【終焉】 Act.8
半死半生でグッタリした僕が連れて行かれたのは、冒険者ギルド本部だった。
お屋敷みたいな大きな建物、僕が知ってるギルドとは全然違う。
ここは普通のギルドと違って、実際に登録者が集まってたりする建物じゃなかった。
きっとデスクワーク専門だ。
ここが本部なのかあ。
……その節はいろいろとご面倒をおかけしました。
ティアマト2頭事件は害獣災害認定されて、国から補助金が出たんだよね。
傾きかけたギルドとシティは補助金で救われた。
でも報酬は分割払だったけど。
シティの復興が何より急務だったから。
グレイが取り次ぎを頼むとすぐに上の階に案内された。
上質だけど派手さはない、ちょっと冒険者っぽくない造りだな。
応接室に通されて、先に来てたおじさんが迎えてくれた。
50代くらいかな。体格は少し筋肉質。もみあげから顎まで髭をたくわえてるけど、スッキリ切りそろえられてる。
そうか、冒険者ギルドっていうから全員が冒険者や戦闘魔術師だと思ったけど、この人はたぶん〝ギルドに就職した人〟なんだな。
そうだよね、そういう人がいないと組織が立ちゆかなくなるもん。
名乗って握手して、向かい合わせにソファに座った。
一番偉い人、ジェネラルマスターというようだ。
「ご多忙のところ押しかけて申し訳ありません」
「いやいやとんでもない。そちらは落ち着かれましたか?」
「はい、おかげさまで滞りなくすべて片付けを終えました」
「今後は討伐を?」
「微力ながら人々の役に立ちたいと」
「微力とはまた謙遜を。あなたと守護猫で一個師団に匹敵するというのに」
一個師団……兵隊1万5000人くらいだっけ?
まあ、本気になったらそれくらいかもしれない。
でも戦争には出たくないな。どんな国の人でも殺したくない。
ひとりでも殺したら、僕は魔獣じゃなくなるんだと思う。
「それで、私に折り入っての用件とは?」
グレイは小さく咳払いした。
「実は、この子……ルイを、冒険者ギルドに登録して頂けないかと」
——はぁ?
ジェネラルは無言で、グレイの膝の上にいる僕を凝視。
「——猫を?」
何の冗談だと僕も思ったけど、グレイは本気だ。
「この子は300年間、ヴァルターシュタイン家を守ってきました。それはすなわち、ヴァルターシュタイン家しか知らないということです。コールサルトの寿命は誰も知りません。先のことを考えると、できるなら登録しておきたいんです」
「……登録して、何を?」
「この子はフレイヤ様から自由を授かった。いつか旅に出るかもしれません。もしとても珍しい魔物の素材が手に入ったら、ギルドは潤うと思います。でも登録者でないと素材をギルドに卸せません。ルイも食べなくてはならないから、狩りは必須になると思います」
食べなくても大丈夫だけど口寂しいのは嫌。
「いや、しかし、いくら何でも猫では、交渉も何も……」
グレイは僕の背中をなでながら言った。
「他言無用でお願いします——この子は人と会話ができます。知能は成人と同等、もしかすると少し上かもしれません」
静まりかえった応接室。
「初めましてジェネラルマスター。僕はルイ、よろしくね」
「こらルイ、お行儀が悪い。目上の人には丁寧な言葉を使いなさいって……」
「僕は自由な猫だから、誰に対しても上にも下にもならないよ。相手が王様でもね」
「君はまったく……」
「大丈夫。ラブリーだからみんな許してくれる」
「……確かに会話が成立している……」
ジェネラルマスターは呟いて、腕組みして悩んでる。
「コールサルトは人語を解するのか……うかつなことは言えんな」
「魔獣の大半は人間の言葉わかってるよ。話せないだけ」
「恐ろしいことを言うな、冒険者も魔術師も震え上がるぞ」
「普通にいい関係なら問題ないよ。よくよく問題があればショップに駆け込むんだから」
「うーむ……300才のコールサルト……どんな獲物を狩るんだ……」
「ティアマトが出れば3分で狩るよ」
「待てっ! ギルドがパニックになる!」
「時間差でつがいで出るからね、殺りやすいけど後が面倒」
頭を抱えたジェネラルマスターが、気を取り直して僕に訊く。
「ルイ、お前は素材を何と交換する?」
「そうだね……やっぱりお金かな」
「猫がどうやって金を運ぶんだ?」
「マジックドロワー持ってるよ」
「それを、何に使う?」
「そうだね……きっと誰か助けちゃうんじゃないかなあ。ヴァルターシュタイン家の人たちはみんな、寄附をしないと死ぬ病気だったんだ。僕も300年一緒にいたから、毒されてるかもしれないね。冷静にして勇敢、人々のためにって」
ジェネラルマスターが、ニヤって笑った。
「わかった。面白い、登録しようじゃないか。しかし、人間以外の登録料は規定がな……」
そこで、グレイが隣に置いてたマジックバッグを開けた。
「金貨1000枚で永久登録にできませんか?」
「き、金貨1000……」
「猫ですし、更新手続きが事実上できないと思うので。サインはできるんですが紙を切り抜いてしまうから」
「レザークローか……いや、それにしても1000枚というのは」
「寿命不明なので。何より私が安心なんです。そうさせて頂けませんか?」
交渉成立。
僕は金貨1000枚で冒険者ギルドに永久登録された。
でも会話するのはギルドマスターと解体職人だけ。
契約の発効は最後の当主が亡くなったら。
ジェネラルマスターから書き付けをもらって、僕はそれをドロワーに入れた。
「どうせなら魔術学校の校長にも話を通しては?」
「校長に、ですか?」
「魔獣なのだから、学生たちの役に立てるかもしれん」
「そうですね……なら学術庁にも予約を取らないと」
「魔術学校統括部の部長が大学の同級だ、すぐに会える」
馬車で学術庁に行ったら、アポなしですぐに会えた。
何しろ大学に貴重な蔵書を寄附して多大な貢献をしているので、お待たせなんてしない。
部長さんは僕が話したらジェネラルマスター以上にビックリしたけど、すぐに打ち解けてくれた。
すべての魔術学校と魔術大学でフリーパス。話をするのは校長や学長とだけだけどね。
「ところで寄贈頂いた蔵書ですが、素晴らしいものでした。目録を拝見しただけで目がくらみました。おかげで学生たちの学びの糧が増えました。別館の建築は順調です、もう開館が待ち遠しい」
「別館には私も訪ねてかまいませんか?」
「もちろんです! 開館式にも是非ご出席ください」
「ありがとうございます、是非伺います。……魔術の魔術による魔術のための魔術、という本の内容が気になっていて……」
ジェネラルマスターと部長さんが急に大声で笑った。
「あれは魔術師をとことんこき下ろした名作ですよ! 魔術師を目指すなら、また魔術師なら必読書です。どれほど素晴らしい職業か理解できますからね」
ならば僕も読まなくては。
そしてもちろん後日読んだんだけど。
猫でも思わず大爆笑しそうなほど。
笑える人は魔術師に向いてる。笑えなければセンスがない。
それがわかるすごい本だったよ。
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