【危機】Act.2
彼は1週間前、母親を亡くした。
母子家庭だった。
母の遺言書を持ってた。
お前はレスタ・ヴァルターシュタインの息子です、って。
来たぁ、婚外子の長男!
レスタのバカ!!
しかもロラン以来の青髪碧眼らしい。
問答無用でヴァルターシュタインの血を引いてる。
あぁ……何てことしたんだよレスタ。
祝福なんて没収だよ、こんなことして。
「あれは卒業式前の1度きりのことなんだが」
レスタは車椅子の肘掛けにもたれてそう言うけど。
両足には義足、右の手首は包帯だけ巻いてる。
もちろん立って歩いたりはできない。
いろいろと介護してもらわないと、日常生活は送れない。
「まあ、顔が同じ双子でなくてよかったね」
レスタの膝の上で、そう皮肉言うくらいしかできない。
「来るべき夜のために、少しばかり実習してみただけなんだがな……」
ため息ついて、レスタは左手で頭を掻いた。
君がしでかしたことだよ、レスタ。
そりゃあさ、突然成人の息子が降ってきたら動揺すると思うけど。
「どうするの? 次期当主にする?」
「いやぁ、ちょっと待ってくれんかルイ。私は200年も生きとらんから、簡単には答えを出せんよ」
「年数の問題じゃないよ」
気持ちはわかるけど。
「どんな子なんだ」
レスタはまだ自称息子と対面してない。
「僕もまだ会ってないからわからないよ。素性の確認が先」
弁護士のスミスさんが事実関係確認で走り回ってる。
ひとつだけ、この家に来た時点で判明してること。
青髪碧眼。ロラン・ヴァルターシュタイン以来の。
これだけでほぼ確定。
でも一応、本人は客間。裏が取れるまでね。
生い立ちも調べなくちゃならない。
「——正直なところ、どうなんだ、当主になれると思うか?」
「無理」
即答したから、レスタ絶句。
「君だって物心つく前から、しっかりと当主教育を受けたんだよ。礼儀作法や立ち居振る舞いのしつけ、社交術、教養、もちろん戦闘魔術師としての教育や訓練、たくさんのことを。いつ当主が亡くなって跡を継ぐことになるかわからないから」
「……うむ」
「僕は思うんだ。長男はこの家で育つことで、当主とはどうあるべきかを五感で学びとるんだ。でも彼は魂の教育を受けてないんだよ。なのに次期当主なんて無理だ」
「だが、この家は長男が継ぐ……ヴァルターシュタイン家の掟だ」
「荒れるよ? これから」
「荒れるか」
「彼が何を考えてるのか、僕は知らない。でももし後継者になるつもりで来たなら、グザムが黙ってない。次男のグザムと婚外子長男の戦争だ」
「…………」
「僕は婚外子でも問題ないと思うよ、君の長男なのはほぼ事実だから。ただ、グザムは道義的問題を突いてくる。現状で彼にはそれしか手札がないから。それが問題。この家にとって道義は重いからね」
「そう、だな」
「ややこしいことになっちゃったな……彼のお母さんも赤ちゃんのうちに渡してくれるか遺言を残さないか、どちらかにしてくれればよかったのに」
そこに尽きる。
全然当主教育を受けてない直系の長男なんて、どうすればいいんだ。
この家の守り猫の僕にだってわからない。
ロランなら何とかできたかなぁ……双子大戦争経験者。
無理だよねえ……うん。
1週間後、スミスさんが訪ねてきた。
調査終了。
お母さんは魔術学校の同期生、技術魔術師になったんだけど、浪費癖があった。
しかも父親がわからない子どもを産んじゃったから、実家を追い出された。
当時関係があった男子生徒が複数いたらしく……本当に父親がわからなかったらしい。
この家が資産家だから当てずっぽうに遺言書いた気がする。
青髪碧眼がヴァルターシュタインカラーだって知ってたら、生まれた時点で父親わかるんだから。
でもわからなかったから、追い出された。赤ん坊を抱えて、お金もない。
そこでマジックバッグの密売に手を出しちゃった。
密売バッグは高額で売れる。
でも密売だから犯罪。
逮捕されて裁判、資格剥奪。
バッグの密売はけっこう重罪だから、早々に魔力封印。
子どもがいたから、情状酌量で懲役刑は免除。
だけど魔術師が魔法使えなくなったら生活できない。
普通の仕事をすればよかったんだけど、浪費癖があるから地道な仕事は無理。
短絡的にお金持ちの商人に囲われた。
彼が5才の時、商人に別の愛人ができて捨てられた。
その繰り返し。
年を取ると愛人さんって、どんどん価値が下がるんだって。
派手な生活から徐々にランクが下がってく。
そして、あんまり芳しくない病気を患って死んでしまった。
愛人の目を盗んで、ときどき体を売ってたらしい。
で、当の本人、ジル・ブレイザー。18才。
ものすごく芳しくない経歴。
8才くらいから悪い少年グループに入って喧嘩とか、……お金を借りたっていう名目の恐喝とか、盗みとか、補導歴なんと18回。
学校にもまともに通ってなかった。
ところが……補導歴のうち8回は〝無資格で魔法を使った〟ことだった。
衝撃魔法がとんでもなく強い。雷魔法と回復魔法もある。
何度も魔力を封じられそうになったけど、いくら司法でも一方的に魔力を封じるのはためらわれた。
未成年、更正の余地皆無って断定ができなかったから。
心を入れ替えてちゃんと魔術師になるっていう確率がゼロじゃなかったから。
18才になってグループを卒業して、レストランで皿洗いのアルバイト。
勤怠状況は……低評価。無断欠勤したり遅刻したり。
そんな中でお母さんが亡くなって現在に至る。
レスタは左手で額を覆ってる。
僕はもう無気力になってレスタのお腹の上で丸まった。
スミスさんが部屋を出ると、レスタは「あぁ……」って嘆いた。
「無理だよレスタ。補導歴18回なんて、ここに置いておくのも無理」
「では、どうする」
「まとまったお金を渡してお引き取り頂く」
「冷たいな、お前」
「レスタの代でこの家を閉じることに異議はないよ。歴史は不変じゃないからね。選択肢はふたつ。栄光をもって幕を降ろすか、汚名にまみれて潰れるか」
レスタは苦笑い。
「辛辣だな、お前は」
「そういう国で生まれたので」
でもこれは現実。
ジルが後継者になったら、ヴァルターシュタイン家は終わりだ。
何の教育も受けてない上に補導歴山ほど。
そんな家、誰が尊敬してくれるんだ。
敬意を失ったら借地代を払いたくない人だって出てくるかもしれない。
この家の暮らしのほとんどは借地代でまかなってるんだよ?
ヴァルターシュタイン家は信用と実力がすべてなんだ。
それがあるから敬意をもってもらえて、みんな快く借地代を出してくれてる。
いざという時はヴァルターシュタイン家が守ってくれる。
それこそが存在意義。
君だってそれくらいわかるでしょ、レスタ。
「僕はお土産を渡してお引き取り頂くのがベターだと思ってるよ。……懸念もなくはないけど」
「金を渡されて追い出された、などと触れ回られたら潰れるな、この家は」
「そこ。それに脅迫のネタを与えることにもなるし」
「ならば手中に収めておくのが妥当ではないのか?」
本当はもうひとつ選択肢があるんだけどね。
レザークローで喉掻き切って森に埋める。
さすがにそこまではしたくないけど。
悪ガキだって僕のバディの子どもだもん。
僕だって人間殺したくないし。
ヴァンパイア討伐だって嫌なのに。
あーこれ元人間なんだよなーって思うと、ほんと辛い。
引っ張り出されるんだけどさ。神聖魔法持ってるから。
でもやっぱり、魔物になっちゃったとはいえ、元人間はね……。
まして生粋の人間なんか切れないよ。
要するに更正してくれれば一番いいんだ。
そうすれば自立して働いて暮らしていける。
魔術師になるなら、レスタが更正支援とか名目付けて面倒をみるだろうし。
別の仕事に就いてもいいんだし。
更正しないまま居座られるのが最悪のパターン。
「決めるのは君だよ、レスタ。当主としてもお父さんとしてもね」
「うむ…………」
「決断は早い方がいいよ、グザムが旗を揚げる前に」
何だかんだ言っても実子だからね……1週間もすれば衝撃も落ち着いて、情が湧いてくるよね。
そこは僕には実感できないけど、人間ってそういう生き物でしょ?
あーもー、何で外で子どもなんて作っちゃったの。
青髪碧眼の息子なんて。
成人してるし。無学だし。不良上がりだし。
きっと今、天国でロランが膝から崩れ落ちてる。僕には見える。
でも謝らない。僕の監督不行届じゃないもん。
僕だって365日24時間見張っていられないよ。
コールサルトだって不可能なんか無数にあるんだ。
それに男女の寝室のことなんて、僕が与り知る問題じゃないし。
そしてスミスさんが本人連れで戻ってきて、親子感動のご対面。
確かに青髪碧眼。身長は175くらい。
顔だけ見たらちょっとハンサムめな爽やか青年……嘘くさ。
ヤンチャしてただけあって、細身だけど筋肉はまあまあ。
レスタと顔を合わせてしばし沈黙。
「親父って呼んでいい?」
たったひと言でレスタ陥ちた。
何かもうあっという間に仲良し親子。
その日のうちに役所に実子の届けを出しちゃって、それはまたたく間にシティに広がった。
僕は知らないからね、レスタ。
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