【危機】 Act.3


 突然正統な後継者候補が降臨したので。

 グザムはメチャクチャ荒れてる。

 そもそも次男なんだから相続権ないってわかってるくせに、本気で当主狙ってたものだから、ジルの存在がとにかく許せない。

 でもレスタは早々に遺言書書き直してスミスさんに渡しちゃったし。

 自分で書くわけじゃなくて代筆なんだけど。

 何の教育も受けてない若造が当主になれるか、ってグザムは吠えてるんだけど、当主教育受けてないのは君も一緒。

 ジルはこれから教えてもらえるかもしれないけど、君は無理。

 一族はちょっと呆れつつも、しっかり教育ができて次期当主にふさわしくなれば問題ないってことで一致した。

 今さらグザムに与してもメリットないんだもん。

 むしろレスタに睨まれて厄介だ。

 何しろ〝当主の言葉は絶対〟っていうしきたりがあるから。

 ご意見具申は問題ないけど、決定事項は覆せない。

 難癖つけてもいいけど、代償は絶縁です。

 レスタはジルに家庭教師をつけて、改めて勉強をやり直させてる。

 ジルはけっこうなハイペースで進んでく。

 記憶力が高い。

 砂地に水を流すみたいに知識を吸い込んでいく。

 この分だと2年くらいで魔術学校の受験資格取れそう。

 まあ……シティの人たちはジルをよく思ってない。

 当然ね。

 だから不信感を跳ね返すくらいの人間性と実力を備えないと、次期当主にはなれない。

 本気でヴァルターシュタイン家の当主になろうとしてるのか、僕はまだ注視してるところなんだけど。

 勉強の呑み込みがよすぎて、読めないんだよね。

 真剣に後継者になろうとしてるのか。

 頭のよさを武器にして乗り込んで来たのか。

 すごい勢いで勉強が進んで、本当に魔術学校の試験を受けられることになった。

 グザムは仰天。完全に足下に亀裂が入った。

 お兄ちゃんに反旗翻す寸前まで行ってたし、レスタもそんなのは承知してたわけで、うかつなことすると我が身が危うい。

 万一絶縁で名字剥奪なんてされたら、信用マイナス。

 ゼロ以下だよ。誰も近づかない。危険人物認定だ。

 彼の奥さんは夫に「もうこれ以上何もしないでお義兄様に謝罪して!」って必死。

 まあ、謝らないよりはマシなんじゃないかな、とは思う。

 今さら感満載だけど、絶縁は免れられるんじゃないかな。

 そんな話がダラダラ続いて、ある日、日暮れまで外出してたジルがソードを振り上げた輩に襲われた。

 左の脇腹を切られた。

 で、雷魔法で返り討ちにした。

 殺してはいないけどね。

 ケガをしたジルは馬車を出させて病院に行き、傷を縫ってもらった。

 正当防衛の証拠として、傷はちゃんと診断があった方がいい。

 襲ったのはグザムが雇ったならず者で、ジルの魔法は正当防衛で無罪。

 ならず者は我が身可愛さに事細かく自白してしまったから、後日グザムは逮捕、裁判、殺人教唆で資格剥奪、魔力封印。

 ヴァルターシュタイン家700年の歴史の中で、ふたりめの刑務所送り。

 ひとりめはバレル。18才になったら売られる予定だったけど、入牢から数か月で精神に変調を来して一生監獄暮らしになった。

 ダメだね、犯罪なんて。人生お先真っ暗だ。

 襲撃事件の後、ジルは1か月間、毎日馬車で処置に行ってた。

 処置って言ったって表面を消毒してガーゼを換えるだけなんだけど。

 だから家のキーパーさんでもできたんだけどね。

 叔父さんに殺されそうになるなんて可哀想って、同情的な市民が増えた。

 もちろん、ジルはあざとい奴だっていう声もある。

 警察で聴取を終えたらルイに治してもらえばいいだろって話。

 ヴァルターシティで一番の名医だ。

 虫歯と欠損以外は治せます。

 1か月もダラダラと医者に通う必要はなかった。

 同情票集めだって言われても仕方がない。

 本音を言うと、僕にとっては迷惑だった。

 故意で治してやらなかったなんて話もごく一部で出てさ。

 レスタや僕の信用問題になるんだよ。

 どうしてくれるんだ、ほんと。

 すぐに消えたからよかったけど。日頃の行いは大事だ。

 同情集めだろって、主に冒険者が言う。

 戦闘魔術師も。

 彼らは一般市民と違って、なかなかだませない。

 兵法、戦略や戦術が頭に入ってる。

 王国内に冠たるヴァルターシュタイン家の当主にふさわしいのかどうか、みんな君の背中をじっと見てるんだよ、ジル。

 その後、いい成績で魔術学校に入学すると、ジルはさらに勉強した。

 記憶力と魔力はすごいし、乱暴なことに慣れっこだったから体術も覚えが早くて、すぐに主席になった。

 レスタは大喜びだ。

 ジルが来たのは天主様のお導きだとかいって感謝してる。

 全力で言う。それは違う。

 天主様が今のヴァルターシュタイン家に祝福をくださる理由はない。

 僕は終わりの始まりだと確信してるよ。

 ジルはライザのことを「母ちゃん」って呼んでる。

 最初はかなり戸惑ってたライザも、もうすっかり慣れて、まるで自分の息子みたい。

 子どもができなかったからね、嬉しいんだろうな。

「ね、母ちゃん、明日女の子連れ込んでいい?」

 え? っていう顔で絶句したライザに、ジルは言う。

「魔術理論、お互いにあんまりよくわからないとこがあってさ、一緒に勉強しようかって」

 心臓に悪い言い方するな、不良。

「え、ええ、いいわよ。連れていらっしゃい」

「やったね」

「でも、ドアは少し開けておくのよ?」

「大丈夫、心配無用!」

 ってライザから離れたら、小さい声で呟いた。

 女とやるなら外に決まってるじゃん、って。

 しっぽがたくさんあるねえ、君。

 つかみ甲斐があるよ。

 ま、成人男子の男女関係に口出しはしないけど。

 親子揃ってご落胤騒動だけはやめて。

 本当に家潰れるから。

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