【危機】Act.1


 僕が来てから、ヴァルターシュタイン家の人のほとんどが長生きするようになった。

 病気治しちゃうから。

 ケガも治しちゃうし。

 僕がバディじゃない兄弟が戦死することはあるけど。

 少なくとも僕のバディは天寿まで生きる。

 生きてる間に隠居して長男に家督を譲ることもある。

 ロランはそうだった。81才まで生きた。

 戦闘魔術師って体鍛えてるから丈夫なんだ。

 ロランは55才で現役を退いて、アーサーに当主を譲った。

 未来の魔術師を育てたくて。

 魔術学校戦闘科の先生になって子どもたちに指導して、校長先生になって、75才で校長を辞めて、魔力を封じた。

 やっと迎えた平穏な日々。

 最後の言葉は「君たちがいてくれて素晴らしい人生だった」。

 その通り、充実した一生だったと思う。

 そしてそれから4代のち。

 順風満帆だったヴァルターシュタイン家が、大変なことになった。

 当主のレスタが用事で遠出をした。

 その道中で事故が起きた。馬車が谷に落ちたんだ。

 バディは必ず一緒にいるものだけど、急な用事だったのと、僕の往診日が重なっちゃった。

 一緒に行かなきゃと思ったけど、人の役に立ちなさいって言われて同行しなかった。

 討伐じゃないんだから心配するな、って言って、レスタは出かけた。

 ものすごく悔やんだよ——重傷を負って帰って来たレスタには、両足の脛から下と右手がなかった。

 出先でのお医者さんが切断しちゃったんだ。

 もう治せないからって。

 僕が一緒だったらそんなことにならなかった。

 僕ができたのは、ヘタクソでデコボコだった切断面をレザークローと神聖魔法で整えることだけだった。

 レスタは全然凹んでなかったよ。

〝これもまた人生なのだ〟って。

 ただ、これで問題が起きた。

 そう。お約束の家督争い!

 そんな体じゃ討伐に行けない、当主の務めを果たせない——ってさ。

 本来ならそんなこと起きないんだ、長男が次期当主だから。

 ところが……レスタには子どもがいなかったんだ。

 ヴァルターシュタイン家の当主は早婚が多くて、まあいつ死ぬかわからないからね、早く子どもが欲しいわけなんだけど。

 レスタは19才でひとつ年上のライザと結婚したんだけど、子どもができなくて。

 僕がこっそりとふたりの体を確認した限りでは、どちらにも問題はなかったと思う。

 そうなると、考えられるのはライザのストレス。

 男の子を産まなくちゃならないっていう重圧、けっこう厳しかったのかも。

 毎日天主様にお縋りしてた。

 責任感強すぎだ……それでしょっちゅう体調崩してた。

 跡取りいないしレスタは身体障害、はりきる次男、中立の三男。

 三男としてはレスタと揉めたくないんだ。

 もし次兄に敵対したら、相手が勝った時に自分が危ない。

 次兄と組んで負けたら、それもまた怖い。

 でもヴァルターシュタイン家の掟では相続権は長男にしかない。

 次期当主になる男児がいないまま当主が死んだら、この家はそこで終わり。

 歴史に幕を下ろす。

 だけど次男のグザムは、古い慣習を捨てて新たなヴァルターシュタイン家に生まれ変わろうとかなんとか言って、一族に働きかけ。

 まあ、本家潰したくないなって思うのは人の性。

 ヴァルターシュタインっていうだけで、分家だって恩恵あるんだもん。

 お金では絶対に買えない〝信用〟とか。

 社交界なんかでチヤホヤされたりね。

 そうなると、この際だから掟を廃止する? みたいな流れも出てくる。

 もちろん今まで受け継がれてきた伝統を守るべきだって分家もいる。

 レスタはグザムに当主を譲る気なんてない。

 それにレスタは討伐に行けないだけで、当主であること自体に何の問題もないし。

 私の代でヴァルターシュタイン家の歴史を閉じる、って。

 親族同士のさや当てがなかったわけじゃないけど、レスタの意思は固い。

 遺言状も弁護士が持ってる。

 この4代の間、僕が同席しないと遺言書は開封できない。

 できたとしたら、それは偽物だ。

 歴史なんて重ねては崩れる、その繰り返し。

 200年以上生きてれば、猫だってそれくらいわかる。

 ヴァルターシュタイン家も終わりなんだなって思った。

 どこに行けばいいんだろうー、僕はここにしか住んだことがないから、行き先の心当たりがまったくないんだ。

 ゴミ箱を漁って雨水を飲む生活だけは、何としても避けたい……。

 おかしいなあ、行いが正しいから天主様の祝福があるんだろうってキースが言ってて、僕もそうだろうなって思ってたんだけど。

 レスタも立派な人格者、不実なんて起こさないのに。

 ——そして、嵐は突然起きた。

 ひとりの青年の出現によって。

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