【終焉】 Act.5
資産の確認もずいぶん進んで。
スミスさんが作るリストの冊数がすごい。
他にも仕事があるはずなのに、いつ休んでるんだろう。
昨日から古書屋さんが来てて、蔵書の評価を始めた。
「こりゃいっそ専門の図書館でも作った方がいいですよ」って、何度も言ってる。
これはあれだ、魔術書専門店作っちゃって、一括まとめてこれくらいで売ってくれ——っていう魂胆だ。
「絶対に乗っちゃダメだよー、買い叩きと手抜きでしかないからね」
「さすがにソファセットじゃないからね、まとめていくらってわけにはいかないよ。本当ならお金で売り買いなんて論外な本もあるんだから」
そして今日、魔術大学から使者が。
蔵書すべて、一括で欲しい。
ただしタダで!
何故なら蔵書を収める別館を作る建設費がいるから。
グレイはちょっと首を傾げて「それも将来に対する投資だね」って、あっさり寄贈を決めてしまった。
大学側のあまりの潔さに当てられたのかもしれない。
古書屋さんは手間賃と交通費を受け取って帰った。
買い叩きなんか画策しなければよかったのに。
大学は何日もかけて荷馬車数台で、目録ごと蔵書すべて運んでいった。
家具はアンティーク家具のお店が。
貴金属は贔屓だった宝石商さんが。
いろんなものが売れていって、どんどん屋敷の荷物が減って、寂しくなるかなと思ってたけど、何か少しホッとしてるような部分もある。
そして、素晴らしい事実が判明。
やっぱりあった、隠し資産。
っていうか、万一のための保険だ。
もし街が戦に巻き込まれたりして、復興にまとまった金が必要になったらって、呆れる金額が銀行に入ってた。
それがかなり古い話で、銀行ができた時に預けたらしく、利息がすごいことになってた。
そして銀行の頭取さんが来て、一括の引き出しだけは許してくれと。
一括で出すと銀行潰れる、というか現状で全然用意できない——って、どれだけ大金なんだ! 銀行潰す金額って!
スミスさんも知らなくて、直面した現実に困惑してる。
グレイなんてソファにもたれて魂抜けかけてる。
「なんて質素な生活をしてたんだ、みんな……」
「確かに当主は討伐で忙しくて、散財してる暇なんてなかったよ。慈善活動でもしなきゃ、持て余してたんだと思う」
「僕はどうすればいいんだ、普通預金だって頭痛してるのに」
「銀行と財務大臣に話し合いしてもらって、分割で国庫に入れたらいいんじゃない?」
「そうしよう。そうすれば僕が悩まなくて済む」
グレイ、思考放棄。
晩ご飯、グレイは最近始めた料理の腕を振るって、角切りのハムと魚の缶詰を出してくれた。
「ここを出たら本当に独り暮らしだからね、全部自分でやらなくちゃ」
「そうだね……掃除と洗濯はともかく、お願いだから料理だけは先に上達して」
こんな食事はたぶん、ここに来て初めてだ。
ああ、クレアやミリアのご飯が恋しい……。
「っていうか、キーパーさんひとりくらい連れて行きなよ……それが近道だ」
「考えてはみるよ」
って、グレイはパンにハムを挟んだだけのハムサンド頬張ってる。
喉に詰まって悶絶してる。
「飲み物くらい用意しなよ、水だっていいじゃないか」
胸に手を当てて、何とか立ち上がったグレイ。
「ごめんね、水魔法持ってなくて——って、君、持ってるじゃん」
気がついて、自分の指吸ってる。
「死ぬかと思ったよ……」
「清算が済むまで死ねないから僕をバディにしたんでしょ。僕の手に負えない失敗だけは勘弁して」
あんまり美味しくない晩ご飯食べてたら、お客さん。
けっこう気配が物々しい。
警官数人。
テッドが脱獄した。
当分の間、周辺を警戒してくれるって。
やっぱり来たかって感じ。
「案の定バカだったね。おとなしく服役してればよかったのに」
「兄さん、どうして……」
「闇堕ちしたってことでしょ。君の新たな旅立ちを見送るためとは思えない」
さすがにグレイの表情は暗い。
ほんと、骨肉の争いほど気が滅入ることはないね。
300年の間に何度かあったけど、そりゃもう確実に仕掛けた方が負けるわけ。
だって不動なんだよ、次期当主と当主っていう立場は。
長男だから。他の選択肢ないから。
でも元次期当主対次男当主っていうのは最初で最後の対決だ。
バレルの時と違って魔道具を使うのは無理。
脱獄囚には時間もお金もない。
捕まったら刑期が延びて監視が厳しくなる。2度目はない。
だから一発で決めに来る。
武器を入手できるとは限らない。魔法も使えない。
テッドが唯一、確実に使えるのは体術。肉弾戦。
徒手だとグレイには勝ち目がない。だけどもしテッドが素手で襲ってきたらグレイは得物を使わないだろうし、まして魔法なんて使わないだろう。
せっかく脱走したんだから、自分は無傷でグレイを殺して金目のものを奪って、できる限り逃げ延びたいだろうね。
さて、どんな作戦でくるかな。
僕の対策は簡単だ。
断じて、何が起きてもグレイのそばを離れない。
たったこれだけ。
向こうは悩みまくってるんだろうにね、僕の対策はシンプルだ。
「落ち着いてグレイ。僕に任せて。僕は300年間ヴァルターシュタイン家当主と共に討伐してきた。いくら次期当主だったとはいえ素人のテッドなんか敵じゃない」
「殺したりしないよね?」
「彼には監獄に戻ってもらう。殺されるより苦痛で屈辱だろうから」
グレイは困ったような笑みを浮かべてる。
「容赦がないんだね、ルイ」
「君は討伐に出てないからね……敵は殺すのが一番簡単なんだ。殺さないのはちょっと手間なんだよね。無罪釈放ってわけにはいかないんだから、牢屋に帰ってもらわなきゃ」
「そうだね……ちゃんと罪を償ってもらわなくちゃ。法律に従って」
そうだよグレイ。中途半端な情けなんかかけちゃダメなんだ。
物事には道理がある。逸らすとひずみが出る。
ひずみは悲劇しか招かない。だから道理に従う。
「心配いらないよ、グレイ。君にはヴァルターシュタインの守り猫がついてる」
面倒くさいけど、これだけは決着つけないと。
本当は殺しちゃえば後腐れないのになあ、魔物堕ちしたくはないので殺人はしない。
ここで再逮捕されたって、どうせ20年くらいで出てくるんだよね。
……グレイには腕利きの戦闘魔術師を娶らせよう。
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