【危機】 Act.4


「親父、ちょっと頼みがあるんだけど」

 レスタが介助者に手伝ってもらってお風呂に入った後。

 ベッドの背に寄りかかって、お腹に乗せた僕をなでてたレスタのとこにジルが来た。

「何だ、ジル」

「家宝の間、見てきた。すげえな」

「当たり前だ、700年続くヴァルターシュタイン家だぞ。どれもみな金に換算などできぬものばかりだ」

「俺、ミスラルの鎧なんか初めて見た。学校で爪の先みてえな粒しか見たことねえもん」

「あれは持ち出し禁止だ。17代目当主が名誉の戦死を遂げた時、身につけていたと伝わっている」

「うー……そう聞くとちょっとアレだな」

 で、ジルはおもむろに前髪をかき上げて、言った。

「それでさ、頼みなんだけど」

「うむ」

「あのソード、俺に頂戴よ。2本組のカタナっていうの」

 たった今喉掻き切ろうかな、こいつ。

 ものすごい暴言吐いた、僕の目の前で!

「バカ者。あれは不世出の大魔術師、18代目当主がお持ちになっていたソード。持ち出し禁止どころか手入れの職人以外触れてはならん」

「そんなつれないこと言うなよー、ひとり息子のお願い聞いて?」

「ダメだ」

「魔術師になったら、頂戴?」

「やらん」

「俺もうマジでアレ欲しい。アレでなきゃダメだって」

「やらんと言ったらやらん。家宝の中の家宝だ。私だって触れたことはない。もったいなくて手になど持てんわ」

「いや、道具っていうのは使ってこそその真価が出るわけよ、親父。大事大事にしまい込むだけじゃ道具だって可哀想だって」

 君に触れられる方がもっと可哀想だよ。

 カタナは切れ味が鋭いソードだ。

 重いソードで叩き切るんじゃない、カミソリみたいに斬るんだ。

 でも扱いは難しいよ。

 ロランでさえ、3度腕を折った。

 君には武器屋で売ってる一番高いスピアが似合うよ。

 おねだりするならそっちが正解。

「どうしてもアレなの。あのスマートさ、最高じゃん」

「ならば隣国の職人に打たせよう」

「やだ。俺はアレに惚れたの。頼むよ親父、俺にくれよー!」

「やらんと言ったらやらん、バカ者!」

「バカでもタコでもいいからさー! あのカタナくれたら俺もっとバリバリに頑張るから!」

「——」

「……♡」

「やらん」

「何で!」

「あれはな、国王陛下が博物館の所蔵品にしたいと望まれたのを、19代目当主が御前にひれ伏してご容赦願った宝だ。陛下すらお手にすることが叶わなかった逸品を、何故お前に譲れようか。そんな権限など私にはない」

「わかった、じゃあ権限持ってる奴教えて。俺、直談判してくるから!」

「権限者か?」

「そう、なんたって俺、青髪碧眼だもん。天才魔術師の血を引いてるんだから、俺こそがふさわしいんだよ」

「……権限者は……」

 ワクワクしてるジル。

 レスタは左手で僕の背中をポンポンって叩いた。

「ルイだ」

「——」

「この子は18代目である偉大な魔術師のバディだった。この子だけが世界で唯一、カタナの持ち主を決める」

 100年くらい前から、ロランは過剰に神格化されちゃって、名前を口にするのは憚られる状況が続いてる。

 もう広く一般的にそうなっちゃってて、今さらしょうがない。

 ジルはぽかんとしてる。

「……はぁ?」

「この子の顔をまっすぐ見なさい。お前を見てまばたきをすればよし、横を向けば否だ」

「……またまたー、親父〜、そういうジョークに逃げるのはよくないって」

「ほう……ヴァルターシティは私が思っていたより広いとみえる。まさかこの子を知らぬ者がいようとは」

「……マジで言ってんの? 子猫じゃん? 18代って何年前?! 今22代だろ!? この黒猫何年生きてんだよ!」

「200年あまりだな。大魔術師が3才の時、この家に来たという」

「……さすが稀少種だな……これ欲しいな」

 これ呼ばわりされたのはバレル以来だ。

 僕は置物じゃない。

「学生は契約できんし、この子は譲らんぞ」

「何で! 俺が学校卒業したら、カタナとこいつ、俺に譲って! 俺、絶対に18代目みたいな大魔術師になるからさ!」

 一応、こいつまでは出世した。

 レスタはちょっと微笑んで、指で鼻筋をなでてくれる。

「ルイは守護神様の大いなるご加護を賜り、天主様の祝福をも賜った猫だ。完全なる自由を授かっている。譲るの譲らないのの話ではない。すべてこの子が決めるのだ」

 何か微妙そうな顔してるね。

 ここはとりあえず、そういうものなのかなって受け止めた方がいいよ。

 神様なんかいるのかとか、絶対に訊いちゃダメ。

「……神様って、ほんとにいるんだ」

 ちっ、レシーブうまいな、こいつ。

「カタナもバディも、私に問わずルイに訊ねろ。中途半端な答えはない、是か非かどちらかだ」

 指で喉なでてもらってて、ちょっと薄目を開けたら、ジルが真顔で至近距離で見てたから、反射的にそっぽ向いてしまった。

 もちろん許可なんかしないし!

 レスタ、高笑い。

「見事に振られたな、ジル。この子は少し頑固なところがある。2度目はないから潔く諦めなさい」

「や、今のは出会い頭でビックリしただけだろ、もういっぺんご意見伺わせて?」

「何度やっても無駄だと言うのに」

 顔洗おうと思って前足を上げたら顔をつかまれて向き直らされたので、ちょっとだけ牙を見せてみた。

 さすがにビビったらしい。

 僕をなんだと思ってるんだ。

 ラブリーな子猫を無造作に扱うんじゃない。

「もうそれくらいにしろ、ジル。猫は難しい魔獣だからな」

「カタナだけでもいいから欲しいー」

 って、こっちに手を伸ばしたから、爪をしっかりしまって、ぺしって払った。

「まったく諦めが悪いなお前は。長所だが、時には短所でもある。注意しろ」

 やっと諦めて——この場ではかもしれないけど、とりあえずジルが出て行って、レスタは苦笑いで僕をなでた。

「すまん、何しろ物知らずだから、お前のことがわかっていないのだ」

「絶対に嫌だって言ってやればよかった」

「ジルが嫌いか、お前は」

「少なくとも今の一件で心証最悪」

「許してやってくれんかなあ」

「今回だけは君に免じて水に流すよ。ほんと、ロランのカタナを寄越せなんて冗談じゃない。鍔一枚だってあげないよ」

「どうも、お前とジルは相性が悪いなあ」

「まさか僕にあいつのバディにならないかとか言わないよね?!」

「言うわけがないだろう、お前は自由な猫だ。これまで代々この家を守ってくれているだけでもありがたい」

「そんなふうに言わないでよ。僕はこの家も、この家の大半の人も好きなんだ」

「みんなではなく大半とは、相変わらず辛辣だな」

「本当のことだからね。それにここはフレイヤ様がお導きくださった家だから、僕にとってもとても大事なんだ」

 ドアをノックする音がして、ワゴンを押したライザが来た。

「レスタ、夜のお薬よ。ルイはおやつね。でも今日はこれで終わりよ?」

 ワゴンをレスタの左側に寄せて、ライザはいつもの板をレスタのお腹において僕を乗せて、おやつの小皿を置く。

 重くないの? って訊いたけど、腹筋のトレーニングだってレスタは笑ってた。

 おやつの味は、クレアからミリアに受け継がれて、アーサーのお嫁さんに受け継がれて……その後あたりから味が落ちてきた。

 でもまあ美味しい。

 マリスの仮契約魔獣になってからこっち、僕もけっこう働きづめだったけど、レスタが討伐に出られなくなって、僕の今の仕事はお医者さん。

 それ以外は静かな生活。

 ただ穏やかな日々。

 ——戦闘魔術師にあってはならない静けさ。

 レスタはもう討伐に行けない。

 でも、それでも僕はレスタのバディだ……。

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