【終焉】 Act.4
グレイは僕と契約したけどギルドには登録してない。
腹を括ってしまったので、資産整理に全力で取り組んでる。
魔術学校卒業時のグレイの最終成績は冒険者ギルドEランク相当。
登録すると、働かずにいるとランクが下がる。
だけど登録しなければ、仕事をしなくても卒業時の成績のままでいられる。
でもさ、ほんとに現状でグチャグチャなんだ、家の中。
「何でこんなことになってるのさ、整理どころか屋敷じゅうメチャクチャだ」
くしゃみをして苦情を言ったら、本をチェックしてたグレイが笑った。
「すべてを整理するためには、いったん全部出さなくちゃならないんだ」
グレイは本の題名といつ購入したかを確認して目録を作ってる。
本の裏表紙に家の紋章のハンコが捺してあって、下に買った日が書かれてる。
230冊あたりまではスミスさんの甥っ子君がやってくれてたんだけど、グレイが引き継いだ。
蔵書目録があったらしいんだけど、いつから見当たらなくなってるのか誰も知らない。
僕が知る限り、レスタの代まではあった。
犯人はジルか……?
性根を入れ替える前のあいつなら十分あり得る。
というわけで、改めて作成中。
正確に作らないと買い取ってくれる人と揉めかねない。
「いつ終わるのさ、これ」
「僕に訊いちゃダメだ、ベッドに逃げ込みたくなるから」
「ねえ僕討伐に行っていい? たまには遊びたいよ」
「討伐が遊びになるのは君だけだよ。むしろ僕こそ討伐に行きたい」
「マジックバッグに図書室入れて?」
冗談でも言ってなくちゃ、やってられない。
でも、できるだけ早く片づけてしまわなくちゃ。
テッドが釈放される前に……脱獄だって絶対にないとはいえない。
ややこしいことになる前に、なるべく早く。
「でも、破産で資産整理するわけじゃないから楽だ」
「そうなの?」
「破産だと管財人が入って、ものすごく面倒くさいんだ。うちは自己精算だから、片づけて売れば済む話だからね」
「……そうか、破産だと誰かに借金があるから、財産を処分して払わなくちゃいけないんだ。隠されたら困る」
「そして多くの場合、財産を全部処分しても足りないんだな」
「よかったね、借金がなくて」
「売り掛けが残るから、ちゃんと払いに行かなくちゃ」
「売り掛け……市場の買い物とか?」
「普段着とかも。高く見積もっても金貨200枚くらいかな」
「けっこうあるね」
「9月末に1年分清算してるそうだよ。……えーっと、魔術の魔術による魔術のための魔術って、どんな内容なんだ」
「開いたら負けだ、グレイ! 前任者はそれで何度も痛い思いしてる!」
「そうだった。もし面白い本だったら半日潰すところだった」
「どうせ売るんだからドライにいこう」
本当にいつまでかかるんだ、この作業……見てるだけで倒れそう。
スミスさんの姪っ子さんが言うには、いろんなところで管理がしっかりした家らしい。
宝飾品は長く大切に使われてて、デザインが古くなったこの指輪は宝石店でこうリメイクした、とか全部書き残してあるそうだ。
何てちゃんとしたお金持ちなんだろう。さすがヴァルターシュタイン家。
どれもいい品物だけど退くほど高価なものはないって。
800年続いた名門で、衣装部屋に宝石があふれてないなんて、逆にどうなのかとも思ってしまう。
大地主だよ? 寝転がってたって莫大な借地代が入ってくるんだよ?
歴代当主はみんな慎ましい奥さんをもらってたんだなあ。
——どれほど蓄えがあるのか、恐ろしい。
「ところが、卒倒するほどの蓄えはないようです」
お茶の時間、スミスさんが言った。
「どの代も慈善活動に熱心でいらしたので、莫大な財宝めいたようなものは記述が見当たりませんね」
「慈善活動?」
「主に教育です。古くなった校舎の改築や寮の整備、シティ内だけでなく全国に寄附をしています。国から何度も受章していたようですが」
グレイ、キョトンとしてる。
「……見たことがないですね」
「金庫に800年分放り込まれていましたよ。誇るような人々ではありませんでしたから」
褒め甲斐のない一族だ。
「それでもまだ相当あるんでしょうね……必要な分だけ手元に残して、国とシティに寄附してしまいましょうか」
やっぱり君もヴァルターシュタイン家の血筋だな。
寄附しないと死ぬ病気なのか。
「あなたの生活再建と使用人たちの退職金……ルイに功労金?」
「猫にお金なんて渡してどうするんだ。じゃれて遊べって?」
グレイが下唇に人差し指を当てて視線を伏せた。
考え事をするときの癖だ。
「……そこは後で改めて考えます。そうだ、どうして失念してたんだろう」
何のことかわからないけど、グレイに任せておけば大丈夫だろう。
そしてまた連日、資産整理の準備は続く。
「家宝の品々はどうしますか? 売却を?」
「うーん……シティの方から、もし屋敷や魔法関連の動産の寄贈を受けるなら、魔術博物館として家宝の展示もさせてほしいという話があって」
「じゃあもういっそ全部丸ごと渡しちゃいなよ。テーブルもソファもシチュー鍋も」
「魔法の鍋ならそれもよかったけど、普通の鍋だから」
「博物館ということであれば、ごく貴重な一部の蔵書だけ寄贈などどうですか?」
「全部もらってもシティも困るでしょうね。市立図書館を改修することになるし」
「……シティとしては。あれは絶対に欲しいでしょうね」
「あれとは?」
「ロランが書いた魔法結界の研究書だよ」
グレイが一瞬、唇を結んだ。
ヴァルターシュタインの至宝3点。
カタナ2振。
黒猫ルイ。
魔法結界研究書。
それを寄越せと言ってくるなら、なかなかだよね。
たぶんカタナも寄越せと言ってくる。
僕は凶暴な猛獣だから、さすがに欲しがらないだろう。
「そういう話が来たら、ルイはどうするの?」
「何もしないよ」
「ありかを知ってるのは君だけだ」
「あの研究書はね、魔法のバリアに包まれて表紙だけをみんなが観賞するものじゃない。魔法結界の習得に行き詰まって苦しむ人だけが読んでいいものなんだ。苦しみ抜いて結界を会得したロランだからこそ、5年もかけて後進のために書いた。飾り物なんかにされてたまるか。いったん渡したら誰にも絶対に貸さないだろうからね」
「……正論です、ルイ。同感です。実用品であって観賞物ではない」
「研究書の権利は君にあるよ。それと」
と、ひと呼吸おいて、グレイは微笑んだ。
「ナギとナミ、あれも君のものだ」
カタナ2振。
ロランの愛刀……。
「君たちがバディとして命がけで戦い抜いた証だ。君以外には所有する権利はない」
「——ありがとう。ちゃんと守るよ」
研究書とカタナ、僕が引き継ぐ。
どちらもロランの魂。
僕の宝物。
のちに寄贈に関する会議の場で、グレイは目録から抜けてる家宝について明るく言ってのけたそうだ。
「当家の至宝ですか? 困ったことに研究書はまったくの行方不明、カタナはいつの間にか模造刀にすり替えられてましたー。あるのはコールサルトだけです。博物館の警備猫になさいますか?」
おとなしい顔してクソ度胸があるのは,やっぱりヴァルターシュタインの血か。
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