第6話

「…慎ちゃん?起きたの?」

ドアの向こうからノックとともに聞こえる声。

「っぃ、こ、ないで、」

全力で出したいつもの声も、情けなく震えてしまう。

「どうしたの?何かあった?」

「おねがい、だから、こないで、」

「…あけるよ?」

鍵も何もかけてなかったから、あっさりとドアは開き、酷い光景を見られてしまう。

「片付けようとしてたの?」

「っ゛、」

恥ずかしいを通り越して、どうしようもなく死にたくて、下を向く。

「しんどかったんだもん、仕方ないよね」

俯いた先の自分の握っているシーツを回収され、タンスが開いた。

「おしっこ、もう残ってない?」

「さっき、もらしたから、」

「そっか。じゃあ早く着替えちゃおっか。お粥食べれそう?」

すごく気を使って喋ってくれてるのが分かる。湯たんぽのことにも、汚れた寝間着のことにも不自然なくらいに話題に出さない。

「しーつ、またよごした…」

「うん、でも洗濯したらいいだけだから。予備の布団しこうね」

「…や゛だ…」

「慎ちゃん?」

「また、どうせよごす、あたらしいの、いらない…」

「大丈夫大丈夫。体調悪かったからだもんね」

宥めるような声色で、優しく背中を撫でられて。でもそれが今は辛い。

「ちが、う、」

「ん?」

嗚咽に混じった小さな言い訳。次の言葉をきっと待っている。なるべく冷静に返す、なんてことは無理だった。

「げんきでも、するも゛ん、まいにち、とちゅうでおきないとっ…も゛ぉ、や゛だぁ…」

泣きすぎて頭が痛い。嗚咽で息が苦しい。

「そっかそっか。嫌なこと聞いちゃったね。ごめんね?」

「っぃ、も゛、ゆかでねるっ、このままっ、寝るから、」

「んー、でもそれじゃもっとしんどくなるよ?」

「べつにっ、どーでもいいしっ、ほっといて、」

顔が熱くて、ふわふわして、とてつもなく心がざわざわする。

「濡れてて気持ち悪いでしょ?さっぱりしよ?」

優しくしないで。そんな壊物を触るみたいに背中を撫でないで。

「なんで、おこら、ないの…?」

一瞬、手が止まる。でもまた、あやすように背中をさすられる。

「したくてしたんじゃないでしょ?」

「なぐら、ないの?」

「何で?」

「だって、いぶきさん、やすみっ、だったのに、おれっ、じゃま…っ、」

これ以上、言葉が出せない。馬鹿みたいにしゃくりあげて、息が詰まって、ぐちゃぐちゃに感情が溢れて、自分の作った水溜りに涙が何滴も垂れていく。

瞬間、ふわりと体が浮く。抱きすくめられてるんだってことをしばらく理解できなかった。

「慎ちゃんの家なんだから邪魔も何もないのにねぇ」

穏やかな、声。心臓の音が直に聞こえて、何でか分からないけど安心する。

とん、とん、とん…

背中にかかる振動と心音が重なって、息がしやすくなって。ぼーっとして、さっきとは打って変わって何も考えられない。

「落ち着いた?」

「…ぇ、」

どっと体が重くなって、熱い息が口から漏れる。涙をタオルで拭われて、ペタペタと顔を触られるけど、不快感はない。

「お着替えしよっか」

「おき、がえ…」

ずるりと濡れたパンツごと下ろされて、びっしょりの自分の性器があらわになる。その部分に柔らかくて温かいタオルが当たって、気持ちいい。この歳で下の世話をしてもらうという、何とも異様すぎる光景が目の前に広がるけれど、ふわふわした頭では現実だと認識できない。

「ここ持てる?そうそう、足上げてー。上手上手」

言われるがままに直哉さんの肩に手を置いて、足をあげて、乾いたズボンを穿かされて。

「さっぱりしたねぇ。お粥、食べれる?」

「ん゛~…」

声を出すのが億劫なほど、眠い。なんでも良いから早くこの眠気から解放されたい。

「眠い?」

「ん゛~~~っ、」

「ふふっ、どっちなの」

直哉さんの手が俺の髪をゆっくりと梳いていく。かけられた毛布が温かい。

「おやすみ。起きたらご飯食べよーね」

埋めた直哉さんの胸に沈んでいく感覚。自分も使っている柔軟剤の匂い。意識をもう、保っていられなかった。


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