第7話
電池が切れたように眠りに落ちた慎ちゃんを抱えて伊吹が敷いてくれた布団に寝かせる。
「ふぅ…」
やはり高校生を抱えるのは力仕事だ。
「お疲れさん」
ソファに腰掛けると、甘い匂いのするカップを持ってくるいぶちゃんがやってくる。
「やっぱり歳だわ…昔は軽々同期担いでたのに」
「俺らもう30だしな。色んなところが軋んでくる」
「もー…嫌なこと言わないでよ…」
慎ちゃん用に作っていたのだろうか。甘さの控えたホットレモンが冷えた体に染み渡る。あの短時間でこんなに末端が冷えたのだから、濡れた体で長時間いた慎ちゃんはどれほど寒い思いをしたのだろう。
「やっぱり熱上がってるな…」
「さっきすごい泣いたからね。やっぱり色々思い詰めてたのかな。床で寝てたのも…」
頭ごなしに叱ってしまった。あの時にちゃんと話を聞いてあげたら、いや、これほど体調を崩す前に気づいてあげればよかった。
「まー寝苦しくなさそうだし寝れば良くなるだろうよ」
「そーかな…」
「俺も仕事ばっかでこいつのこと見れてなかったからなー…小さい疲れが積み重なっちゃったんだろ」
「引き取らない方が…慎ちゃんは幸せだったのかな…」
養子にするって言ったのは俺だ。昔の自分と重ねてしまって、放っておけなかったのである。でも、正しい家族の形が分かんないから、俺の接し方が合ってるのか、分からない。
「それは慎自身にしか分かんねーよ。聞けば良いじゃん」
「でも…」
「正直この多感な時期にぶつかんねー方が珍しいと思う。俺なんて母親としょっちゅう喧嘩してたし」
「そー、なの?」
「そうそう。だから一回ちゃんと話してみろよ」
目が覚めると、ここ最近1番体が軽い。でも、いつも見ている天井ではない。
「っ!!!」
習慣と化してしまった布団の中の確認。でも、濡れてなくて心臓が安心でバクバク鳴る。
「あ、慎ちゃん起きたー。お粥、食べる?」
「あ…はい…」
薄っすらと思い出す、痴態の数々。どうしようもなく居た堪れない。でも、同時に謝らないとって気持ちも湧き上がって。けど、なんて言えば良いか分からなくて、言葉がでない。
「食べられるだけで良いからね」
そう言われて渡されたお茶碗には、出汁の風味の効いた柔らかいご飯。お腹が空いていたからか、とても美味しい。気まずいのも相まって、どんどん口に消えていく。
「ごちそう、さまでした…伊吹、さんは?」
「今は買い物出てるよ」
「そ、ですか…ごめんなさい…俺のせいで…」
「何で?」
「だって、俺がかえってきたから…伊吹さん、怒ってた?」
「全然。むしろ心配してたよ」
「そう、ですか…汚して、ごめんなさい…」
「ううん、それは仕方ないじゃん。洗濯すれば良い話だし。それより…俺は慎ちゃんが体調崩す方がやだな…」
「…それは…でも、あんな、ちっちゃい子供みたいな…」
やばい、顔から火が出そう。
「おれ、どうしたら直るのか、分かんなくって、ヤバいですよね、この歳で、お、ねしょとか…」
ツンと鼻が痛い。まずい、また、泣く。
「慣れない環境で体が疲れちゃったんだよきっと。これ以上責めたらもっと苦しくなっちゃうよ?」
「でもっ、…住まわせてもらってるのにっ、」
「家族なんだからここは慎ちゃんの場所じゃん」
「でもっ、ほんとの子供じゃないのに…」
あ、まずい。空気が張り詰めてから気づく。今日の俺はおかしい。どんどん嫌なこと、言っちゃう。
「食費だって、かさむし、学費も、おまけに、…後悔してるでしょ?」
チクチクと自分の言葉が自分に刺さる。
「意外とめんどくさいって、」
「そんなこと思うわけないじゃん!!」
俯きかけた頭を無理やり起こされて、強制的に合う。
「なんでっ、そう思うの?そんなに迷惑そうな顔、してる?」
消えそうな、震えた声でそう呟く直哉さんの目には涙が溜まっている。
「だって、おれ、わかんねーもん、やさしくされすぎてっ、でもそれは普通のことかもしれなくて、子供なんてっ、ただ金かかるだけって、」
「誰がそんなこと言ったの?」
「それは…」
「俺じゃないよね?」
「そぉだけど…でもっ、」
あ、まただ。考えるとぐちゃぐちゃになる。ちゃんと良い子で居ようと思ったのに、普通になろうって思っていたのに。
「俺は絶対慎ちゃんが大事だし、そりゃ一緒に過ごしてる時間は短いけど、居なくなったら寂しいしっ!!」
「おれ、のこと、きらいになってない?」
「ならないっ!!」
「そっか…」
「だから、悩みとか、嫌なこととか、言って欲しい!!このおかず嫌いとか、学校めんどくさいとかでもいいから!!」
ようやっと顔が手から離れる。はぁはぁと息を切らしている直哉さん。不思議とそれになぜか安心を覚えた。
「おれは…」
自分から、直哉さんの体に抱きついてみた。
「ちょっとご飯、多い…」
「え、そーだったの?」
「でも、全部おいしいから、すき」
「そっか」
「あと、この前熱ないけどかえってきた、ずる休み、した」
「うん、」
「俺のこと、嫌いになった?」
「ならないよ」
「何で、おねしょ、しちゃうんだろ…ガキみたいに…」
「多分慎ちゃんの体が子供に戻りたがってるんだよ。しんどいよー、疲れたよーって。」
「そうなのかな…」
「そうそう。だからいっぱい休めばいいよ。ね?」
「うん…」
「あ、薬飲まないとだ。とってくるね」
「あ…まって、」
「ん?」
「もうちょっと、このままがいい…です…」
立ち上がろうとした直哉さんの裾を引くと、表情がさらに緩んで、また、優しく抱っこしてくれる。
(こういうことなのかな)
少し、わかった気がした。
いろいろ疲れちゃった高校生の話 こじらせた処女/ハヅ @hadukoji
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