【危機】 Act.8


 ジルの魔法結界、4球に増えた。

 持続時間は12分が限界。

 でも、12分で討伐できる魔法を使う大物の魔物なんていません。

 少なくともナイトメア討伐に行ったら全滅確定だ。

 でもほら、世間って無責任だから。

 バレル、もともとの気性だったんだろうけど、あの子が闇に落ちる一因になったのは、他人の無邪気な言葉を浴び続けたことだったと思う。

 お兄ちゃん、っていう魔のキーワードがバレルを壊した。

 今のジルはもっと危ない状況に直面してる。

 それは〝大魔術師の再来〟という魔のキーワード。

 お兄ちゃんどころの破壊力じゃない。クレアのファイヤーボール並みだ。

 根こそぎ焼き尽くすレベルだよ。

 学校のみならず世間様が無責任にはやしたててくれるものだから、ジルは完全に、本気で、自分は大魔術師になれると思い込んだ。

 確かにね、すごいよ、魔法結界使えるって。

 それだけじゃダメなんだってば……。

 今、冒険者たちの賭けのオッズはフィフティくらいになってる。

 魔法結界は魅力。

 それでも約半数は寝返ってない。

 魔法結界があっても命を預ける気になれない、ってね。

 そういう声が聞き取りにくくなるんだよ、邪気のない喧噪って。

 実際、ジルは聞こうとすらしてない。

 有頂天。

 で、もっと褒めて認めて欲しいから頑張る。

 ロランがデビューした時の初期レベルまで、あと1球。

 持続時間が延びないのは、精神の強さがついていけてないから。

 打たれ弱いともいう。

 勉強や練習には集中力を維持できるけど。

 そこは、安全な場所だからでさ。

 安全な場所ですら結界12分じゃ、現場に行ったら即行全滅。

 あれー……どこで聞いたんだったかな……?

〝強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格がない〟とか。

 ロランはそれを体現した。

 だからSSオーバー、天井のないところにたどり着いた。

 君はどうだろう?

 学校なんかでは話がわかるお兄さんみたいだけど、そこは安全地帯。

 もし学校の中に突然レッドバックビーストが現れたら、君はみんなを逃がして魔法を打てる?

 ——戦える?

 戦うなんて無理だ、まだ学生なんだから。

 戦い方は教えてもらえても、机上と現実は違うから。

 たぶん君はDランクくらいで卒業するだろう。

 それでもたいしたものだよ、ロランもDランクだった。

 でも与えられたランクは強さを担保するものじゃない。

 いくらDランクからのスタートでも、まともに討伐ができなかったら、戦えるEランクの子に抜かれちゃうんだ。

 いろんなところが見えてない。しかも周囲が彼の耳を雑音で塞ぐ。

 その後も持続時間が伸び悩んで、実戦レベルにならない。

 少しは根性出せよ、軟弱者っ!

 無理か……人間は4才くらいまでに性格が決まっちゃうって聞いてる。

 ジルはここに来た時点でもう18だったし、今は26。

 ……変わらないな、やっぱり。

 ほんと、比べちゃダメだって思うけど、青髪碧眼で魔法結界っていったら、どうしてもロラン思い出しちゃうよ。

 彼は22才の時、SSオーバーランクでバリバリ討伐やってたよ。

 もうこれ以上ランクがない青天井。

 比べちゃいけない……わかってるけど。

 仕方ない、この家で生まれて、ステラやマリスやクレアに育てられたロランと、18才まで好ましくない環境にいたジル。

 スタートラインが違う。

 これは時間をかければ追いつくってものじゃない。

 ジルはスタートラインに立ちっぱなしで、一歩も進めてない。

 自分ではすごい速さで疾走してるつもりだろうけど。

 もうレスタも僕も無力だ。

 彼にはさんざん助言した。

 脅すぐらい強く言ったことも数え切れない。

 けどダメだ。僕も少し疲れちゃった、ジルにお説教するの。

 疲れたから放っておいたら、どんどん調子に乗った。

 もう頭の中は大活躍して絶賛されてヒーローだ。

 ダメだ、レスタ……もう僕の手には負えない。

 だって血を引いてるだけで、姿勢を全然学べてないんだもん。

 ただ血統だっていうだけで片付くなら、ヴァルターシュタイン家は何代目かでなくなったと思う。

 そうじゃなかったのは、やっぱり当主教育があったから。

 しっかりと教育できてたから。

 基礎がない子に教えるなんて、無理だ。

「ルイ! 15分まで延びたぜ!」

「あーはいはい。卒業までに45分延ばせたらいいね」

「何、その投げやりな感じ」

「レスタに報告した?」

「これから」

「黙ってた方がいいよ、レスタと君のために」

「2分も延びたんだぜ!?」

「学校ではね」

「……何でそうやってキツいことばっか言うんだよ……俺のこと嫌い?」

「嫌いなんじゃない……正直に言うともうとっくに諦めてるんだ」

「何で!?」

「自分で考えてごらん……魔法結界作れてるのに、一族の誰からも会議招集の話がこない。その理由が何なのか」

 ジルはかなり不愉快になった。

「あ、そう。いつもいつも自分で考えろばっかり。どうせお前だって答えなんか知らないんだろ。知ってるなら教えろよ、なあ?」

「教えていいの?」

「早く言えよ、もったいつけてないで」

「君がバカだから」

 空気、止まった。

 だってジルは自分を天才だと思ってて、バカだなんて思ったことがない。

 当主の直系男子だから。

 青髪碧眼だから。

 学校に行かなくても魔法が使えたから。

 魔法結界使えるから。

 さらに、今は有頂天だから。

「バカって何だよ……」

「バカっていうのは他の言葉に置換できない。バカはバカ」

「俺のどこがバカなんだ!」

「そういうところ」

「そういうところってどんなとこだ!」

「特別に教えてあげるよ、今日は気分がいいからね。君のバカなところは、どうしてバカって言われるのか、その原因を深く考えないところだよ」

 何も言えなくて、ただ僕に顔を向けてるジル。

「レスタも言ったよね? 学校の席順なんかどうでもいいって。学んで理解して血肉にしろって。全然わかってないよね? それを世間ではバカっていうの」

「——何で認めてくれねえの……?」

「心配いらない、君はちゃんと魔術師になれる。才能も知識もある」

「だから、どうして認めてくれねえの! 才能も知識もあるのによ!」

「それしかないから。いつも言うけど、魔術師になるのは問題ない。でも当主にはなれないよ。だって自分で答えにたどり着けないんだもん。教科書に載ってない問題を解く力が、今の君にはないんだよ。だから一族が誰も認めてくれない。そういうこと」

「…………」

「ヴァルターシュタインの一族がグザムみたいなバカ揃いだと思ってるなら、ちょっと認識変えた方がいいよ。ほとんどの分家はバリバリの奴らだ。当主になれなかっただけで、知識も教養も実力も優れてるんだ。簡単なことじゃ次期当主になんか認めない。何たって自分より上に立つってことなんだからね。甘やかしたりするもんか」

「どうしろってんだよ……」

「同じやり取りを今まで100万回くらいしてきた。僕は疲れた。悲しくなってくるよ、200年以上守り続けたヴァルターシュタインの末裔が君だなんて。レスタのバカ」

「お前、神様のご加護があるんだろ、だったらお前が何とかしてみせろよ!」

 バカ、ここに極まれり。

「確かに僕は猫の守護神フレイヤ様の大きなご寵愛とご加護、天主様の祝福を賜ってるよ。だから何だっていうの? 自分の足で歩けないからおんぶしろって? ハイハイから始めなよ。どうしてそんな単純なことができないのさ? おぎゃあって産まれたらいきなり立って歩けると思うわけ? そんな奴に神々が祝福なんてくださるもんか」

 ジルは何も言わずに出て行った。

 そうだね……僕が天主様にお願いできることがあるなら——君が自爆しないように願うことだけ、だね。

 君はいつか踏むよ、大きな地雷を。

 たぶん、そう遠くないうちに。

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