第6話

──どう声を掛けるのが正解なのか…

 王都にある名門男子学校に通っていたが、異性と話す機会というと母さんか妹達くらいである。また、長ったるしく会話を続けるのは剣術の次に苦手だ。踊るのは得意なんだが…

 しかもよそから見ていてもとても仲は良さげであったからそのぶんショックは大きいだろう。妹達に半強制的に読まされた恋物語でも主人公が仲のいい青年に告白され、断ったものの、主人公はそれを後悔し何年も引きずっていた。彼女の場合どうか知らないけれど、今は感傷的な気持ちになっているだろう。それを少しでも和らげられる言葉を掛けてあげたい。

「テリア・マジスティ…。あなたがそんなくよくよしていたらあの若者はもっと告白を後悔してしまいますよ。あなたはあの告白をなかったことに─とは言いませんが、気丈に振る舞ったほうが彼は安心するのではないでしょうか?」

 彼女は唇の端を少し上げその大きな藤の花を思わせる藤紫の瞳で僕をじっと見つめて言った。

「そうですよね。辛いのはロジャーなんですもの。私がそうさせてしまったのですし…いっそう悲しませてはそれこそ無礼ですわね。その…彼のためにもわたくしと踊って頂けませんか?」

「もちろん」


 鳴り出した音は皆を盛り上げながら、それでいて繊細かつ滑らかに、また踊りの邪魔をしないようにか謙虚にも聞こえた。旋律が徐々に速くなりながら力強く駆けていく。それに合わせるかのように踊りも一心乱れぬものになっていった。

 欲を言えばもっと背の高くがたいのいい人と踊りたかった。しかし今ではそんな条件なんてどうでも良くなっていた。彼ほど気持ちよく相手のペースにあわせられる踊り手は見たことがない。エスコートしながらも二人の意思が違う方向に行かないようにあわせられる柔軟さをもつ。踊りが上手でない私にさえも優しいステップを返してくれる。しかしなぜか彼の横顔は少し悲しげで儚くすぐに消えてなくなってしまいそうだった。少し彼に興味が湧いてきた。もっと彼と話してみたいと思った。


 踊りはいつの間にか終わっていた。こんなにも踊りに熱中したのも、相手の足を踏まなかったのもこれがはじめてだった。

アレンは踊りが終わっても我にかえらない様子で心配になった。

「アレン様…大丈夫ですか?あのここは空気も炭臭いですし、少し涼しいところを歩きませんか?少し席を外しても誰も気づきません」

 最初は警戒しているのか私の目をじっと見つめていたが私がケロリとした態度を見せると安堵の表情になり承諾を得た。

「わたくしについてきて下さる?いいとこがあるのですよ」


 ここまで村の外れは初めて来た。辺りは畑、果樹園などが広がっていたが、川が見え始めたところで一面水田が広がっていた。季節はちょうど長雨の季節であり、水が引かれていた。今にも弾けだしそうな水面はガラス板のようで、煌めく月をもう1つ作り出し、劣らず輝かせていた。

 それよりもずっと踊りながら彼女を見ていてなんだか腑に落ちないことがあって気になってしょうがない。前にも見た気がするのだが何だろう…

 途中草むらに入り虫にあわないかビクビクしたが、彼女は僕みたいにビクつかず騎士のように勇敢であった。 

「ここです」

 石が大小転がっており足場がおぼつかなかったが、何とか追いつき彼女より前に出て、目の前を見てみると無数の光が踊るかのように煌めいていた。前に本で見たことがある。蛍だ。蛍は発光器と酸素が反応し発光体が作られる。そうして光るのだ。科学と自然の融合だと、自分がそれを発見したみたいに嬉しかった。

「蛍って、若い時しか光らないんですって。それでいて命を燃やして求愛行動の時に光るのですって。お父さんが良く言っていたのですよ。素敵じゃないですか?」

 命を燃やすという表現はとても目の前の情景にぴったりだと思ってしみじみした。でも蛍はコミュニケーションを取るときにも光る。それはロマンチックに表現し過ぎだよ。と言おうとしたとき彼女はさっきした踊りをまた踊りだした。ハミングをしながら軽やかに回る彼女はまるで蛍だった。その時、彼女が髪にくくりつけていた大きな宝石の髪飾りがみえた。それは月明かりと蛍の煌めきで透明感のある牡丹色に輝いていた。全てが繋がった。そしてそれがとても重要なことも──

「テリア嬢……」

「なんですか、アレン様」

 彼女は踊りを続けながらそよ風にドレスの裾をなびかせ、気持ちよさげに応えた。

「その…髪飾り、どこで手に入れたのです?」

 彼女は驚いたようだった。

「これは、その、死んだ母の形見で…」

「そなたの母上はそれを盗んだのではないのか?」

「そんな、私もあまり母を知りませんが、会ってもいないあなたに言われる筋合いはありません。なぜ疑うのですか?」

 怒りを込めた声で言うので、しまったと思ったが自分も心のそこまで余裕がなかった。

「だが、それは──ルビーという名の宝石なのだ。知ってますか?」

「知りません!私の母を盗人扱いしないで下さい」

「あぁ、すまない。しかし─それは直属の王族しか手に入らないものなのです。我々でさえ絶対に手に入られることは絶対できないし、王の子までしか手にできない。平民はその名さえも知らない。大袈裟かもしれないがその名は─ルビーは異端であり禁句なのだ。我々は王家の血を引いているので知っているが傍系であるためよくは知らない。しかし、それがなぜ」

 今まで何にも気にせずこの髪飾りをつけていたが、すごく恥ずかしくなった。なぜお母さんが王族の髪飾りを…?お父さんは知っているのか?お父さんは農民なので王族など関わるはずもない。お母さんかお父さんが盗んだなら私は盗人の娘だ。村長が王族の宝を盗みをしたなんて皆が知れば私はすぐに盗人の娘だと冷遇を受けるだろう。そう考えると背筋がゾッとした。

「そなたの両親が違うとしても色々厄介なのはたしかですね。後で父さんに聞いて見ることにします。僕たちがこの村に居座れるのは後2日だからもう時間がない。詳細はすぐ明日の朝食後に伝えます」

 大小ごろごろしている岩石に苦戦しつつ戻ろうとしている彼はこちらを向き、照れ臭そうにでも嬉しそうに言った。

「あれだな、ここは自然豊かだな…多少遅れてはいるが僕が絶対知らなかったこと、王都では絶対できないことができる。ここへ来れてよかったと思う」

 彼は手を空に掲げた。すると1匹の蛍が彼の指先にとまった。

 こっちを見て笑ったその顔は少年に戻ったようで少しだけ愛らしかった。

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