【終焉】Act.1


 それは呆気なく訪れた。

 発端は次期当主、テッドの卒業試験合格の翌日の夜。

 同級生たちが集まって前祝いをした。

 テッドはちょっと大柄で、勉強も技術も次期当主としては合格レベルだった。

 この頃には学生も大半が成人してるから、まあほぼ酒席。

 ずいぶんと盛り上がったみたいだ。

 ところが。

 始まりはちょっとしたことだった。

 女の子とのダンスの順番を巡ってひと言ふた言。

 だけど双方、飲み慣れてないお酒が入ってたから口論にエスカレート。

 周りも酔ってるし、アルコール飲んでなかった素面の生徒が止めようとしても無理。

 じゃあ外に出て決闘だって、はぁ? っていう展開。

 いるよね、こういう奴って。酒に飲まれる。

 その片方が次期当主とは情けない。

 決闘なんていったって、つまるところは酔っ払いの喧嘩。

 殴る、蹴る。どつく。

 それで終わるはずだった……。

 顔面にクリーンパンチが当たって、カッとなったテッドが魔法を出さなければ。

 同級生が馬車でケガ人運んできて、治してくれって。

 連れてくるなっ、バカ! 呼べよ!!

 確かに呼びに来れば往復、連れてくれば片道、時間は早い。

 でも衝撃魔法受けた手なんか動かすなよっ。戦闘の座学で学ぶでしょ、ケガの応急処置。

 衝撃魔法のケガはむやみに動かすなって。

 骨が砕けてたり血管が痛んだりしてるかもだからって。

 でも技術科の子たちだった……しょうがない。

 実に残念なことに、酔いが回っていたテッドは加減というのを見失っていたようだ。

 そして幸いなことに、酔っ払っていたために照準がグラグラになり、生命に関わる場所を避けて右手首に当てた。

 右手首を中心に骨は砕ける、肉はグニャグニャ、神経も筋も寸断。指などで欠損が複数生じ、いくら神聖魔法だって元通りになんてできなかった。

 でも運んで来た子たちには言えなかった。

 現場でなら、もう少しなんとかなったかもしれなかった、なんて。

 18才成人のテッドはもちろん逮捕。

 卒業試験には合格したけど、まだ正式に卒業してない。

 魔術師になってないのに学校の外で魔法を使った、しかも対人なので魔術師法違反。

 さらに傷害。思いっきり問答無用の重傷で後遺障害が残る。

 魔術師はいろんな犯罪に関して、一般の人に比べて罪が重め。

 特に戦闘魔術師は素手でも武装してると見なされるので、いっそう重い。

 決闘相手は戦闘魔法と無縁な技術科、これだけでもう上乗せ確定。

 その子は右手に障害が残って、技術魔術師になるのは困難になった。

 救いのないことに回復系の魔法がなかった。

 回復術士への転向も不能。

 せいぜいできても、技術魔術師の助手だって。

 テッドは卒業取り消し、放校処分。

 魔術師への道は閉ざされた。

 そして次期当主は、間違いなく有罪で投獄確実。

 さすがにその称号は緊急の親族会議で剥奪された。

 家訓に激しく背く行為である。その通りだ。

 長男しか継げない決まりだけど、長男失脚。

 かくして800年あまり続いたヴァルターシュタイン家、ここに終焉。

 現当主は初代当主の遺言に従い、なにもかも清算して、家の歴史に幕を下ろさなくてはならない。

 当主も奥さんも、テッドの婚約者も、言葉もなく、泣く事もできずに数分間。

 最初にお母さんが泣き始めて、家族いっせいに大泣き。

 次男のグレイがうつむいて、泣きながら呟いた。

「いつか終わりは来るものだけど……こんなにあっさり終わるんだね……」

 だけどそれでは終わらなかった。

 800年の歴史が潰えてしまう、その心労が祟ったんだろう、

 当主が心臓発作で突然死した。

 僕は往診に出ていた。助けてあげられなかった。

 さらに当主の葬儀が終わるや、奥さんが馬車に轢かれた。

 ふらふら歩いてて、ふらっとよろけて馬車の進路に出たって。

 世間には事故だ自殺だって憶測が飛び交ったけど、死者は何も語らない。

 かくして青髪碧眼、17才になったばかりのグレイ・ヴァルターシュタインは、家の歴史に幕を引く役目を担わされ、一族の会議で当主になった。

 800年余の歴史で最初で最後、次男が家を継承した。

 青髪碧眼、初代と同じ髪と瞳を持つ直径子息。

 そういう運命だったんだろうか。

 だとしたら、ちょっと皮肉だね。

 ちなみにお父さんの遺言状を読んで僕がしゃべれるとわかって、すっ飛んで来たグレイは僕を椅子に乗せて正面に膝をついた。

「ごめん、時々おチビちゃんとか真っ黒ちゃんとか、変な呼び方して。これからはちゃんとルイって喚ぶから!」

 ん。反省すればそれでよろしい。

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