第6話 日本の宝物
すなわち、返す必要がなかったからだ。つまり草薙剣は、天皇家だけのものでなかったのだ。そもそも天業雲剣という元の名を捨てて、草薙剣という新しい名としたのはなぜだろう。
記・紀の神話や熱田神宮その他の様々な伝承によれば、ヤマトタケルが危地を脱するために草をなぎはらったという由来に基づくとされている。つまり熱田社を戴く尾張氏が、おこなったということであろう。
尾張氏は尾張国造家であるがヤマトタケルの死後、佩刀・天業雲剣を尾張の地にとどめおき、朝廷に返上しなかった。あまつさえ、こうした草薙剣という新たな呼称をつけてみずから祀ったということになる。これが尊の意志(遺志)であったという理由で、果たしてそんな勝手が許されるだろうか。
尾張氏があくまで「従属」的立場にあったとするならこれは“反逆“となるだろう。天業雲剣は、皇子ヤマトタケルに授けられたといえ、天皇家に伝わる聖なる器物・神器である。天皇家でも皇族でもない尾張氏に与えるわけにはいかない。まして尾張氏は、渡来系の海人族である。呼称の変更をおこない、なおかつ返上せずにみずから祀るという点について尾張氏が朝廷の許可をえたという記録はどこにもない。
これほどの重大事について公式記録がないこと自体不自然であるが、それについての擬義が同時代記・紀その他の記述がないのは、さらに不可解なことだ。もし許可を得たのであれば、尾張氏にとっては公言して権威付けに利用するはずだし、無断であるなら少なくとも書紀は非難してしかるべきであろう。しかし、いずれでもないとすれば答えは一つしかない。
それは勅許は不要であり、朝廷は非難する必要もないということだ。
何故なら草薙剣は、天皇ゆかりの宝物ではなく日本の宝物であるからだ。
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