【危機】 Act.7


「ざ、ざまぁみろ……会得してやったぞ、魔法結界!!」

 息を切らせてリビングに飛び込んで来たジル。

 学校から全力で走ってきたっぽい。

 まぁ、今は誰もいないから相手してあげるよ。

「2か月オーバーだけど、まぁ誤差の範囲かな」

「2か月が誤差か! どんだけかかると思ってたんだよ!」

「理論が理解できても発動が厳しいかなーって」

「できたんだからオールオッケーだ!」

「それで、いくつ作れるの? どれくらい維持できるの?」

「ふ……ふたつ」

「フォワードをふたり守れるんだ」

「……俺と、もうひとり。維持できるのは、最長8分……」

「デビューまでに最低5つ作りなよね。最小単位のパーティ人数分だ」

「え"?」

「それと最短でも1時間は持続させてね。戦闘途中で消えたらパーティ全滅するから。もちろん君も含めて」

「ちょ、ま……1時間って……」

「その前に、もちろん術者からの認定受けたんだよね?」

「——まだ」

「会得してないじゃん」

「だが実際にできたんだっ、先生らが腰抜かしてた!」

 とりあえず、作れたんならいいや。

「君と冒険者ひとりで8分、まともな討伐なんかできるわけないでしょ。最低ラインが君を含めて5つで1時間。多いほどいいね、8つくらい作れると使い勝手よくて依頼が殺到するよ」

「8…………ムチャクチャ言うな! そんなんできるか!!」

「ロランは最終的に10球運用した。攻撃だけじゃなく守備も入れられて便利」

「…………」

「できたからって安心しないように。研鑽は一生」

「じゃあ訊くけどな、お前はどんな研鑽してるんだよ」

「魔法はたまに練習してるよ。運動はときどき訓練場で」

「ロクにやってねえ奴が言うな!」

「——僕だって最初から魔法使えたわけじゃないんだよ……?」

「ま、まぁ、そうだろうな……」

「僕がどんな思いして魔法の使い方覚えたか、君に見せてあげられるものなら見せたいよ……君が僕だったら絶対挫けるから」

 今となればステキな思い出だけど、当時は……毎日泣きたかったよ。

「僕は200年以上研鑽してるけど、君はたかだか7年です。もっとがんばりましょう」

「これ以上どうやって……」

「自分で考えて。やり方は人それぞれだから」

「お前ってさ、冷たいよな……」

「ラブリーな子猫に何言ってんの」

「何言ってんだはこっちの台詞だ、200才のジジイ猫め」

「はいはい。発動できたんだから研究書を速やかに返却して」

 そして研究書はまた肖像画の中に。

 ジルはレスタに報告したけど、やっぱり「何だ、たったふたつか」って言われて凹んだ。

「こんなに必死で努力してんのに、褒めてくれるの先生と学生だけなんて……何でここんちはみんな冷たいんだよ。親父だって前は優しかったのにさ」

「あれは気の迷いだ。ルイが教えてくれた。元来、ヴァルターシュタイン家はしつけが厳しい。これが正常なのだ、ジル」

「何かもう気力が……気力が続かねえよ……」

「ならば無理をすることはない」

「だよな? そうだよな!?」

「退学の手続きならいつでもしてやるから案ずるな」

「そうじゃない!」

 治らないなあ、褒めて褒めて病。染みついちゃっててダメなのかな。

 褒めてほしくて頑張るのは幼いうちだけでいいの。

 そこを卒業しないと本当に褒めてもらえる日は永遠に来ないんだってば。

「親父、俺どこまで頑張ればいいんだよ……」

「研鑽は一生続く」

「それ、ルイにも言われたわ……」

「ルイは素晴らしい教師だ。この年になった私にも多くの学びを与えてくれる……ヴァルターシュタイン家の至宝だ」

「めっちゃ上から目線で脅迫ばっかしてくる悪魔じゃん」

「当たり前だバカ者。ルイは大長老なのだぞ、ひれ伏して教えを請え」

 すっかり元に戻ったレスタ。安心。

「猫にひれ伏すとか、無理……」

「まあいいから、茶でひと休みして勉強だ。席順などどうでもいい、しっかりと学んで理解し、己の血肉とするのだ、いいな?」

「りょーかい……」

 しおれたジルが出て行って、僕は車椅子に乗ったレスタの膝に飛び乗る。

「少し可哀想じゃない?」

「お前が言うか」

「やっぱり、今ひとつ通じないんだよね、大事なとこが」

「うむ……お前が言う通り、この屋敷全体が次の当主を育むのかもしれん」

「当たり前すぎて考えたことがなかったよ、ジルが来るまで。……思ったことは何度もあったかな。痛切に感じたことがなかった、が正解かも」

 レスタは僕をなでながら、苦笑含みの小さなため息。

「難しいかな、ルイ」

「何か大きなきっかけでもあればね、化ける可能性もあるかもだけど」

「私が死ぬとか?」

「それで学べる子なら、お母さんが亡くなった時に切り替わってるよ」

「……最初で最後の切り札なのだがなぁ……勝てんか」

「命張って博打するのは現役の人たちだけでいいの。レスタは十分、懸命に誠実に人々を守ったんだから、自分を粗末にしちゃダメ。僕が野良猫になっちゃうし」

「お前はうちの箱入り息子で、よその家を知らんからな」

 楽しそうに笑わないで、そこ。

 ほんと切実なんだから。

「この家が終わったら、お前はどうするのだ?」

「心当たり皆無。だって箱入り息子なんだもん」

「お前を欲しがる連中は無数にいるぞ?」

「選択権は僕にあります」

「そうだな、お前は真の自由猫だ」

 フレイヤ様にお導きをお願いしようかなと思うことは何度もある。

 でも、それじゃ、頂いた自由を軽んじるみたいで。

 ステラに叱り飛ばされそう。怖い怖い。

「旅をしようかな」

「どこまで?」

「目的もあてもないけど、放浪」

「狩りをして生肉を食うのか? いや、お前は飲み食い不要だったな」

「昔いた世界での名残で、食べたり飲んだりしないと口寂しいんだ。美味しいものは幸せな気持ちになれるし、美味しくなくてもそれなりに満たされるし」

「放浪したらそうはいかんだろう」

「こんなラブリーな子猫に優しくしない人なんているの?」

 レスタに失笑されてしまった。

 討伐でレザークロー使って血みどろになった姿、何度も見てるもんね。

 血まみれの黒猫なんて、昔の世界だったらホラーだ。

「まあ、お前なら何とかなるか。心配無用というわけだな」

「世界はいつも変わり続けてるよ」

「変わらんのは、神々とお前だけだ」

「見た目だけだよ、変わらないのは」

「うむ、お前も心は成長を続けている」

「——この家のみんなのおかげだよ。ステラから今まで、みんなの」

「お互い様だ、ルイ」

 こんなふうにレスタとまったり、雑談。

 これはこれで幸せ。

 バディは常に共にあるもの。

 共に倒れるか、死が分かつか、それは天主様のみがご存じ。

 でも僕は倒れないから。常に見送る側だから。

 大丈夫、君もちゃんと見送るからね。

 でも、生きてるうちは一緒。

 バディなんだから。

 もしかしたら、最後の——。

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