言うのもなんだけど、実はちょっと強い」

「でも、オーク討伐とか大物狩りには行けないでしょ」

「オーク? 集落ひとつくらいなら瞬殺だけど」

「…………ははは、まさかそんな」

「じゃあ試しに契約してみなよ、タダなんだし君に損はないでしょ」

 何で自分を押し売りしてるんだ僕は。

「あー、えっと、じゃあ名前を考えなくちゃ。何がいいかな?」

「押し売りついでに名前も押しつけていい?」

「う、うん……かまわないよ」

「僕の名前はルイ。ネコ科雑種黒猫、別名コールサルト」

「こっ…………コールサルトおぉ!?」

「二つ名だからステータスには出ないよ」

 やっと常識的な反応をした魔術師——ナスカと、契約した。

「——魔力……21227……!? バグだ、ステータスがバグってる!」

「だからオークの集落なんて瞬殺だって言ってるでしょ」

「…………」

「いくらあるか知らないけど、君に技術と体力と魔力があれば、借金なんて3か月で返してあげるよ」

「え、っと……金貨850枚なんだけど……」

「じゃあ2か月で十分。装備はなにがあるの? ソード? ボウ? スピア?」

「あ、いや……えっと……」

 売ったな、借金のために。

 何から何まで手がかかる奴っ!

 バディいないわ得物ないわ、食い詰めるよそりゃ!

「ランクは?」

「Dだったけど、この間Eに下がってしまったよ」

 ダメだこりゃ。

 ドロワーを開けて、適当にお金をかき出した。

「僕は人にお金を貸しちゃダメだって教育されたから、これは君にあげる。得物と装備整えて。討伐に行けないから」

「そ、そんな、出会ったばかりの魔獣からお金なんてもらえないよ!」

「じゃあ素手でオーク殴るのかい?」

 ナスカ、すごい汗。

「明日一番に登録を済ませたらすぐ装備を買って冒険者ギルドに行って、君が受けられる範囲で一番高い依頼をやりに行くよ。そうすると君のランクも上がって収入が増える、いい循環になる」


 登録に行った。

 当然、係の人はステータスチェックをする。

 ずいぶん長い間無言が続いて、係の人がいきなり立ち上がった。

「く、黒猫ルイ……ルイだ!! ドラゴンと猫のハーフのコールサルトだ!!」

「はぁ?!」

「えっと……そう、ヴァルターシュタインの黒猫! 100年以上前の記録だわ」

「コールサルト・ルイ・ヴァルターシュタインだって!?」

「そんなんあるかっ」

「魔力が20000超えてんだぞ! コールサルト以外の何だ!」

「っていうかお前さん、なんでコールサルトと契約できたんだ!?」

 魔獣との契約はレベル関係ないからね。

 自由契約。


 普通の反応を堪能できてやっと満足した僕なのだった。


 ギルドでナスカが受けられるギリギリ上限のを取って、早々に片づけた。

 朝ご飯の腹ごなしにもならなかったな。

 でも依頼受けないとランク上がらないし、仕方ない。

 だけど、狩りは自由だ!

 あ、向こうにコボルトの大集落がある。行くよナスカ。毛皮が売れる。

 肉は硬くて人間向きじゃないけど、大型魔獣の餌にできるしね。

「やめてくれー! お願いだから! 僕が殺されるよ!」

 大丈夫、3分で片付くから。時間がもったいないから!

「危ないってばルイ、無理ー!」

 さてと、午後は適当に森を歩こう。何かいる気配あるし。

「なにが出てくるかわからないから危ないって」

 それを狩って売るんだよ。依頼じゃないからランク関係ないし。

「無理だよ、ほんとに!」

 薬草摘んでても借金返せないよ。利子が増えるだけ。

「確かにそうだけど……でも危ないって!」

 はぁ……ほんとに手がかかる人だなあ。

 瞬間移動何度かやって、強制連行だな。

 でも、こんなのも悪くない。

 僕はこんなナスカがとても気に入った。

 ハムサンドのハムがとても嬉しかった。

 だから僕は君の一生を見守るよ。

 ……でないと君は人がよすぎて人生踏み外すからね。


 借金は半月で完済した。

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