第4話

(やばい…しんどい…)

暖かい電車に乗った瞬間、襲ってくる眠気。熱特有の怠さと相まって、今すぐにでも意識が落ちそう。このままではまずい、そう思って立ち上がるが、ガラガラの車内で立っている人もいなくて、目立ってしまい何人かにチラチラと見られて座り直す。

眠くて眠くて、でも寝てやらかすのが怖くて、でも眠くて。地獄みたいにしんどくて、涙が滲む。

あと三駅、あと二駅…

(やっとついた…)

目的地を告げるアナウンスが流れた瞬間立ち上がり、ドアの前に飛びつく。

(はやく、はやく…)

外の冷気で少し覚めた目。でも、体は重くて、一歩を踏み出すのが億劫。

「っは、っはぁっ、」

普通に歩いているだけなのに、マラソンみたいに息が上がって苦しい。早く、早く座りたい。楽になりたい。でも、家はあと20分も歩かないといけない。

「もぉ、やだっ、」

涙がボロボロでて、止まらない。すれ違う人にギョッとした顔で見られるけど繕う余裕すらない。

「ついたっ、かぎ、」

鍵を出すために鞄を漁るけど、奥の方でキーホルダーが引っかかってとれない。それだけですっごくイライラしてしまって、強く引っ張って引きちぎってしまう。

「~~~っ、…」

せっかく直哉さんがつけてくれたものなのに。自分で壊したくせに、どうしようもなく焦って、でも少し気分が晴れて、そんな自分が醜くてまた涙が溢れてくる。

ドアを開けて中に入ると一気に力が抜けて、戸締りをする余裕もなく、靴を置き散らかして廊下にへたり込んだ。

「っはっ、っはぁっ…」

壁に頭を寄せる。冷たくて気持ちいい。でも、まだ自分の部屋じゃない。鞄はほったらかして四つん這いで進む。


「っもー、いぶちゃん‼︎」

「ははっ、冗談だって」

扉越しに朧げに聞こえる会話。

そうか、伊吹さん、今日休みじゃん。

帰ってくるタイミング、間違えた。

扉越しに見える、ソファーと2人の後頭部。いつもはあまりつけないテレビを眺めながら、楽しそうに談笑している。夫婦水入らずの時間なのに。こんなボロボロの人間が入っていったらめちゃくちゃ邪魔な奴じゃん。

迷惑って思われたらどうしよう。せっかくの休みなのにって思われたら。頭の中でぐるぐると渦巻いて、ドアを開けれない。

「あれ慎ちゃん?」

手にかけたドアノブが回転し、直哉さんが顔を出す。

「ぁ…」

「さっきドア開いた気がしたから…どうしたの?学校は?」

「あ…えと…ちょっと、たいちょうわるくて…」

「あー、お前今日朝顔色悪かったもんな」

「え、なに、俺それ知らない!!もーいぶちゃん教えてよー」

あ、だめだ。

「あ、ちょっと!!」

逃げるようにして部屋に入ろうとするも、腕を掴まれて、顔を覗き込まれる。

「慎ちゃん、泣いた?」

「なんでもないです」

「何でもなかったらこんな時間に帰ってきません。ちゃんと言いなさい」

いつもとは違う厳しめな口調。顔を覗き込まれて、頬を触られる。こんなに気に掛けられることが無かったから戸惑う。

「んー…ちょっと熱い?」

落ち着かなくて、慣れなくて、無意識に手を払ってしまったら案外大きな音がなった。

「あ、えと、ごめ、なさい…帰ってきて、ごめんなさい…」

「そーいうことじゃないでしょ?心配なだけ」

「心配」。自分に興味が向くことが気持ち悪い。何で、そんな、よその人間に。

「…してないくせに…」

「慎ちゃん?」

ほっとけば良いのに。

俺なんて。もっと空気みたいに扱ってくれたらいいのに。

「ねてればなおる、から、」

「…わかった。様子見にいくからね。何かあったら電話でもメールでもすぐ呼ぶんだよ?」



「っは…っはぁ…」

 やっと着いた部屋。ドアを閉めた瞬間、立ってられなくてしゃがみ込む。体がだるい。早く目を瞑って寝てしまいたい。ボーッとした意識のまま、制服を脱いで、タンスの中から適当に動きやすい服を身につけた。

(あ…)

いつも寝るみたいに布団に入って、ほぼ習慣になりつつある2時間のアラームを設定しかけてふと手が止まる。もし、アラームに気づけなくて寝こけてしまったら?アラームが鳴る前にしてしまったら?さっき保健室で見た夢と相まって、膨らんでいく不安。

(っ、だめだ、ここで、ねたら、)

半ば強迫観念みたいに枕を落とす。そうだ、床で寝たら失敗しても楽に後片付けできる。冷えて固い床では少し寝にくいけど、疲れ切った体は場所を選ばない。痙攣し続けている瞼がスッと落ちて、すぐに眠りについた。

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