第5話

 男衆が広場の組んだ焚きに火をつけ、その燃え盛る炎に見守られながら祭りは始まった。 人々はお酒を呑みながら今年は豊作やら珍しいきのこが取れたやら話していたが、実際16歳の娘、息子がいる親たちは誰と自分の子がくっつくのか気が気でなかった。乙女たちはお目当ての青年を言い当てたりお互いにドレスの裾を直してあげながら闘志心をバチバチにさせていた。

「テリア、あなた誰がお目当てなの?そろそろ教えてもいいじゃない。ちゃんと応援しますから」

 一人の言葉によって乙女全員がこちらを鬼の形相で見つめた。

「私お目当てなんていないわよ、みんなみたいに特別な気持ちなんて持ったことないもの。それに今日はアレン様と踊るようにお父様から言いつけられてるのよね、だから──そんな怖い顔で見ないでちょうだい…」

 彼は人気だから逆効果ではないかと心配したが、乙女たちが安堵の表情を浮かべたのを見てほっとしたが、一つ腑に落ちないことがあった。さっきまでアレン様アレン様うるさかったのに今ではどうでもいいようだ。では一体今までの苦労は何だったのか。微妙な乙女心がいまいち分からないテリアであった。

 幹部席に行くとアルバート侯爵が村民と仲良さげに話していた。侯爵の環境適応能力の高さにびっくりしながら、隣で焚き火をぼんやり見つめている彼を見ると親子でどうもこう違うのかとため息をつきたくなる。


 祭りもいよいよ佳境を迎え、人々が酔いしれてきた頃、例の踊りは始まろうとしていた。

 青年たちが動き出したのを見て、テリアは彼の元へ行こうとした。すると後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。ロジャーである。

「お前、誰からもまだ声を掛けられてないよな」

 なぜかすごく息を切らしていた。きっと広場で私を探していたのだろう。生憎私は他の乙女たちと比べ派手な装飾をしていないのでさぞ見つけにくかっただろうと心の中でロジャーを哀れんだ。

「何?ロジャー。私、声は掛けられてないけど自分から声を掛けに行こうとしてたところよ」

 彼はひどく驚いたようだった。

「だ、誰に?」

「知らないの?私は今夜アレン様と踊るようにお父様に言われてるのよ。彼絶対自分から来ないだろうから私から行くのよ」

 2人の姿が見えたアルバート侯爵はのんびりと構えている息子を見て言った。

「アレン、お前は村長さんのお嬢さんと踊るんじゃなかったのか、このままだとあのがたいのいい若造に取られるぞ?」

「僕が望んだわけではないから彼女がそれでいいならいいのでは?父さん」

「お前が踊ったほうが村からのセルヴァーン家の評価が上がるだろう?もっと愛想よくしたらどうだ?」

「…分かったよ、踊れば良いんだろ?」

 この天の邪鬼がどうにかならないかと思う伯爵であった。


「そんなの、代わりなんていくらでもいるだろ?下手なお前が踊ったら村の恥晒しだぞ?」

 流石にこれにはカチンときた。

「うるさいわね、一体何がしたいのよ?」

「気づけよ、お前が好きなんだよ」

 声が出なかった。答えづらいのもそうだが、好意を伝えられたのだがいきなり私の一部を壊されたみたいで、それで私の今まで考えていたこと全てが全部音をたてて崩れていった。しゃべるという簡単なことでさえ出来なくなってしまった。

すると後ろからどこかで聞いたであろう声がした。

「お話のところすみません、私はアレン・セルヴァーンと申します。テリア・マジスティとはあなたですよね?私と踊って頂けませんか?」

 そこにいるのは正真正銘あの頼りないアルバート侯爵の息子、アレンであった。

「アレン様…」

 ロジャーは面食らって口を開いたままであった。私もかろうじて名前を言うことができたが、当然ロジャーと同じくらい驚いている。

彼が自分から来たこともそうだが、申し出をしている最中は他の男は割り込んでいけないという決まりがある。しかも割り込んだ上に自身も申し出をするなど無礼極まりない。だがこの村の祭りの決まりなので彼が知らないのも無理はなかった。

「割り込まないで頂きたい。祭りの決まりをご存知なかったのならしょうがないですが」

 ロジャーの冷たい声にアレンはビクッとした。

 しかしすぐにロジャーの目を真っ直ぐに見つめて言った

「すまない。そんな決まりがあったなんて知ららなかったのです。─しかし、私はあなたが申し込む前に約束をしていました。こちらでのルールでは既に約束している女性に申し出をすることはタブーなのです…まあ、ご存知なかったのならしょうがないですが」

 二人の目がバチッと合い、お互いが棘のような視線をチラつかせる。

 こんなときに思うのも変だが、目の前のアレン様は今まで見たどの彼より頼もしく見えた。

 ロジャーは溜息をつき、肩をくすめた。

「約束してたならしょうがないですね。今回は身を引きます。俺はお前が好きだよ。これだけは覚えていてほしい」

 ロジャーは寂しそうな、悲しそうな顔で笑った。

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