【危機】 Act.6


 呼ばれたジルは転移魔法でも使ってるのかってほど早く駆けつけた。

「マジで見せてくれるって? ほんと?!」

「その前に誓約立てて。ふたつ」

 ジルはレスタのお腹の上にいる僕を凝視したまま動かなくなった。

「——ねこ……しゃべった……?」

「しゃべりたくないけど仕方ないよ。研究書を貸し出すからにはコミュニケーション取らなきゃならないんだから」

 呆然と見てる。

「ひとつめ、研究書を絶対に傷めない。ちょっとでも傷めたら喉掻き切って森に埋めるから。痛くないから大丈夫だよ、痛いと思う前に死ぬから」

 ちょっと血の気が引いた。

 反応はあるんだな。

「ふたつめ、僕が人間と会話できることは他言無用。話せば喉掻き切」

「わっ、わかったっ、わかった、傷めない、話さない、わかった!」

 脅しすぎだってレスタは苦笑してる。

「ジルは軽薄だから、しっかり重石かけないとダメ」

 秘密を守れる性格じゃないんだから、これでも足りない。

「ジル、肝に銘じて誓約を守るんだぞ。ルイは見た目黒い子猫だが、SSオーバーランクの戦闘魔獣。お前など爪にかけるまでもなく始末できるのだからな」

「お、親父、ヤバいって、それなしって言ってくれよ……」

「大の大人、しかも戦闘魔術師になろうという者が何を言う、バカ者。むしろこの子を手懐けるくらいの度量を持て」

 思わず鼻で笑ってしまった。

 死なない低度に脅そう。

 ジルに魔法をかけた。

 本当はいけないんだけどね。

 こいつは別。

 この魔法をかけられると、体がまったく動かなくなる。

 ジルは焦って動こうとするけど、無理。

 伝説の魔物すら拘束できる魔法だ。

 第1次ティアマト討伐のあと、フレイヤ様がくださった拘束魔法。

 重力魔法での固定しかできなくて苦戦したから、フレイヤ様がご心配なさって、敵を動けなくする魔法をくださったんだ。

 第2次の時は本当に助かったよ。5分足らずで片づけられたもん。

 ロランに「君の前ではティアマトもただの蛇だね」って笑われた。

 汗をダラダラ流してるジルのバインドを解いた。

 膝から崩れて床に手をついて、ゼーゼー言ってる。

「まあこんな感じ。誓約藪ったらほんとに殺すから」

「わ、わかった……マジで……」

「それと、さっさと会得して。ロランとはスタートラインが違うんだ。1年以内くらいで会得してほしいものだね」

「1年っ!?」

「カンニングするんだから当然でしょ。カンニングして落第って、普通に落第するより圧倒的に恥じゃない?」

「お前、本当に戦闘魔獣だったんだ……しかもすげぇ強気……」

「戦闘魔術師が戦闘魔獣以外をバディにするメリットあるの?」

「…………」

「君から離れてても、殺すことも助けることもできるんだからね。覚えといて」

「……はい」

 ということで、ジルを連れてレスタの部屋を出た。

 場所は全然特別なんかじゃない。

 屋敷の南側にある、でも灯りが少ない部屋。

「ここ開けて」

「ここって……」

 肖像画の間。

 歴代当主の肖像画が飾られてる。

 絵が傷んだり煤けたりしないよう、できるだけ灯りを点けない。

 晴れた日にキーパーさんが窓を開けて空気を入れ換えてくれる。

 たくさんの絵の中で、ドアの正面に飾られた、等身大の肖像画。

 SSランクになった時に描かれたもの。18才だったかな。

 魔術師の服、左腕にアームガード。

 左斜めから描かれた全身画。

 久しぶりだね、ロラン。

 天国の住み心地はどう?

 魔物がいないから退屈かな。

 でも図書館や音楽堂があれば、きっといい毎日だ。

 真ん中に置かれた椅子は、歴代の党首たちの声を聞くために座る。

 椅子の上に上がって、右側にある小さなティーテーブルにある燭台、3本の蝋燭1本ずつにそっと息をかけた。

 かすかなファイアーブレスで、蝋燭に灯がともる。

「大魔術師……」

「僕の初めてのバディだ」

 ジルが椅子に座ろうとした。

「目的忘れてない?」

「あ」

「それと、そこは当主と次期当主だけが座れる椅子。君にはまだ早いよ」

「俺、やっぱ次期当主じゃないわけ?」

「親族会議すら開いてないのに、何言ってんの」

「何でだよ」

「君が次期当主にふさわしいと声が上がれば、レスタが招集するよ」

「魔法結界できるようになれば招集?」

「僕は知らないよ、決めるのは一族だ」

「一族……グザムみたいなのばっかだろ」

「だったら、この家はとっくに潰れてる」

 ロランの肖像画の前に来た。

 反重力で浮き上がるとジルがたじろいだ。

「浮いてる!」

「重力魔法の応用」

「お前、魔法いくつ持ってんの」

「11。スキル5つ」

「…………マジか」

 肖像画の胸の高さに届くところで止めて、心臓の位置に左の前足を置いた。

 施錠は右、解錠は左。

 柔らかい光をまとって、肖像画から背表紙が現れた。

「取って、研究書」

「え? これ? ……ノートじゃねえの?」

「ノートだよ、どこの学生も持ってる」

「武器になるような分厚いのじゃなくて?」

「そんなの誰が真面目に読破するんだ」

「いや、俺、けっこう覚悟してたんだけど」

「推敲4年、執筆1年……極限までコンパクトに、わかりやすいようにって、ロランが心血注いで書いたものだよ。彼は最期までとことん努力家だった」

 ジルが手を伸ばして、ノートをつかんで、引き出した。

 光が消えた。

「たくさん触れれば傷みも出るし、長く出しっぱなしにすれば自然劣化する。だからできるだけ出したくない。さっさと身につけろっていうのはそういう事情。一刻でも早く片づけたいんだ」

「わかったよ……頑張るって。俺だって早く覚えたいんだ」

「君には記憶の才能があるけど、創出の才能はないんだから、理論はわかっても実践で苦労すると思うよ」

「無造作に弱点えぐるなよな」

「弱点を知らないで強化できるわけないじゃないか」

「……学校でも言われてる。実際んとこな」

「まぁ、身につけたからって損をするものじゃないから」

「損どころか得しかねえだろ」

「結界っていうのは信用がないと依頼が来ないんだよ。今の君に決定的に欠けてるところだ。忘れないでね、冒険者と戦闘魔術師は君の背中を見てる、次期当主を名乗るにふさわしいかどうかを」

 ジルは黙り込んで目を伏せた。

 気づいてなかったのかな、現場からの厳しい視線。

 学校にいる間はいいさ、楽しく仲良く学べれば、誰も文句を言わない。

 でも、現役の冒険者や魔術師は現場で命張ってるからね。

 髪の毛の先ほどの容赦もない。

 自分がまだどこかで信用されきってないのはわかってたでしょ。

「他人は変わらないよ。変えるのは自分。君が変わらないと周囲の目も変わらない」

「……ありのままの俺じゃ、ダメ?」

 はぁ……困っちゃうなあ、この子。

「ありのままっていうのは、意味がふたつあるんだよ」

「ありのままはありのままじゃん」

「自分が変わる必然を理解してない人か、自分のあり方を見いだしたか、どっちか。残念ながら君のは前者だ」

「努力してるって! 俺がどんなに努力してるか知ってるだろ、ルイ!」

「本当に努力をしてる人は努力してるって言わない」

「努力してるんだ、俺は! マジで!!」

「……卒業まで4年くらいはあるんだし、ゆっくり向き合えば? でもこれだけは言っておくよ、ヴァルターシュタイン家は自分の足だけで立ってるわけじゃない。それどころか周囲の支えがなくちゃ存在できない。その意味を理解できたら、レスタは会議を招集する」

 椅子の上に乗って、ほんのわずかなアイスブレスで蝋燭を消した。

「ひとつの家が700年続くっていうのは、歴史的にみて非常識なくらいなんだ。それを繋いできた先代たちについて、少し学んだら? 君の口から伝記っていう言葉を聞いたことがない。魔法結界も大事だろうけど、それ以上に学ぶべきことはたくさんある」

「…………」

「——レスタは今まで君をちょっと甘やかしてしまってた。だけどこれからはそうはいかないよ。レスタが甘やかしを認めたから、僕は研究書を出してあげたんだ。君のためじゃない、レスタのバディだからだ……腹を括りなよ、次期当主になりたいなら」

 椅子から降りて、もう一度ロランの肖像画を見つめて、僕は部屋を出た。

 ありのまま、って言葉の意味が本当にわかれば、この家は続くかもしれない。

 ……確率が低そうなのが残念だよ。

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