【終焉】 Act.6
さすがに脱獄してすぐは襲って来ない。
警察の警戒が厳しいから、特攻かけたら即逮捕。
でも本当は警備態勢が固まる前に可能な限り速攻かけて、殺して盗んで逃げるのが一番効率的だったんだけど。
囚人服でもいいじゃないか、真っ昼間だって関係ない。
脱獄なんて切羽詰まった環境に飛び込んだのに、そういう守備の意表を突くような破れかぶれの手に出られないのは、テッドが自分を賢いと思い込んでるからだ。
間抜けには間抜けにふさわしい戦術があるのに。
スミスさんの勧めでAランクの冒険者を6人、内部警備に雇った。
さて、彼は何日後くらいを〝ほとぼり〟と考えているのかな。
戦術として冷静に考えるなら最低でも2週間以上なんだけど、彼には補給がない。
人間は食べなきゃ生きられないから、食べ物を調達しなきゃならない。
脱獄囚でお金はない。
となると手段はふたつ。食料を盗むかお金を盗むか。
奪うと強盗になるから罪が重くなる。
まったく、闇堕ちした人間は醜くて浅ましい。
にしても。
たくさん家財を売った屋敷には、隠れるところがあまりに多い。
空き部屋には技術魔術師さんに頼んでトラップを仕掛けてもらってる。
朝、食事を終えた頃に警官がふたり来た。
「昨夜、強盗事件が2件起きました」
1件目は服とお金、2件目はお金でしょ。
「1件目で犯人は服を奪っています。被害者の証言によると同一犯の可能性が極めて高いです」
「市立図書館の植え込みに囚人服が脱ぎ捨てられていて、胸の囚人番号が破られていましたが、サイズを問い合わせたところ、逃走中のテッド・ヴァルターシュタインのものと同じでした」
ああ、やっちゃったか、強盗。
「どちらも被害者がケガをしたので、早く逮捕する必要があります」
強盗傷害ね。
殺さない程度にあと3件やってくれたら助かる。終身刑だ。
でもそれくらいは常識だから、近いうちに仕掛けてくるかな。
時間をかけてて捕まったらバカ丸出し。
こっちが守りを固めてることくらい、わかってるだろう。
逆に、ひとりでも護衛を倒せば武器が手に入る。
「……逮捕されたら、刑期が延びますよね……?」
うつむいたグレイの声が細い。
「お気の毒です」
警官の声は同情含み。
「私が聞いた感じですと、強盗2件で14年、脱獄5年、さらに脱獄前の刑期が判決時の1.5倍かかってくるので、これまでの服役分が流れてしまい、25年くらい服役することになろうかと」
と、スミスさんは午後のお茶の席でグッタリ。
「これ以上重なると、1件あたり1.5倍になります。いくら軽傷にせよ、あと3回強盗をやれば終身刑です。かすり傷でも強盗傷害は5回で終身刑。刑法で定められています。国王陛下の恩赦でもない限り、刑期は変わりません」
恩赦もらえるご身分じゃない。
「王家で冠婚葬祭でもない限り無理ですよね……」
「たまにあります。長年服役した受刑者が寿命を迎えた場合、恩赦で釈放して外の空気を吸わせてやる……純粋な慈悲です」
そうして考えると、この国の王族は常識的で慈悲深い。
4回くらい王家変わってるけど、そのあたりは同じだ。
そうじゃない国もいくつかあるらしいから、この世界は平等じゃない。
もちろん、この国だっていつ誰に奪われないとも限らない。
外敵なら国軍の魔術師部隊がいるし、よほどのことがなければ守れるけど、内部からだと防衛は難しいからね。
討伐も、権力も。
「今のところ問題はなさそうですね」
「ええ、3交代で常に警備されていますから」
「戦闘科で体術の心得がありますし、体格もいいですからね……面倒です」
魔力封印されててよかったよ。あれでも次期当主だったんだ。
今のあいつに魔法なんて凶器でしかない。
「さて、あともう少しです、頑張りましょう、グレイさん」
当初の推測を大幅に上回り、事件から2年ほど、やっと清算も終わりに近づいた
そもそもの家財があれこれと多かったのに、隠し資産出てくるし、みんな何故か別荘や別邸を忘れきっててまた大騒ぎして。
グレイは別邸に住むことになってる。
ダイニングとリビング、部屋が8つ。
子どもが5人くらいいても住めるね。
リストと戦い、業者さんと打ち合わせをし、夕刻、スミスさんが席を立った。
「今日の夕食は我が家でご一緒しませんか?」
「ええ、お誘い頂いて嬉しいです」
実は僕が告げ口した。
グレイの〝料理〟のひどさを。
魔獣に対する虐待だ。
「では私は一足先に帰ります。また後ほど」
「はい、また後で」
スミスさんが出て行って3分もしない——外から知ってる声がした。
「出て来いグレイ! さもなくばスミスを殺す!」
グレイがあわてて立ち上がって窓の外を見る。
ちょっと声が出なかった。驚きすぎて。
僕は耳を寝せてそーっと、重力魔法でこっそりと窓から状況をうかがった。
奪った服に着替えたテッド、スミスさんを背後から左腕で抱き込んで、右手を首に突きつけてる。
手元がキラッと光った。
あー、そういう手があった。だてに戦闘訓練受けてたわけじゃないか。
持ち手に布きれを巻いたガラスの破片だ。
耐久性はないけど鋭利な凶器。
戦闘訓練やってるから、3人くらいなら殺せるかも。
「出て来い! スミスが死んでもいいのか? 人を身代わりに命を惜しむのか!? 卑怯者め! 貴様にヴァルターシュタイン家の当主など名乗らせるわけにはいかん!!」
窓を開け放ってグレイは兄を制止するけど。
「今ならまだ懲役で済む、でも強盗をした上に人を殺したら、無期懲役じゃ済まない! もうやめてくれ、兄さん!」
「知ったことか。俺はお前を殺すために脱獄した。次男のくせに当主を名乗るお前を、正当な後継者として排除するためにな!」
「兄さん……裁判で有罪になった時点で、次期当主ではなくなったって、一族の総意だって、面会で伝えたじゃないか……」
「お前とスミスがグルになって、俺を騙した。そしてすべて独り占めして売り払って、外国にでも逃げるんだろう、この盗人が! 800年の輝かしい歴史をブチ壊しやがって!!」
目が血走って瞳孔が開いてて、極度の興奮状態。
誰に似たのか知らないけど、戦闘魔術師になれる器じゃなかった。
よく適性試験をすり抜けたな。
だけど……ひとつの家が800年続くなんて、歴史的には長すぎる。
今が、朽ちるべき時だったんだ。
「出て来い、地面に伏して罪を認め詫びろ! 処分したものはすべて取り戻せ、すべてを元通りにして正当な当主である俺に引き渡せ!!」
あーやだ、ほんっとにあいつ思い出す。
テッドの方がずいぶんまともな人間だけど——まともではないか。
「聞こえないのか? 出て来なければスミスを殺す、俺はそう言ったんだ……やらないと思って舐めてるんだな……?」
で、こういう時はたいていこういう展開になる。
「護衛! グレイさんの警護を!! 絶対に出てきてはダメです、ヴァルターシュタイン家はまだ閉じられていない、この家の主と資産を管理するのはスミス家代々の責務なのですから!!」
そうすると、次はこうなる。
「やかましい! この似非弁護士め!!」
そしてテッドがさらにグレイとスミスさんを脅すために、破片の先を首に少し刺す。
さ、僕の出番だ。
転移魔法でテッドの背後に出ると同時に微弱な雷魔法を使って体を痺れさせる。
スミスさんを放したところでバインドをかけて拘束。
2秒、ちょっと遅かったな。
転移、雷魔法に0.8秒、拘束に1.2秒。
結果よければすべてよしだ。
地面に倒れたテッドが目を細く開けて僕を見た。
「……ル、イ……きさ、ま……」
バカだね君。幼少時からずっとつき合いがあったのに、僕がこの家の守り猫だっていうのを忘れてた?
どうして眼中になかったの?
牢屋に脳みそを忘れてきた?
グレイを殺すことしか頭になくて、他のデータが吹っ飛んでたんだな。
スミスさんの首を刺した瞬間、君は自爆したんだよ。
僕は君に対して魔法を使った。保護法違反だ。
だけど使ったのは微弱な雷魔法と、制圧が目的の無害な拘束魔法。
正当防衛で無罪だ。護衛の冒険者も証言してくれる。
凶悪犯の逮捕に貢献したって、感謝状をもらってもいいくらい。
グレイが飛び出して来て、スミスさんの首にハンカチを当てた。
「ルイ、神聖魔法!」
護衛さんが近づいて来たからささやきます。
「治すと脅迫と拘束と殺人未遂の証拠がなくなるからダメ。ちょっと痛いかもしれないけど、少しの間我慢して」
「殺人、未遂……」
「そんなつもりはなかった、なんて言い訳は利かないんだ。……法律は守らなくちゃ」
テッドの拘束魔法は、警察がテッドを拘束してから解除した。
ああ、ご飯も食べてないのに、事情聴取に行くんだね……。
虐待だ、こんなの。
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