第2話

「…ちゃん、しんちゃん、」

肩が揺れる感触で意識が覚醒する。

「なお、や、しゃん?」

「ごめんね、ノックしても返事なかったから勝手に入っちゃった。とりあえずシャワー浴びて着替えよっか」

シャワー?着替え?あ、確かに制服のまま寝てた。床で寝てたからか、お尻が冷たい。でも何か変だ。寝る前よりももっと冷たくて、何か濡れて…

「…おれ、…ぁ…」

ぴちゃ…

手をついた時に全てを察した。俺を中心に広がる水。やけにすぅすぅするズボン。

「ごめ、なさ…片付けます…」

慌てて立とうとするけど、足の痺れと冷えで上手くいかない。

「とりあえずお風呂入ってきな?片付けとくから」

「いや、おれする、自分でする、」

頭が上手く纏まらない。布団が汚れていないのが幸い。でも、制服も投げ捨てた鞄も水溜りの中。

「ごめ、なさ、ほんとに、おれ、」

「疲れてたんだよ。気にしない気にしない。ほらほら!早く行っといで!」

立たされて、軽く服越しに拭われて、風呂場に連れて行かれて。

「ゆっくりあったまっておいで」

頭を2回ほど撫でられて、風呂場の扉が閉まる。

風呂場に入って下を脱ぎ、シャワーで汚れたものをすすぐ。

(やっちゃったんだ…もうガキじゃないのに…)

こんな失敗したの、いつぶりだろう。幼少期に経験はあるだろうが、覚えていない。直哉さんはきっと体調が悪いからだって思っている。でも、仮病だし。なんともないのに失敗したってことになる。

(もし、これ、またしちゃったら…)

いや、考えすぎだ。たまたま床が冷たくて、やっちゃっただけ。

これはたまたまなんだ。




「っ!!!」

夜中の3時、とてつもない尿意で目が覚めた。

布団の中から微かに聞こえるくぐもった音。じっとりと生暖かい感覚。

慌てて布団をまくると、自分のパジャマの中からおしっこが勢いよく飛び出している。

「っひっ、なんでっ、」

慌ててぎゅうぎゅう前を押さえるけど、意味をなさずに布団の中に染み出していく。

「っはっ、っはぁっ、」

しゅうううう…

寝ている間にほとんど出来っていたのだろう。水流が止まる。

「やばい、やっちゃった…」

背中がサーッと冷える。シーツの中まで染み出してしまっているし、掛け布団も汚れてしまっている。

(とりあえず、きがえ…)

ぐしょぐしょに濡れた手のまま、タンスを開けて、タオルと着替えを取り出す。ベシャリと落ちたズボン。ペトペトにくっついて脱ぎにくいパンツ。

刺すように冷たい下半身を拭って、新しい衣類を纏うけど、ベトベト感が拭えなくて気持ち悪い。

「っくしゅっ、」

寒い。まあ今は冬の真っ只中で、夜中なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。

ぶるっ、

着替えが終わって呆けていたら、膀胱が縮んだのだろうか、まだ出し切っていなかったのだろうか。体が震えるとともに、膀胱がキュンと疼く。

(といれ…)


「あれ、慎ちゃんも目覚めたの?」

洗面所からひょっこりと顔を出す直哉さん。

「あ、はい…トイレに…」

「そっかー、あれ?パジャマ…」

言われてハッとする。下しか変えてないから、下だけジャージという何とも違和感だらけな格好。

「あの、直哉さん、おれ、また…」

顔に熱が集まるのを感じる。3日前にやったばっかりなのに。またなんて恥ずかしすぎる。

「ごめんなさい…布団、よごしたっ、」

恥ずかしくて恥ずかしくて仕方なくて、下を向く。

「そっか。寒くない?お風呂沸かす?」

「いや、大丈夫、です、」

目の前がぼやけて、喋れない。

「とりあえずトイレ行っておいで」

「っ、ごめ、なさい、」

トイレに入った途端、涙が止まらなくなって、息がしにくくなって。

「っひっ、ッヒック、」

じょろじょろと間抜けな音を垂れ流しながら泣く自分はどれだけ惨めだろう。なんで、急に。あの日学校を休まなければ。サボったからバチが当たったんだ。

「~っう゛~…」

おしっこが止まっても涙は止まらない。ぼろぼろと伝うほおを何度も何度も拭う。

「慎ちゃん?終わった?寒いから出ておいで」

ノックと共に直哉さんの声。慌てて泣くのを我慢して、でも酷い顔だろうから下を向きながら扉を開けた。

「とりあえずまだ夜遅いから今日は寝て、明日一緒に片付けようか。今日は俺の布団においで」

「でもっ、」

「もしかして誰かと寝るの、慣れてない?」

「いや、ちがう、けど…」

また、やっちゃうかもだから、小さくそう呟くとまた涙が溢れる。

「もししちゃっても大丈夫だから。ね?」

背中をぽんぽんと叩かれて、優しい声でそう言われる。

「はい…」

ベッドに二人並んで寝転がる。冷えた体がどんどんと温まって、また、眠い。でも、またしちゃうのが怖くて朝までの3時間、一睡もできなかった。

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