【終焉】Act.3
無造作に外部の人間に手伝わせるわけにはいかないので、身内だけでやることになる。
ハウスキーパーさんたち総出。
全然数が足りないから、信用できる人、古株キーパーさんの推薦やスミスさんの甥御姪御さん、数人足して総チェック開始。
日常業務もやらなきゃならないから、猫の手も借りたい。
でもごめん、僕は魔物は倒せるけど荷物整理はできないんだ。
これは長丁場になる。半年どころじゃない、1年以上かかるよ。
純粋に家の資産だけ。個人の所有物は含めない。
グレイのペンや教科書は私物だから資産じゃない。
でもリビングのテーブルやソファは私物じゃないから資産。
で、テーブルやソファだってそのまま記載ってわけにいかなくて、専門家に時価を出してもらわなくちゃならない……と、スミスさんが言ってた。
じゃあ本も?
図書室だけでも何か月かかるんだ?
気が遠くなる。
だけどグレイは学校に行く。
これまで帰りは歩いてたけど、今は忙しいから馬車で登下校。
「大丈夫? 勉強進みそう?」
「厳しい……家がざわついてるから」
「教室や図書館でやったら?」
「何だか、忙しくしてるみんなに悪くて」
「何言ってるんだ、学生が勉強しなくてどうするの」
「でも、家はなくなる」
「でも君は生きていく。屋敷と心中するわけじゃない」
「……そうだね、君は正しい」
そう言って、グレイはちょっとだけ笑った。
「お父様がルイを家の至宝って言ってたのが、わかってきた」
「ちょっと狩りができる、ただのラブリーな子猫だよ」
そしたらグレイが愉快そうに笑った。
「ラブリーって自分で言うんだ」
「僕をそう呼ぶ同僚がいたんだ。ロランがSSになった時2頭目のバディにした犬さ」
「あ……確かケイだね。ものすごく陽気で懐っこかったって伝記に書いてあった」
ここにも暗記するほど伝記を読み込んだマニアがいた。
「2度目のティアマト討伐、1行しかなかった」
「拘束魔法かけて、グラビティソードで首斬って、ロランのバッグに入れただけだから」
「漆黒のティアマトと純白のティアマト、つがいで並んだら綺麗だろうね」
「それを始末するのは誰ですか」
「どうだろう、少なくとも僕じゃない」
こんなふうに、少しでも気持ちを解してあげるのが今の僕の仕事。
体、確実に鈍る。
でも保証人やれる魔術師がいないし、たぶん訓練所も僕を入れてくれないな。
SSオーバーの300才の子猫なんか、どこも預からないよ。
仕方がないから森で暴れよう。
しまった、魔法の練習場がもう老朽化し始めてる。
いや、老朽化っていうか僕が悪いんだけど。
「グレイ、お願いがあるんだけど……」
「何だい?」
「魔法の訓練場、直せるかな……暫定的な補修だけでいいんだ」
「え? あんな建物が壊れるの?」
「んー……先日アイスロックの練習をしたら、床が一部、ピシッと鳴ったので」
「一族筆頭の大叔父様に相談してみるよ。当主は僕だけど未成年だから」
一族。
本家の閉店が決まって、財産云々言ってきそうな奴が2人ばかりいたんだけど、さすがに犯罪絡みでの店じまいだから、火事場泥棒みたいな真似はできないらしい。
世間の目は厳しいからね、余計なことはしないに限る。
右手が不自由になってしまった被害者には、スミスさんに補償の交渉をしてもらって、金貨1万枚を支払った。
一生もののケガだから、それくらい払わないと。
ヴァルターシュタイン家がお金持ちでよかったよ。
ただ、問題がひとつ浮上している。
補償金全額、一括で渡したのはまずかったかもしれない。
大金に舞い上がって、一家総出で散財しまくってるらしく……スミスさんはうちで管理して分割で渡すべきだったって後悔してる。
僕も、彼の未来が少し不安だ。
その後。
グレイ、さすがに少し成績下がっちゃったけど、無事に魔術学校を卒業して、宣誓式の日、18才の成人を迎えた。
新人魔術師たちはみんな家族でお祝いの食卓を囲むだろうけど、グレイには誰もいない。
お祝いの料理は作られてて、スミスさんがテーブルに着いてくれた。
成人だけどちょっとお酒を飲む気になれないって、グレイはぶどうジュースでスミスさんと乾杯した。
まあねぇ、修羅場の発端が酒だからね。
「兄はまだダメですか?」
「ええ、誰にも会いたくないそうです。会っても悪い話しか聞けないと」
僕はスープを舐めてひと言。
「あれ以上悪い話なんかどこにあるのさ」
「まあ、そうだね」
「いっぺんに聞けてよかったって考えられないのかな? 毎回小出しにされる方が辛いと思うけど。悪い話の定期便」
「兄さんは全貌を聞く前に面会を拒否しただろうね」
「ところでグレイさん、ギルドへの登録は?」
「明日は混むでしょうから、2〜3日後にでも」
「バディはルイ君で?」
「それは……」
煮え切らないんだよね、グレイ。
君が守っていた家はなくなるから自由になってもいいんじゃない? とか、脈絡のないこと言ってる。
僕はいつだって自由だったし、これからも自由。
「……ルイ君はどうなんです?」
まるでお見合いだぞこれは。
「僕がいた方がグレイは安全なんだけどね、あっちが渋ってるんだ」
「それはもちろん、ほぼ絶対に等しい安全性ですよ、敵がなんであろうと」
「テッドでもね」
シュールな話なので、空気が冷えた。
「300年前の聖堂の惨劇事件、僕は当事者だ。犯人は魔力がゼロだった、でも無資格魔術師に頼んで呪いの武器を作った。いつ何が起きるかなんて天主様しかご存じない。ううん、天主様だって、まさか聖堂前で呪いを使うような愚か者が出るとはお思いにならなっかったろう。だからお怒りになって神託を降ろしたんじゃないかな」
ふたりとも黙ったまま。
「僕はテッドを信じてない。むしろ真っ黒になって釈放されてくるよ。何も起きなければそれでいいけど、起きないと断言なんてできない。怒り狂ったあいつからはバレルの……聖堂前の犯人の臭いがした」
「……兄さんは、僕を殺したいのかな?」
「強制労働させられて牢獄で過ごしてる間に、彼は自分が手にするはずだったもの全部、指先が触れる寸前で失った。だから悔しいのはわかる。だけど彼が口にするべきだったのは怒りではなく深い自己反省。最悪の瞬間のリアクションがその人の本性。なので僕は彼を信じない——理に適ってない?」
ぼんやりしてた感じのスミスさんが我に返って瞬きをした。
「魔獣にしておくのは惜しい、君は弁護士になるべきです」
「ペンを持てたらそれも悪くなかったね」
ロランが文字を教えてくれたから読めるけど、書けません。
一度、爪の先にインクを付けて試したら紙が綺麗に切れた。
「もしテッドが真剣に向き合うなら面会拒否なんてしない。胸の中にある思いを言葉にして出すと、人間の気持ちは少しずつでも軽くなるのに、あいつはそれを拒んでる。それは自分の中に闇を作る行為。時間が経つごとに圧力が増して危険になるんだ」
スープはまあまあ美味しい。
ふた口舐めた。
「このスープと同じ。サラサラしたスープは少しくらい手にかかっても火傷にはなりにくいけど、もし濃度が高いシチューだったら火傷だ。煮詰まった怒りは人を傷つける」
「兄さんはどうして……あんなことをしてしまったんだろう……」
「もともと、ちょっと沸点が低めの性格だったからね。ロブに何度も注意されたのに直らなかったから、いずれ何かやらかしたと思うよ。……たまーに性格ヤバい奴が生まれるけど、長男にそれが出たのは初めてみた。ロブか、その前のサイモンが何かしでかして、天主様の祝福を失ったのかも。サイモンかもしれないな……色に弱かったから」
でなきゃ、こんな惨状にはならないでしょ。
長男罪人、お父さん突然死、お母さん事故死。
グレイはとても誠実な子だから、天主様がお目こぼしくださったのかな。
全滅しても天主様に損害なんかないもん。
家屋敷も家財も散り散りになっても問題ない。
でも、家を整理する役目を天主様はグレイに授け賜うた。
「グレイ、天主様はきっと君を信じてすべてを整理しなさいと仰せなんだ。君なら必ずやり遂げるってお信じくださってるんだよ」
グレイは小さく頷いた。
「僕ももう子どもだなんていい訳はできない。成人として、当主として、自分がなすべきことを必ず成し遂げる——君の話を聞いて、覚悟した」
ジュースで唇を湿らせて、グレイは顔を上げて言った。
「僕はヴァルターシュタイン家25代当主として、塵ひとつ残すことなく歴史を清算する」
立派な当主だよ、君は。
「すべてを見届けるまで僕は死ぬわけにはいかない——ルイ、僕のバディになってほしい」
「魔獣として最低限の正当な権利がもらえればね」
「? 学校では何も教わらなかったけど」
「1日2度のご飯、3度のおやつ、昼寝適宜。ただし平時に限る」
「大袈裟だなあ君は。どんなことになるかと思ったじゃないか」
スッキリした声で、グレイが笑った。
テッドの事件以来、久しぶりだった。
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