第24話 多くの味方ヤタガラス

つまり須佐之男は、降格はされたが神である。しかも天照大神の兄弟であるから、天照大神の子で人間の天照族(天皇家)よりも格上となる。

 須佐之男は出雲に追放されたのではなく、本当は自分の意思でいったと思われる。それを追放したとしたことなど、この神話は物事を全て逆に書いている。

 どうしてこんなことになっているのか。それを解き明かすカギは、神話で鏡が果たした役割である。

 岩屋に引きこもった天照が岩屋の戸をほんの少し開けて覗いた時、そこにいた柱の神が鏡を天照の前に向けた。鏡に女神の顔が映る。自分の姿だと気づかない天照は、女神をよく見ようと少し戸から出てきた。その機に突然タヂカラヲという力持ちの神が、天照の手を取り外へ引き出した。すかさず背後に廻った神が、岩屋を封印する。        この逸話はこの神話の本当の真実がなにかを伝えている。鏡は反対の姿が見えること

から、この神話は真実のあることを示している。そして、真実は岩屋に封印したのだ。

 つまりこの神話は、天孫降臨した天孫族と葦原中国の出雲族の闘争の顛末を語っているのだ。天照大神が引きこもったというのは、出雲族に敗れたことを意味している。神々が天照大神を呼び戻すために考えた策は、天孫族を作戦を練り直したことを示している。

 このように考えると、この岩屋開きのために使われた小道具や行動も違った意味を帯びてくる。実際は玉、鏡などは天孫族が蛮族でなく、日本人と同じ文化圏の民族であることを敵に示し、酒宴、笑い、美女の裸踊りは敵に恭順、親意を示して懐柔する策に作戦変更したことを示している。

 既に天孫族は、鉄で膨大な財を成していた。この財を岩屋開きの神話では、五百箇御統と言っている。

 しかし、五百箇御統の玉で懐柔できたのは半分ぐらいであった。天孫族は、紀伊で戦いを続けなければならなかった。それでも紀伊には、好戦的でなく協力者も多かった。

 ヤタガラス、その巨大な烏という意味から多くの味方がいたのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る