【危機】 Act.10
さて、気が重いけどレスタに報告しなくちゃ……。
家に帰ってキッチンに行って、ライザがバッグを外してくれて、僕はレスタの部屋に。
——行こうとしてたら、いきなり何か飛んで来て首に絡まった。
あ、これ、キャンセリングチェーンだ。
この家に来て200有余年、こんなぞんざいな扱いを受けたのは初めてだ。
2度目か。覚えてないけどバレルに蹴られた。
そのまま引きずられてジルの部屋。
僕は子猫だし、神足は速いだけでパワーはないし、魔法封じられちゃったし。
「お前、見てただろ」
「うん。一部始終。君が逃げた後の顛末まで」
「親父に言いつける気だろ」
「報告するよ、僕はレスタのバディだから」
「やめろっ! ち、ちょっと反論されただけじゃん」
「たかが反論で人は誰かを呪ったりしないよ。君が彼女の魂を傷つけたから、彼女はそれを差し出して呪うって言った。あれ、本気だからね」
「マジで、呪われる……? 呪いって禁忌だろ! 死刑だろ!」
「魔術師ならね。国家資格専門職技術の悪用だし、天主様に対する不敬だ。でも彼女は魔術師じゃない。ただ口にしただけで準備もしてない一般人が何で死刑になるの?」
「魔術師にならなくてもそこそこ魔力持ってる奴いるじゃん!」
「その時は大人しく呪われるんだね。でもたぶん大丈夫じゃないかな、彼女はもう救われたから」
「掬われた? あんなおっそろしい女をどうやって!」
「恐ろしくさせたのは君。話も聞かないで一方的に地面に引きずり下ろして、一方的に自慢話。普通キレるよ。あの時彼女に必要だったのは食事と慈悲。君は彼女をまったく観察せずに、正義感に偽装した軽薄な承認欲求を満たしたかっただけ。その結果、ヴァルターシュタイン家に泥を大量にぶちまけてくれた。この汚名はもう消せない」
「そんなの、親父に言わなき」
「君、大衆の面前で醜態さらしたんだよ? 明日を待つまでもなくシティじゅうに一気に広まる。ここで質問」
「な……なんだよ」
「伝え聞きで尾びれ背びれつきまくりの噂話と、冷静かつ客観的に現場を見てた僕の報告。レスタの耳に入ったら本当に危ないのはどっち? 泣き叫ぶ親子を一方的に引きずり下ろしたとか、偉そうに説教したとか……これは事実だ。膨らませなくても大差ないや」
ジルの顔色が悪くなった。
蒼白。
悪意がなければいいってものじゃない。
君に悪意はなかった。でも彼女はすぐ気づいたんだ、君の欺瞞に。
「俺……どうなるんだ……?」
「決めるのはレスタ。僕は報告するだけ」
「…………」
「はっきりしてることを、ひとつだけ言うよ。君は次期当主になれない」
「何でだよ……直系で、こんなに頑張っ」
「君が彼女を説得できてたら、きっと一族は会議の招集をレスタに求めたと思う。でもできなかった。どうしてか、責任を持って彼女を救うっていう意識がなかった。自分のことしか考えてなかった。そんな人間がヴァルターシュタイン家の看板背負えると思ってるの?」
ジルは何も言わない、うなだれて聞いてるだけ。
聞いてすらいないかもしれない。
「今の君が討伐に出たら間違いなく仲間を見殺しにする、冒険者たちはそう確信するから、君を討伐に加えない。魔法結界も持ち腐れだしね。持続時間が短すぎて使えない。精神力が弱いから踏ん張りがきかない。本当に人の命を守るっていう気概がないから。君にとっての魔法結界はアクセサリーなんだよ」
ヴァルターシュタイン家当主は、危険な討伐にこそ先陣を切って赴く。
冷静に、勇敢に、家名を背負い、仲間を背負い、人々の役に立つために。
ロランに近づくくらいの素質はあったのに、君は運が悪かった。
「すべては天主様の御心のままに。そして決めるのはレスタ。僕にはこれ以上のことは言えない。何か言ってほしければ訊いて。答えられれば話すよ」
「俺は、どうすりゃよかったんだ」
「ありのままの自分を探せばよかった。いいところを伸ばして、よくないところは改める努力をする。それが、ありのままっていう言葉の本質」
「俺にいいとこなんかねえんだろ、どうせ」
「あるよ」
「どこに」
「君はバカだから」
「褒めてねえ!」
「自分がバカだっていうところから始めたら、ものすごい伸びしろがあるのに、君はそこを見なかったから。持ち上げた周りも悪いけど」
「バカ、か……」
「残念ながら当主にはなれない。でも君は大切なものに気づいたらきっと立派な魔術師になれるよ。ブレイザー家を立ち上げるくらいの気迫をもって、いろいろ見直してみたらどう? 自分の汚名は自分で雪ぐ。それでいいじゃない」
「どうなるんだ、この家……」
「22代で終わりだよ。700年、よく続いたね。立派な家だ」
「終わっちまうのか……」
「始まりがあれば終わりもあるよ」
「もったいねえな」
「……君はどうして当主になりたかったの?」
「楽して食えそうだったから」
背中向けて歩き出したら、ジルが追っかけて来ようとした。
「待てっ、これはマジで冗談! 本当はそんなんじゃねえ!」
「じゃあ、何さ?」
「——親父みてえになりたかった……なれねえのはわかってたけどな」
おや、殊勝なことを。
「お前の説教は、たぶん全部当たりだ……当主になれねえって確定したらさ……マジ泣けるんだけど……何だろうな、すげえスッキリしてさ……」
「その、スッキリしたところに、大事なものを探し出して埋めていきなよ。大魔術師は無理だけど、小魔術師って呼ばれるかもよ?」
「ショボくね?」
「贅沢言わない。二つ名がついたらたいしたものだよ」
ただ首に巻きついてただけのチェーンを、前足に引っかけて外した。
「僕は報告に行くけど、君は?」
「——行く」
おや。
ほんとについてきたよ、ジル。
何か、今までになく顔が引き締まってるんだけど。
中に入ると、レスタはベッドにもたれてた。
「どうしたお前たち。揃って来るとは珍しい」
「ジルがヴァルターシュタイン家始まって以来の大ボケをやった」
「ほう、それは興味深い。報告してくれるのはルイか? ジルか?」
「俺が話す」
へえ。
僕はレスタのお腹に乗って、ジルの自白を聞いてた。
やればできるんじゃないか。どうして最初からそうしなか——バカだもんな。中身空っぽだったもんな。
でも、少なくとも、今はひとつくらい何か入ったのかな。
警察呼んでくるって現場から逃げて必死で家にたどり着いた、ところまで、ジルはしっかり話した。
何かすごいな、勘当で叩き出される覚悟でもあればできることだけど。
全部静かに聞いて、レスタはふぅ……と息をついた。
「ジル」
「……はい」
「この汚名、自らの手で雪げるか?」
「そうしなきゃ生きていけない。魔術師としても人間としても。一生かけてやる」
レスタが少しだけ微笑んだ。
「袋だたきにされる覚悟はあるか」
「もう始まってるよ、シティじゅうで」
「そうだな。だが、こちらはさらに手ひどいぞ」
そして呼び鈴を鳴らして、やって来たキーパーさんに言った。
「スミスを呼んでくれ……親族会議の招集だ」
思わず声が出そうになったけど必死で呑み込んだ。
キーパーさんが出て行って、呑み込んでたのを口にした。
「何考えてるんだレスタ!」
「どん底まで落ちたら落ちるところはない。這い上がるのみだぞ、ルイ」
「そうだけどっ」
レスタは嬉しそうだ。
「親族会議の袋だたきは地獄だぞ。腹を括って乗り込めるなら、たいがいのことは乗り越えられる」
僕は出席したことがないから、詳細までは知らないけど。
まあ、みんな恥をかかされたって猛烈に怒るよね。誇り高いぶん、いっそう。
「俺を次期当主にするの?」
「強制はせんよ」
「——ちょっと考える。俺、バカだから」
「そうか、バカか。ならば確かに当主の適性はあるな」
「今までそんなこと言わなかったろ」
「バカでなければ当主などやっておれんわ。誰もがたじろぐ魔物の討伐など、喜んで行く者はおらん。だがヴァルターシュタイン家当主である以上逃れられんからなと受け入れて死地に赴く。これがバカでなくして何だ」
「まあ……バカだな」
「お前はバカの血筋だ。いいか、お前が塗った泥はお前が洗え」
レスタはどうして気が変わったんだろう?
「私は美しく幕引きをしたかったのに、このバカが没落寸前まで崖っぷちに追い込みおった。このまま終わるのでは歴代の当主らに申し訳がたたん。恥だけ塗りつけて逃げるなど論外。お前にはたっぷり苦労してもらうぞ……必ず立て直せ、いいな?」
「はい——お父さん」
化けた。
ジル、化けた。
親族会議でボロクソに罵倒されると思うけど、これクリアできたら本当に次期当主になれそう。
生きてるといろんなことがあるんだねえ。200年以上生きてもまだ驚きがあるよ。
「それと婚約者を探さねばならんな。孫の顔を見ないうちは死ねん」
レスタが親バカに戻った。いい親バカだけど。
孫の顔見たらジジバカになるぞ。
みんなそうだったから。
「いきなり婚約者の話?」
「お前、もういい年だぞ、呑気に構えて私に孫の顔を見せないつもりか」
「そうそう、ロランは今の君の年で長男もうけてたからね」
「当主などいつ死ぬかわからん。子どもを作るのはいくら早くてもいい」
家の建て直しと子ども。
ダブルのプレッシャーを肩に、化けたジルは頑張るのだった。
やっと、一歩踏み出せたね。おめでとう。
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